第239話 夢の旅

 さて、既に亜空間収納内では磁器が出来上がっているんだけど、作成に時間がかからないとわかったら、あの三人がどんな無茶を言ってくるかわからない。


「だから、お届けには時間をかけようかと」


 朝食の席で、そんな事を言い出してみる。いつもの朝食は、トーストに卵、ベーコン、スープ、あと生野菜。


 パンと生野菜以外は、デンセットで買ったもの。パンはすっかり日本風のパンが食卓を侵食してます。


 じいちゃん、顎が怠くなるから固いパンは嫌なんだって。ジデジルは出されたものには文句を言わない人なので、こちらも問題なし。


 じいちゃんは日本風のトーストにかぶりつきながら、のんびり答えた。


「いいんじゃないかのう」


 よし、じいちゃんのお許しも出たな。んじゃあ、このまま二十日くらい、別荘にこもって温泉三昧しよう。きっと検索先生も喜んでくれる。


 そう、温泉三昧するのは、たくさん働いてくれた先生へのご恩返しなのだ。別に私が温泉三昧したい訳ではない。断じてない。


 で、二十日後辺りに王都へお届けに上がろうかね。三ヶ月も四ヶ月も待たせないんだから、私ってばいい人。


「それにしても、磁器とは美しいものですね」


 パンや卵、スープを入れた器を見ながら、ジデジルが感嘆の声を上げる。


 最近、砦で使う食器は、全部磁器に変更したんだ。自分用……というか、砦で使う用に作ったものだから、柄は割とシンプル。


 皿やボウルの真ん中は白いままで、縁に蔦と小さい砦が描かれているのだ。もちろん、裏には砦マークを入れるのを忘れない。


 それでも白い地や手触り、カトラリーが当たった時の澄んだ音に、ジデジルも興味津々みたい。


「これ、大量に作る訳にはいかないんですか?」

「今のところ、注文を受けて作成って形かな。まだこれで稼げそうだし」


 うん、楽して金儲けって、理想だよね。いや、実際手元には使い切れないくらいのお金があるんだけど。


 ほら、世の中何があるかわからないじゃない? とはいえ、大抵の事は自力でどうにか出来てしまうので、多分この先もお金使うのは食べ物だけだと思うけど……


 あれ? 私、焦って金儲けしなくても、いいのかな?


「――であれば、どうでしょう?」

「え? ごめん、聞いてなかった」


 しまった、自分の考えにショックを受けて、ジデジルの話、聞いてなかったわ。


「教皇聖下からのご注文、という事でしたら、受けていただけますか?」

「ユゼおばあちゃんの? それなら……まあ……でも、高いよ?」


 磁器はまだ安売りする気はないからね。金儲けする必要はなくても、やっちゃダメって訳ではないから。


 ……でも、磁器販売で儲けるって、冒険者らしくないけど。職人でも商人でもないのになあ。


「ジデジルよ、ユゼからの注文と言うても、それは教皇としてなのかの? それとも、個人としてか?」

「教皇としてのお立場ですと、その座を引かれた時に手放さねばならないでしょうから、ユゼ様個人からの注文になるかと」

「ふむ。それならば、わしが口を挟む事ではないの」


 じいちゃん……教皇庁の内部事情に詳しいから、私が向こうに取り込まれないよう気を遣ってくれてるんだね。


 今の教皇であるユゼおばあちゃんはいい人だし、「神子」をいいように使おうとはしない人だから問題はない。


 でも、おばあちゃんが退いて、別の人が教皇になったら。しかも、ユゼおばあちゃんとは対抗する派閥の人が教皇になったら。


 多分、私もじいちゃんも、教皇庁とは距離を置くと思う。ジデジルの事も、砦への立ち入りを制限するだろうなあ。


 そうなってはほしくないけど、教皇は終身制で、ユゼおばあちゃんはもう結構な高齢だ。


 しかも、女性の教皇は前例がなかったらしく、生きたまま位を男性聖職者に譲るよう、今でもやかましく周囲に言われているんだとか。


 いつ、「教皇交代」が起こっても不思議じゃない。


「そんなに落ちこむでない」


 じいちゃんの言葉に、はっとする。いつの間にか、テーブルに頭をつけそうなくらいうなだれていたんだ……


「あの婆さんはまだまだしぶとく生き残るじゃろうて」

「賢者様、聖下に対してそのような言い様は……」

「何せ、憎まれっ子は生き残るんじゃろう?」


 ジデジルの制止の言葉も聞き入れず、じいちゃんはにやりと笑った。それを言うなら「世に憚る」だよ、じいちゃん。


 でも、何だか笑っちゃった。


「それに、婆さんが引退するんなら、教皇庁とは関わりをなくしてもいいじゃろう。向こうに何かしてもらう事なんぞ、ないからの」

「そうだね。もしもそうなったら、ユゼおばあちゃんも一緒に、むこうの大陸を旅しようか?」

「おお、それはいい」


 飛行船での旅なら、ユゼおばあちゃんの体にも負担にはならないでしょ。そう考えると、ユゼおばあちゃんには早く教皇の地位を退いてもらった方がいいのかな?


「そ、その時は私も同行させてください!」


 なんとなくじいちゃんと話をまとめたところに、脇からジデジルが主張してきた。


「えー? ジデジルは大聖堂建てるって仕事があるじゃない」

「その時はその時です! 出来上がっていなければ、後進に仕事を任せればいいのですから」

「総大主教って立場があるんだし」

「ユゼ様がいない教皇庁など、残る意味はありません!」


 うわあ、いっそ清々しい程言い切っちゃった。本人胸を張ってどや顔してるけど、それでいいのか聖職者。しかもかなり高位なのに。


 まあ、いいんだろうなあ。ジデジルはユゼおばあちゃんの側で、教皇庁のやり口はたくさん見てきただろうし。


 男の枢機卿達が、ユゼおばあちゃんに難題ふっかける事もしばしばあるっていうしなあ。多分、そんな辺りもジデジルは腹に据えかねてるんでしょ。


 そう考えたら、しょうがないか。


「……ユゼおばあちゃんが、一緒に行く場合はね」

「本当ですね!? 絶対ですよ!? 今確かに聞きましたからね!? 賢者様も、聞きましたよね!?」

「聞いた聞いた。だからそんなに騒ぐなやかましい」


 じいちゃんのうんざり顔を笑いながら、「もしも」の旅を想像する。きっと騒がしいけど、楽しい旅になるだろうな。

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