第220話 あれー?

 王宮に来たのは、あの意地悪王子の一件以来。あの時はドレスで身動きが取れないし、色々緊張もしていたのであんまり周囲を見る事はなかった。


 今見ると……何だろう、もしかして、この王宮って新しいのかな?


「建ってまだ二年だ」

「あれ?」

「独り言なら、もう少し小さな声でやれ」

「はーい」


 またしても、口から出ていたらしい。じいちゃんが呆れた目でこっちを見てくるよ。


 その間も、剣持ちさんは足を止めず、廊下を進んでいく。それにしても、前来た時も思ったけどさ、王宮って広いよね……当たり前だけど。


 そしてついでのように、この王宮の事を説明してくれた。


「ここは単に王宮と呼ばれているが、正式名称はスロギロス宮という。先王陛下の御代に改築命令が出され、出来上がったのが二年前だ」


 って事は、魔物被害がまだ大変な時に改築が始まったんだ……改築ってくらいなので、元々ここにはお城があったんだって。


 石造りの無骨な城で先代国王が酷く嫌っていたらしいよ。だから改築させたのかー。


 スロギロス宮には、細かいところにダガードの伝統的な意匠がちりばめられているんだって。天井付近の柱の辺りにある花とか、壁紙の模様や色とか。


 でも、改築を命じた先代国王は、このスロギロス宮が出来上がるのを待たずに亡くなったらしい。城の改築って、お金も時間もかかるから。


 ……私がやったら、多分一週間くらいじゃないかな? 魔法って、素敵よね。ダガードにもいい魔法士がいれば、もっと早く出来上がっただろうに。


「この王宮は三つの区画に分かれていて、行政や何やらがあるのは表の区画、陛下の私的空間は中の区画、そして王妃陛下や王太后陛下、太王太后陛下の為の奥の区画」


 あー……そういえば、太王太后陛下と奥宮でお茶しましたねー。あの時も緊張したなあ。


 ちなみに、現在奥の区画にいらっしゃるのは、太王太后陛下のみだそうです。……あれ?


 銀髪陛下の母親である王太后陛下は、どこに? でも、剣持ちさんの口から教えてはもらえなかった……




 あっちを上りこっちを曲がりして、やっと辿り着いた扉の前。両脇に兵士が立っているって事は、扉の向こうには偉い人がいますねー。


「フェリファーです。賢者バムとその孫娘を連れてきました」


 剣持ちさんが扉に向けてそう言うと、中から扉が開かれた。てか、なんでじいちゃんの名前は呼ぶのに、私は呼ばれないんですかね? 差別?


 中は思っていた以上に広い部屋で、奥に大きな机、手前には重厚な感じのソファセットとローテーブル。


 他にも使い方がよくわからないものがあれこれおいてある。ここ、何の部屋?


「サーリではないか。どうしたのだ?」


 領主様が驚いた顔でこちらを振り返る。あー、何か地獄で仏な感じ。


「お前らだけで王宮に来たのか? 空から?」


 ぐ。銀髪陛下、そこは突っ込まないでほしかった。


「いえ、陛下。王都を普通に歩いて来たようです」


 あ! 剣持ちさんが言っちゃった!


「何?」

「貴族街区で止められなかったのか?」


 う……止められましたとも。怪しい奴らだと思われたんだろうなあ。あの門番さんには、悪い事したと思います、はい。


「貴族街区の門番に止められていました。それと、これは各方面から苦情が上がってきている事なんですが……」

「何かね? 門番は下級貴族の子弟で回しているはずだが」

「彼等がその……臭うんです」

「は?」


 あ、銀髪陛下と領主様が固まっちゃったよ。


「どうやら、風呂にろくに入らない習慣らしく、体臭がきついと、特に貴婦人方からの苦情が多くてですね……」

「兵士宿舎には、入浴施設があるはずだが?」

「おそらく、使っていないのではないかと」

「ふうむ……確かに、湯につかるという習慣は、長らく我が国にはない習慣だからなあ」


 え? そうなの? あんなに気持ちいいのに。しかも衛生面から考えても、毎日体を洗って清潔にするのって、いい事だと思ってたんだけど。


「習慣にない事とはいえ、苦情が来ている以上は対処するしかないかと思いますが」

「そうだな。せめて二日に一回は入浴するよう、指示を出すか」

「後、洗濯もするよう言いつけておいてください。かなり、その……酷いので」


 うん、あれは酷かった。もうスメルハラスメントだよ。しかも、体臭を消そうとしたのか、何か甘ったるい香水を使ってて、さらに酷い。


「他にも苦情がありまして、特に下級貴族や出入りの商人などに対する態度が横柄だという事です」

「……一度、しっかりと手入れをした方がいいな」


 あれ? 領主様が黒い笑顔です。何か怖い事、考えてるー。


「まあそれは置いておいて、サーリはどうして王宮へ?」

「あの、領主様に会いに……です。別荘、建設を始めようと思って」


 ん? 何か、銀髪陛下から鋭い視線が飛んできましたが。何だろう? まさか、銀髪陛下も温泉入りたいの?


 私の話を聞いた領主様は、何だと言いたそうな顔をしている。


「それを言いに、わざわざ王都まで来たのか」

「はい……」

「あそこは金山じゃからの。領主殿に一言断ってからの方がええと、わしが進言したんじゃ」

「おお、なるほど。うむ、わかった。確かにあの山は人の出入りを制限している。今日はこのまま、王都の屋敷に泊まりなさい。明日までに許可証を書いておこう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 やったね! 王宮まで来た甲斐があるってもんだ。喜ぶ私の耳に、銀髪陛下のひくーい声が響く。


「いや、ジンドのところにわざわざ行かせる事もあるまい。このまま、王宮にとどまれ」


 あれー? 何か、変な事になってないかい?

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