第217話 領主様と銀髪陛下が来た

 朝のルーチンワークを終えて、一息吐いていたら人がきた。


「なんで領主様?」

「はっはっは。少し話しがあってねえ」

「しかも銀髪陛下まで……」

「お前は……本気で俺の名前を覚える気がないんだな!」


 えー? そんな事はないですよお? あ、疑いの目でこっちを見てる。おかしいなあ、嘘は言っていないんだけど。


 まあ、とりあえず来ちゃったものは追い返すのもあれだし、中に招いてお茶を出す。


 さすがに領主様に普段飲んでるような香草茶を出す訳にはいかないので、紅茶もどきを出した。


 場所も、地味に改装を続けていた客用棟のロビーの一角。ソファセットとローテーブルで、ちょっとしたカフェスペースにしてある。


「ほう、いい香りだ」

「前に泊まった時には出てこなかった茶だな」


 銀髪陛下、恨みがましい事言わないの。少しは隣の領主様を見習いなさいよ。ほらあ、あなたがそんな事言うから、剣持ちさんが睨んでくるー。


「それで? 今日はどんなご用で?」


 じいちゃんが同席してくれたので、話を進めてもらった。


「なに、船の方がどうなっているか、気になってね。建造するのなら、場所を提供するよ」


 あー、それねー……。思わず、じいちゃんと顔を見合わせる。こちらの様子に気づいたのか、領主様が聞いてきた。


「何か、あったのかな?」

「それがですね……ちょっと、のっぴきならない事情により、船造りが秋まで延びました」

「なんと……」

「どういう事だ? 大型船建造は、お前が言い出した事ではないか!」


 だからー、のっぴきならない事情なんですってばー。驚く領主様と怒る銀髪陛下に、これ以上は説明出来ない。


 あ、剣持ちさん、腰の剣を抜くのはお薦めしません。この客用棟の中には、護くんを放してるから。


 見つかったら、即刻網で捕まえられちゃうよ? ……まあ、そんな剣持ちさんを見てみたい気もするけど。


「サーリ、理由は教えてもらえないのか?」

「えーと……」


 言えないよねー。検索先生から待てが出たからなんて。


『言い訳なら、出航にいい季節に合わせて建造するからだと言えば問題ありません』


 え? そうなの? いや、検索先生を疑う訳じゃないけど、秋から作ったら、出発するのは冬になるんじゃない?


『試験航海の出発は、来年の春です』


 ……どうして検索先生が試験航海のスケジュールを知っているのかを、ここで議論しても始まらない。


 今は、この場を切り抜けるアイデアを使わせてもらうのみ!


「その……実は、秋から冬一杯を使って作ればいいかなーって」

「……なるほど、それで来年の春になったら、試験航海に出ればいいと」

「はい。あ、その代わり、船にはちょっとした仕掛けも作ります」

「ほう? どのような?」


 ちらりとじいちゃんを見ると、軽く頷いている。うん、食料用の戸棚の件は、話してもいいんだな。


「えっと、食料と飲み水用に、入れてあるものが腐らない戸棚を作りました」

「何!?」

「それは本当か!?」


 おっと、領主様だけでなく、銀髪陛下まで食いついてきた。


「本当じゃよ。作ったのはわしじゃ」

「おお……」

「ただし、入れられるのは食料と飲み水だけじゃがの。あと、船に固定するので、取り外しはなしじゃ」


 え? そんな仕様だったっけ? じいちゃんを見ると、下手くそなウインクをしてきた。


 あー、後付けで入れるものを選別するよう、術式を加えたな?


「はっはっは。さすがはバム殿。こちらの考えを見透かされておるか」

「戸棚は、サーリにせがまれて作ったものじゃからのう。違う用途で使われるのは、本意ではないわい」


 あのー、話しが見えませんがー。じいちゃんと領主様は、お互いに笑い合ってるだけだし。どうなってるの?




 結局、船の建造スケジュールが秋からだという事で納得した二人……と剣持ちさんは、そのまま帰って行った。


「領主様と銀髪陛下、この為だけに来たのかな?」

「それだけ、向こうの大陸との交易には国の命運がかかっておるのだろうよ」


 えー、何か大きな話になっててちょっとやだ。最初はバニラやカカオが向こうにあるっていうから、交易で正規に手に入れようとしただけなのに。


 あと、大口出資者の太王太后陛下は、砂糖の安定供給を狙ってるよね。他にも、貴婦人方が何人か出資する事になったって、ローメニカさんから聞いたなあ。


 貴族の奥様方、砂糖の魅力に取り憑かれましたね? そういや、若奥様も姑であるツェラー子爵夫人を通じて出資するって手紙が届いたっけ。


 あの手紙、宛先が「コーキアン領デンセット 砦」ってあったよ。それで届くのもどうかと思うんだけど。


 まあ、こっちの世界には番地ってものがないみたいだから、仕方ないのか。何せ庶民は郵便を出す事もないっていうし。


 北はよく知らないけど、南ラウェニアだと識字率が結構低いってのと、生まれた街や村から一生出ないで過ごす人が多いってのが原因。外に知り合いがいなければ、手紙出す事もないわな。


 とにかく、船の建造がずれ込む事も了承されたし、後は秋までのんびり過ごすか。

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