第206話 役者は揃った?
何故、今、この男が「神子を返せ」と言ってくる訳!? あんたらが私に何したか、忘れたっての!?
トゥレアの事を相談した時、国王や王妃と一緒に、あんたとあんたの嫁がなんて言ったか! 「そのくらい我慢しろ」って言ったんだよ!
愛人の一人や二人、王族なら当然だって! あんたの嫁に至っては、「これだから素性の知れない者は」って薄笑い浮かべて言ったんだからね!
それが、今更手のひらクルーして返せだなんて!
怒りと悔しさでギリギリと歯ぎしりしていたら、じいちゃんが肩の辺りをぽんぽんと叩いてきた。視線を向けると、何故かウインク。
じいちゃん、何やってんの……なんか、一挙に負の感情が消えたけど、その代わり力が抜けたよ……
そんな私の耳に、銀髪陛下の声が響いた。
「返せ……とは、また異な事を。我が国は貴国から神子を攫った覚えはないぞ」
「そのような事は申しておりません。我々としては、神子さえ返していただければ、何も問題になどいたしませんよ」
「問題?」
「私の弟で我が国の第三王子ヘデックか、謂われなき罪によりフィエーロ伯の城にて捕らわれている件です」
え? あれ、ヘデックが追い剥ぎをしたから、牢屋に入れられただけじゃない。何言ってんだかね、この意地悪王子は。
それに、さっきから態度が悪いなあ。すっごく横柄で、何様って感じ。王子様ではあるけれど、それだって臣籍降下が間近に迫ってるはずなんだけど。
いくら同じ王族とはいえ、意地悪王子は第二王子で、このまま行けばまず王位を継ぐ事はないのに対して、銀髪陛下は現役の国王だよ?
どっちが身分が上かなんて、私でもわかるのに。しかも、ダガードとローデンは正式な国交はなかったはず。
というか、南ラウェニアの国々って、北ラウェニアの国々を下に見てるからなあ。対等だとは思っていないのかも。
意地悪王子の言葉に、銀髪陛下のこめかみ辺りがピクピクしてる。いや、銀髪陛下はよく我慢していると思うよ、無礼な意地悪王子に対して。
これ、どうなるんだろうと思っていたら、領主様が一歩前に出た。
「陛下、恐れながら発言の許可をいただきたく」
「許す」
「ありがたき幸せ。さて、ローデンの第二王子殿下」
「ゼシテートだ。他国の王族の名も知らぬのか? この国の貴族は」
あ、意地悪王子の暴言に、銀髪陛下がまたピキってなってる。領主様だけでなく、ダガードという国そのものも馬鹿にされたんだもんね。そりゃなるわ。
領主様はといえば、涼しい様子でスルーしてる。
「これは失礼を。では改めてローデンの第二王子ゼシテート殿下。殿下には少々認識のずれがみられます」
「何?」
「過日、フィエーロ伯領にて追い剥ぎをした罪人を伯が自身の権限を持って牢に入れましたが、その罪人が事もあろうに貴国の第三王子を騙りましてな」
「だから、それは――」
「その後、ピケリークに滞在されていた貴国の大使殿に確かめていただいたところ、やはり騙りであったと判明しております」
「はあ!? そんな馬鹿な! あれは間違いなく我が弟ヘデックだ!」
え? あれ? どういう事? 意地悪王子が言うように、あそこにいたのは確かにヘデックだったよ……?
それに、領主様も大使が賠償金を値切ったとかなんとか……あ。
つまり、地下牢にいるのはヘデックを騙る別人だと言い張る訳か。でも、それを意地悪王子に言って、どうするんだろう?
意地悪王子も、領主様の言葉に驚いて言葉をなくしている。多分、ローデン国王からヘデックと神子を連れて帰れとでも、命令されているんだろうなあ。
それもあってか、牢屋にいたのはあんたの弟じゃないよ、あんたのところの大使がそう認めたからね、と言われて逆上してる。
「騙りであったなどと世迷い言を! 在ピケリーク大使タジミタ伯からは、フィエーロ伯とやらに体よく追い払われたと聞いているぞ!」
「おお、そうでした。タジミタ伯でしたな。いや、実はその人物が牢屋の犯罪者を引き取りにいらしたそうだが、賠償金の支払いを拒否したそうです。よもや一国の在大使が、王族の賠償金を拒否するなどあり得ない、やはり牢にいれた犯罪者は王族を騙るただの悪党よと、こちらでは認識しているのですよ」
「ぐ……」
意地悪王子、旗色悪し。でも、ここでめげないのが意地悪王子だった。
「だったら! 神子だけでも返していただこう! あれは我が国のものだ!!」
あーあ、言っちゃったよ……神子をもの扱いしたら、一番怒るところがあるでしょうに。
そして、そこから一番怒るだろう人がこの国に来ているの、知ってるはずだよね? だって、ジデジルがこの国にいるから、神子もいるって判断したんでしょ?
「聞き捨てなりませんね」
謁見の間には、いくつか隠し部屋があるそうな。で、それらは大体カーテンで隠されているんだって。
その隠しカーテンの一つから、総大主教の正装をまとったジデジルが姿を現す。あー、怒ってる怒ってる。笑顔だけど、目だけが笑ってないよ。
「そ、そうだいしゅきょう?」
びっくりしすぎたのか、意地悪王子の言葉がたどたどしい。なんでこんなに驚いているんだろう?
「そんなに驚かれて、どうなさいましたか? ああ、私がここにいるはずがないとお思いでしたか。少なくない金銭を使って、一部聖職者を買収した甲斐がありませんでしたねえ?」
なるほど、意地悪王子、事前に買収しておいた聖職者を通じて、ジデジルが王都に来ていないって情報を得ていたんだ。
ちなみに、私達は当然この流れを知らされています。ジデジルだけ先に王宮に行ってて、銀髪陛下と何か打ち合わせしたらしいよ。
ジデジルは全身から怒りのオーラを振りまきつつ、意地悪王子と対峙している。
「神をも恐れぬ物言いには、申したき事が山程ございますが、それはまた後でといたしましょう。まずは、殿下の思い違いをたださなくては」
そう言い置くと、ジデジルはにっこりと笑った。彼女の笑顔がこんなに怖いとは、思わなかったよ……
「神子様は、既にあなた方の手の届かないところにおられます」
「な、何だと!?」
いや、本当に何だとー? 私、ここにおりますが?
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