第199話 あの国の思惑

 あのトゥレアがハニトラ要員だったとは! 驚きはあるけれど、何だか納得も出来る。だからあれだけ美人で色っぽい人だったんだ。


「そしてあっさり引っかかった馬鹿王子が一匹、と」

「我慢の足りないお猿さんだから、仕方ありませんね」


 そのお猿さんと結婚していた私って……ちょっと遠い目になっちゃうなあ。


 一応、再封印の旅の間は、いい面もあったはずなんだけど。


「それは置いておいて、ヘデックが何故ダガードにいたのか、なんだけど」

「それは当然、サーリ様を探しておられるのでしょう」

「私?」

「神子様がおられなくなってから、ローデンは斜陽の一途をたどっております。それを挽回するには、神子様の存在が必要不可欠と、今更気付いたのではないでしょうか?」

「うええ」


 国が傾くから戻ってこい? 冗談じゃない。だったら、どうして城を出るまで人の事を追い詰めたのさ。


 邪神に関してひれ伏して感謝しろとまでは言わないけど、せめて「下賤な娘」と蔑むのはやめてほしかったわ。


 そっちが勝手に召喚したんじゃない。


「それにしても、よくサーリの足跡がわかったのう」

「それに関しては、私のせいかもしれません……」


 ジデジルが申し訳なさそうにしている。どういう事?


「私の神子様への思いは、周囲の誰もが知っている事です。ですから、私が教皇庁以外の場所に赴けば――」

「そこに神子がいるはず、って訳?」


 無言でジデジルは頷いた。そっかー。盲点だったわー。そういえば、彼女の神子ストーカー気質は、教皇庁の誰もが知る事だった。


 ローデンは秘術を盗ませるくらいには、教皇庁との太いパイプがあったから、ジデジルの事も知ってたんだね。


 で、彼女が大聖堂建設とはいえ、北ラウェニアの一国に長くとどまっているのはおかしい、そこに神子がいるのでは、となった訳か。


 すんごい単純な考え方だけど、逆にそれが的を射ているという笑えない現実。


「でも、私を呼び戻すにしても、ヘデックを送り込んだら逆効果とか、思わなかったのかな?」

「そこに思い至れるようなら、お主をいびり抜いたりはせなんだろうよ」


 あー、なるほどー。一度は夫婦だったんだから、夫の言う事には従うだろう、とか思っているんだ。


 それか、王族がわざわざ連れ戻しに来てやったんだ、戻るよな? って事? どっちも的外れもいいところだね。


「ともかく、ヘデックは保釈金がローデンから届くまでは、あのまま地下牢だって話だから、こっちまでは来ないんじゃないかな?」


 来たとしても、私が神子だとはわからないみたいだし。暗がりであの状況下だからかもしれないけど、私の事がわからなかった。


 髪と瞳の色は変えてるし、身なりも大分違えてはいるけれど。わかる人にはわかるしなあ。じいちゃんも、ジデジルも一発でバレたよ。


 この分だと、会えればユゼおばあちゃんにも一目で見破られるな。あのおばあちゃん、鋭いから。


 まあ、ヘデックの事は多分平気。ここに来ても、ジデジルかじいちゃんが追い返すでしょう。


 何だったら、神子はまた旅に出ましたとでも言っておけばいいや。私が神子だとはわからないだろうし。


 あ、あと、どうでもいいけどちょっと気になった事が一つ。


「そういえば、どうして教皇庁はヘデックとトゥレアの再婚を認めないの?」

「ああ、それは簡単です。教皇庁は重婚を認めません。ヘデック殿下は、今でも『ユーリカ』という女性と婚姻関係にありますから」

「え!?」


 どういう事? 城を出ちゃえば、自動的に離婚になるんじゃないの!?


 慌てる私に、ジデジルが微笑む。


「神子様の結婚は、魔法契約を含みますから、解消するにも手続きが必要なんです。ですが、以前も申しました通り、神子様は本名を記名してはおりませんから、魔法契約も中途半端なままなんです」

「中途半端」

「具体的に申しますと、もう一度神子様が『ユーリカ』として婚姻解消の書類に記名なさらない限り、ヘデック殿下は『ユーリカ』という女性と婚姻状態にあります」


 それって、このまま放っておくと、ヘデックはずっと再婚出来ないって事になる訳?


 うーん……それもちょっと可哀想な気がしないでもないけど、だからといって、今更婚姻破棄の為に姿を見せるってのもなあ。


 あれだ、事実婚のままでいればいいんだよ。あ、でもトゥレアってハニトラ要員だったっけ。


 じゃあ、事実婚も無理な感じ? ……まあ、いっか。

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