第196話 ヤバい

 試食会の後は、遠心分離機をどこで買えるのかとあっちこっちから聞かれて困った。


「あれ、売り物じゃないんですう」

「何だと?」

「で、ではどこに注文すれば作れるんだ?」


 何でこんな事になったやら。最後には領主様が納めてくれて助かったけど。まさか、生クリームでこんな事になるなんて……


「では、あのえんしんぶんりき……だったか? あれの作り方は、教えてもいいのだな?」

「構いません。そんなに複雑なつくりはしていないはずだから、どこでも作れると思いますよ」

「そうか。後は牧畜をいかに増やすかだなあ」


 その辺りは、領主様頑張ってーって感じで。ともかく、これでやっとお役御免だな。


 フィエーロ伯の城でお世話になっている部屋で体を伸ばしていたら、メイドさんが何やら困った顔をしている。


「どうしました?」

「それが……」


 寝室の扉の方を見ている。どうやら、誰かが居間の方に来ているらしい。女性だからか、私が使ってる部屋って三部屋続きなんだよね。奥から寝室、居間、客室って感じ。


 居間まで来てるって事は、領主様か銀髪陛下……多分後者だな。領主様なら、部屋まで来る事はない。メイドさんに言って、私を呼ぶから。


「やっぱり」

「やっぱりとは何だ」


 居間に行けば、いるのは銀髪陛下。珍しく、剣持ちさんが一緒じゃない。一人で行動なんて、後で領主様に叱られても知らないから。


 とりあえず、一国の王様を立たせっぱなしってのもなんだから、ソファに座ってもらう。


「で? 何のご用でしょう?」

「用がなければ、来てはいけないのか?」


 普通、そうじゃない? 冒険者で庶民とはいえ、こちとら一応うら若き女性ですよ。乙女と言い切れないのは、離婚歴があるから。


 でもまあ、ここは曖昧に笑みを浮かべてちょっとだけ首を傾げる。ローデン時代に答えたくない時は、大体これでしのげたからやってみた。


 銀髪陛下が溜息を吐く。お、うまくいったらしい。


「昼間の、えんし……なんだったか」

「遠心分離機ですか?」

「ああ、それだ。……あれを、どこで知った?」

「へ?」


 あれ? なんか、銀髪陛下の様子が変だぞ?


 それに、遠心分離機の事を何で知りたがるんだか。


「えーと、あれは昔何かで聞いたか見たかしたものを、見よう見まねで作った――」

「どこで見た? お前の故郷か? それはどこだ?」


 えー? 何でこんな次から次へと。答えに詰まるような事聞かれても、答えられないってば。


 おろおろしていたら、銀髪陛下がまた溜息を吐いた。


「俺は、あんな代物これまで見た事がない」

「えーと、北ではあまり見ないかもー?」

「では、南ラウェニアで見たのか?」

「えーと、それはー」

「お前は、俺に何も教えたがらないんだな」


 えー? そんな事言われてもー。


 どうしよう、ここにはじいちゃんはいないし、どこまで話していいものやら。


 下手な事すると、私が神子だってバレそうだし。今ここでは、絶対にバレちゃダメなやつだから。


 何せ、地下牢に元夫がいるし。


 あれこれ考えていたら、ナイスアイデアが浮かんだ。


「あ、そうだ。あれ、多分じいちゃんが見せてくれたんだと思います」

「じいちゃん? あの、バム老人が?」

「ええ、多分。何せ、小さい頃の事だから、記憶が曖昧でー」


 さすがにこっちの覚え間違いまで責めたりはしないでしょ。人の記憶って、意外とあやふやだから。


 何か考え込んでいた銀髪陛下は、しばらくして立ち上がった。


「邪魔した」


 それだけ言い残すと、足早に部屋を去って行く。


 あー、何とか切り抜けたー。

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