第195話 試食会

 若奥様からの熱い視線と領主様からの後押しに負け、フィエーロ伯領での生クリーム制作体験会および試食会が開催される事になりましたー。


 本当に、どうしてこうなった……


「まあ、大体どこの領でも牧畜はやっているんだけどねえ」


 領主様の話だと、実入りがよろしくないらしい。大体は、畑仕事の担い手だからね。馬や牛に鋤を引かせるやつ。


 なので、このフィエーロ領にも牛がいる。仔牛も産んでいるので、ミルクも出るそうな。


 だったら生クリームやチーズ、バターを作りそうなものなのに。って思ったら、バターとチーズは領内で消費する程度は作ってるんだってさ。


 これで何故、生クリームが作られないのか、本当不思議。


「バターが出来るって事は、乳脂肪分的には問題ないはずだしなあ」


 まあ、実際には使い方を知らないだけって事もあるでしょ。まずは明日。


 その日の夜、夕食後の時間帯にフィエーロ伯から領主様に「提案を受け入れる」という話があったって。良かったね、領主様。


 これで今回のお仕事は終わりだー。


「これこれ、生クリームとやらを作って試食するのだろうが」


 忘れられてなかったー。若奥様の目が、もうきらきらを通り越してギラギラしてるんですけど。


 夕べ、生クリームはお菓子に使う事も多いって言ったからかな……若奥様も、甘い物には目がないタイプとみた。




 翌日は晴天。青空がまぶしいなあ。


「いい試食会日和ね!」


 若奥様、試食会日和って、何ですか? ああ、聞いちゃいけないやつですねわかりました。なので、ギラギラの目で見返すの、やめてください。


 とりあえず、会場も用意されているし、やりますか。


 試食会場はフィエーロ伯の城の中庭。用意してもらったものは、家畜化された牛の魔獣ククウのミルク。


「えー、では始めます。まず、ミルクを温めまーす」


 ミルクから生クリームを作るには、遠心分離機を使うのが手っ取り早いそうな。放っておいても、脂肪分が上に浮くっていうけど。


 なので、ここで手回しの遠心分離機を作る! 別に機構に魔法は関わっていないので、道具を作る人なら簡単に作れるんじゃないかなー。


 ミルクは煮沸消毒ではないので、人肌くらいに温める。こうした方が分離しやすいんだって。


 で、温めたミルクを遠心分離機に入れて、手でハンドルを回す! 回す、回す、回す!


 すると、比重の違いで中身が分離され、脱脂乳と生クリームに別れて出てくる。その為、出口はちゃんと二つ作ってある。


「こんな風に作るのね」

「ふうむ。ミルクの上に固まったものなら見た事はあるが……あれがこんな風になあ」


 やっぱり、生クリーム自体はあるのか。でも、今までは用途があまりなかったから、あってもなくてもいいものと思われていたのかもね。


「さて、出来上がった生クリームは、殺菌します。魔法が使える人がいるといいんだけど」


 高温で十秒くらいで終わらせるっていうから、火にかける訳にもいかない。魔法なら、一挙に温度を上げる事が出来るから。


「さっきん……とは?」


 あれー? そこからー?


 首を傾げる領主様達に、細菌とは、そしてその細菌を殺す殺菌とは、という説明までする事になっちゃった……




 さて、いよいよ出来上がった生クリームの試食。とはいっても、クリームだけじゃ何だから、色々スイーツにしてみる事にした。


 簡単なのは、フルーツにかける。って事で、厨房から季節のフルーツをいただいてきています。


 あとはスポンジケーキ。これは前に焼いたのが亜空間収納にあったので、それを使おうかと。


 それと、ここで作るのはクレープ! やっぱ生クリームとフルーツといえばクレープでしょう! チョコもあれば最高なんだけどなあ。


 まずクレープ生地を作る。薄力粉と砂糖を混ぜて、そこに牛乳。後卵を加えてぐーるぐる。少し緩い生地の完成。


 後はクレープパンで焼くだけ。あ、広げるトンボも欲しいな。パンもトンボも、亜空間収納内で作っちゃえ。


 トンボは妖霊樹の余りで、クレープパンは前に採取した鉱石から。


「ほほう、これはまた」

「大きなお鍋ねえ。それに、底が浅いわ」


 クレープパンだからね。ミルクを温めるのにかまどを急拵えで作ってもらってあるから、そこでクレープを焼く。


 小さなおたま一杯分をパンに流し入れてトンボで広げていく。あ、へらがないや。前に作った串焼き用の串でいいか。


 一本取りだして端から生地を剥がし、引っかけるように持ち上げて裏返し。さっと焼いたらお皿へ。


 これを繰り返して、十枚以上のクレープを焼いた。これを冷ましている間に、生クリームをホイップしちゃおう。


 生クリームをボウルに入れて、砂糖を入れる。周囲からどよめきが聞こえた気がするけど、気にしない。


 ボウルの周辺を魔法で冷やし、泡立て器で泡立てていく。うう、腕が痛い。途中で疲れたので、魔法で続行。


 あまり泡立てすぎると分離してぼそぼそになっちゃうので、その手前でストップ。あ、絞り袋がないや。まあいいか。


 まずはフルーツから。さらに数種類のフルーツを切って盛り付け、その脇にもたっと生クリームを置く。それだけ。


 次はスポンジケーキ。これは丸い鍋の中に二段に切り分けたスポンジの一枚を敷いて生クリームを入れ、小さめに切ったフルーツを並べ、またスポンジ。その上から生クリームとフルーツ。これでスコップケーキの完成。


 あとはクレープ。ひたすら生クリームとフルーツを包んで作っていく。全部終わる頃には、私だけが疲れたわ。


 でも、おかげで試食会は好評。若奥様だけでなく、領主様にも気に入ってもらえたようで何よりです。


 あー、疲れた体に甘い物が染みるー。

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