第193話 説得? 懐柔?

 短い空の旅は無事終了。途中で籠からの悲鳴は聞こえなくなったけど、若奥様大丈夫かな? 放置したの、私だけど。


 着地のショックが籠にいかないよう、そーっと下ろす。ほうきも着地して、籠に近寄ると、中に座り込んだ若奥様が放心状態だった。


「若奥様? 大丈夫ですか?」


 手を差し伸べたら、ゆっくりこっちを振り返る。


 あ、やべ。


「なん……って素晴らしいの!! 私、とても感動したわ!!」


 やっぱりこっちかー。これじゃないけど、前に私の持ってるテントを見て欲しがったどっかのお嬢様がいたんだ。


 彼女と、おんなじ顔してるよ、若奥様。


「ねえ! この籠、譲ってくださらない? もちろん、対価は支払うわ!!」

「無理です、ごめんなさい」


 じいちゃんが使っていた中古の籠だし、何より籠単体では空は飛びません。言ったらほうきの方を譲ってと言われそうなので、言わない。


 食い下がるかと思った若奥様は、しょぼんとしただけで「そう」と言って引き下がった。うん、それだけでも、私の心証は大分いいぞ。


 あのフィエーロ伯の元で育てられた姪御さんだから、我が儘はあんまり言わないだろうなあと思っての、この対応。


 ギヤクスさんにも、説教されてしょぼんとしていたもんね。


 まあ、あれは伯父であるフィエーロ伯が心配故の事だし、領主様からのそそのかしがあったという事でノーカン。


 着地したのは、フィエーロ伯の城から少し離れたところなので、ここからは歩きだ。


 城が見えてくると、向こうからも見えたのか、門番が驚いて中へと走って行ってる。


「もう、落ち着きがないわねえ」


 ダメじゃない、と笑う若奥様。ツェラー子爵領の領主館で、似たような事をしてギヤクスさんに「淑女とは!」とお説教されてたの、誰でしたっけ?


 門番さんが呼びに行ったようで、何と門までフィエーロ伯ご本人が出迎えに駆けつけていらっしゃいましたよ。


「キリナ! お前、どうして!」

「伯父様がおかしな事を言ってるって、辺境伯様からお手紙をいただいたのよ! 私、いてもたってもいられなくて……」


 涙ぐむ若奥様を、フィエーロ伯がオロオロしながら宥めてる。嫁いだ娘が、自分に関する事で戻って早々泣くなんて、お父さんとしては慌てるよね。


 そして、フィエーロ伯の後ろには、にやにやと笑う領主様。これを見越して、私に手紙を届けさせましたよねえ?


 私が睨んだところで、領主様にはどこ吹く風でしょうよ、ふんだ。




 若奥様がなんとか落ち着いたので、場所を城の中の一室に移して話し合い。


 というか、若奥様と領主様によるフィエーロ伯辞めないで説得大会。


「思いとどまってちょうだい、伯父様! いくら跡継ぎがいるからって、伯父様はまだ隠居なさるには若すぎてよ!」

「まったくもってその通りだ。大体、伯以外の誰があの中立派をまとめられると思うのかね? 誰もいないだろうが」

「それに、ヴェジマーだってまだ若輩者じゃないの。宮廷と領地の両方を見るなんて、無理だと思うわ」


 誰? ヴェジマーって。首を傾げていたら、となりからぼそっと声が聞こえた。


「フィエーロ伯の長男だ」


 剣持ちさんだった。前を向いたまま、私に教えてくれたらしい。そうか、フィエーロ伯のご長男……って、若奥様の従兄弟じゃないの?


 それを若輩者って……いやまあ、銀髪陛下とどっこいの年齢なら、確かに若いけどさ。


「ヴェジマーはまだ未婚だし、あの剣バカに嫁いできてくれる奇特なお嬢さんなんて、いる訳ないでしょ! 伯父様が隠居する前に、息子二人を鍛え直すべきよ! あ、鍛え直すって言っても、剣の方じゃないわよ? 伯爵家の者として、よ?」


 若奥様、実感こもってますね……帰ったら、ギヤクスさんに淑女教育されちゃうもんね。


「ヴェジマー殿は、騎士としてはいい腕を持っていると評判だ。本人もそちらで身を立てたいと言っているようだし。次男のベフォドス殿も、兄ヴェジマー殿に勝るとも劣らぬ腕前。彼等は今しばらく、王都の騎士団に預けてはどうかね?」


 これは父親であるフィエーロ伯もわかっているらしく、迷いが見えた。いずれは長男は家を継ぐものとはいえ、ここで家に連れ戻していいものかどうか。


 そして、ここで若奥様が強力なカードを切った。


「伯父様! 伯母様との約束を破られるおつもり!?」

「キリナ」

「伯母様は、このフィエーロの地を愛してらっしゃったわ。最後まで、この領地と領民の事を案じてらっしゃった。今伯父様が隠居なんて事になったら、フィエーロの領地と領民はどうなるの? ヴェジマーじゃちゃんと回せないわよ!?」


 若奥様にここまで言われるフィエーロ伯爵家の若様ヴェジマー。逆にどんな人なのか、興味がわいて来るー。


 ともかく、若奥様に亡き奥方との約束を思い出させられたからか、フィエーロ伯が考え込んでいる。


 お? これでうまく行く?


「フィエーロ伯、どうだろう? 向こう数年……そうだな。五年もあればいい。五年、現役で中立派をまとめてくれれば、私がご子息二人の結婚をまとめよう。どうかな?」


 おおっと、ここで領主様が「嫁の世話」というカードを切ったあ! フィエーロ伯はといえば、このカードが意外にも効いたのか、大分心が揺らいでいる!


「閣下、よろしいのですか? 従姉妹の私が言うのもなんですが、あの二人は貴婦人の相手など、とても出来るような者達ではありませんのよ?」


 若奥様も大概だな。従兄弟が嫌いかね?


 でも、領主様はにこやかに返す。


「何、どこにも枠から外れる存在というものはいるものだよ」


 それ、世話するお嫁さんの方も癖があるって言ってません? 大丈夫?

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