第191話 ツェラー子爵領

「ギ、ギヤクス様! その、この娘が――」

「先程伺いましたが、辺境伯閣下の使者だとか」


 おじいさん、門番さんを無視して私に向き合ってる。うおー、なんかこえー。


「改めまして、コーキアン辺境伯閣下の使者として、こちらに参りました。閣下よりお預かりしました、証明の紋章入りの指輪でございます」


 何とか舌を噛まずに言えたー。久々にこんな言葉遣いしたから、頬の辺りの筋肉がけいれんしそう。


 私が見せた指輪を、おじいさんは門越しに見て、すぐに門番さんに声をかけた。


「門を開けなさい。使者殿を中へ」

「で、ですが――」

「早くしなさい。コーキアンと戦争をしたいのですか?」

「す、すぐに!!」


 えー……さすがに、この程度で戦争なんて事にはならないと……下手したらなるかー。


 貴族ってメンツが大事で、これを守ってなんぼって世界。時にはお金がなくても見栄を張るのは、メンツを守る為って事も多い。


 わざわざ証明の指輪を持たせた使者が、門前払いをされて戻ってきましたなんて事になったら、子爵家に辺境伯家のメンツを潰されたって事になる。


 そうなったら、確かに戦争はあり得るわ……


 慌てた門番さんが開けた門から、無事に敷地内へ。ギヤクスと呼ばれたおじいさんの後をついて、屋敷に入る。


 おお、ホールも壮麗だねえ。


「こちらへ。先程は当家の者が失礼をいたしました。何分躾が足りていない者です。ご容赦ください」

「は、はい」


 きれいに謝罪の礼をされては、文句なんて言えないでしょ。まあ、最初から文句を言うつもりもなかったけど。


 ただまあ、帰ったら土産話として、領主様と笑い話にしちゃおうかなあとは思った。こんな事があったんですよーって感じで。


「失礼ですが、辺境伯閣下からのご用事は、若様へのものでしょうか?」

「いえ、奥様のキリナ様へのお手紙をお預かりしています。閣下から、返事をもらってくるようにと言いつけられました」

「若奥様へ……でございますか」


 あ、ギヤクスさんが何やら思案している。実物見せた方が早いかな?


「こちらが、お預かりした手紙です」

「お預かりいたします。ただいま、お部屋に案内いたしますので、おくつろぎくださいませ」


 丁寧な一礼の後、メイドさんに引き継がれて屋敷の中を案内される。さすが領主様の名前は凄いなあ。


 紋章入りの指輪を持ってきた以上、領主様の名代扱いだから、子爵家としても下手な振る舞いは出来ないって事だね。


 それを考えると、あの門番さん……この先、大丈夫かな?


 通された部屋は、すっきりとした調度品でまとめられた品のいい部屋だ。ここでくつろいでいていいらしい。


 メイドさんが、すぐにお茶を入れてくれた。あ、香りがいいなあ。いわゆるお茶の木はこちらにはないから、紅茶や日本茶の類いはない。


 でも、香草とかフルーツの葉や皮から作られるお茶があって、なかなか美味しいのだ。


 これ、甘い香りがするからフルーツ系のお茶だね。お茶請けもおいしい。パリパリする焼き菓子で、甘みは蜂蜜かな?


 そんな事を考えていたら、遠くから足音が響いてきた。それと同時に、先程のギヤクスさんの「お待ちください!」という声も聞こえる。


 何事?


「あなたが手紙を持ってきた人なの!?」


 勢いよく部屋の扉が開かれて、若い女性が息を切らしている。すごく焦った顔だ。


「えっと……」

「あなたが! 辺境伯閣下の使者なのでしょう!?」


 もしかして、この人がキリナさん? フィエーロ伯の姪御さんの。




 あの後、ギヤクスさんにお説教をうけたキリナさんは、現在私の目の前でしゅんとしています。


「若奥様の行動は、子爵家の評判にかかわる事ですと、何度もお伝えしたと思いましたが?」

「はい……」


 ああ、キリナさんって、結構なおてんばさんなんだなあ。そんで、嫁ぎ先で躾厳しくされちゃってる感じ。


 またしても、勝手に脳内であれこれ妄想しております。その間も、ギヤクスさんはキリナさんに「淑女とは」という話を蕩々としていた。


 いや、これ、私の前でやっちゃダメなやつじゃない? もしかして、領主様に私が話すのも込みでやってますか? ギヤクスさん。


 やだ、このおじいさんってば、恐ろしい。


「お客様の前で、大変失礼を」

「い、いえ……」


 これ以外、言えませんて。キリナさんはまだうなだれているし、ギヤクスさんは怖い笑顔だし。もうどうしろと?


「あのう……それで、お手紙のお返事は……」


 いただけましたら、速攻帰りますんで。


 でも、返ってきたのは、斜め上の言葉だった。


「お願いがあります!!」


 あれー? おかしいなあ? なんかまた、嫌な予感がするんだけど。


「私を、フィエーロまでお連れ願えませんか!?」


 予感的中うううううう。こんな予感、当たらなくていいよもう。

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