第188話 お家騒動かー

 先程とはまた違った緊迫した空気の中、「ではこれで」とも言えずに硬直していると、剣持ちさんの視線が突き刺さる。


「閣下。彼女は……」

「うん? サーリの事かい? 彼女は私が雇った護衛だからねえ」


 領主様、そんな事をにこやかに笑いながら言わないでくださいいいい。ああ、ほら。剣持ちさんの視線がさらに鋭くなってるううう。


「やめんかフェリファー。君は本当に女性の扱いがなっていない。お父上が嘆かれるぞ」

「! ち、父は関係ありません!」

「何を言うか。君の父上は君の年頃には既に奥方を迎えて、君を身ごもらせていたではないか」

「そ……そのような事を仰られても……」


 さすがに自分が生まれる前の事を出されては、剣持ちさんも反論しづらいらしい。


「どうかね? フィエーロ伯。彼女が同席しても、構わないかね?」

「陛下と閣下がお許しになるのであれば、私に異論はありません」


 フィエーロ伯、そこは異論を言ってもいいのではないでしょうか。というか、これ以上面倒そうな事に巻き込まれたくないんだけど。


 ヘデックと再会しちゃっただけで、もうお腹いっぱいです。


「さて、伯からの手紙にあった事は、本当かね?」

「もちろんです」

「ふうむ。伯は私と同年代、隠居するにはまだ早いのでは?」


 え? 隠居? 驚いてフィエーロ伯の方を見る。あ、剣持ちさんも驚いている。彼も知らされていなかったんだ。


「私は疲れたのですよ。幸い、跡を継ぐ長男は今年二十三。カイド陛下と年回りもいいでしょう。老骨がお支えするより、若い者達に後を託したいと思います」

「伯、それは私に対する嫌みかね?」

「滅相もない」


 そう言って笑うフィエーロ伯だけど、ちょっとだけ、領主様に思うところがあるような気がする。


 そこに、脇から銀髪陛下が口を開いた。


「……まだ、俺を恨んでいるか?」


 凄く、胸を突く声。銀髪陛下は泣いてなんかいないのに、聞いてるこっちが泣いちゃいそう。


 銀髪陛下は、フィエーロ伯に恨まれていると思っているのかな? この二人の間に、何があったんだろう。


 少しだけ俯いていたフィエーロ伯だったけど、やがて顔を上げる。


「陛下をお恨み申し上げた事は、ただ一度もございません。本当です。信じていただけないかもしれませんが」

「伯……」

「ただ、私は疲れてしまったのですよ。いつまでも己の執着を断ち切れない事に」


 部屋の中が、しんと静まりかえる。これ、本当に私が聞いていい話なんですか? 領主様。


「ナバル叔父上の事を……まだ……」

「私はあの方にお仕えする事を、誇りに思っていました。たとえナバル殿下が王位を望まなかったとしても」

「ツエズディーロ大公は、今も領地に引きこもられたままだ。あの方に仕える気があるのなら、はせ参じるのも手ではないか? 家督をご子息に譲った後なら、身軽だろうに」

「いえ、殿下からは『決して来るな』と言い渡されました。つまり、そういう事です」


 ……頭の中を整理しよう。銀髪陛下には、ナバルという叔父さんがいる。王位云々言うくらいだから、父親の弟だろうね。


 で、多分だけど、その叔父さんと王位争いをしたんじゃないかな? ただ、国内を見ると争いの爪痕がないから、戦争まではしていないと思う。


 引きこもっているって言うし、そのナバル叔父さんが身を引いたんじゃないかなー?


 と勝手に予想してみました。だって、多分この場で話がわかっていないの、私だけだもん。


 フィエーロ伯は国王派でも反国王派でもなく中立派だって聞いたけど、もしかしてそのツエズディーロ大公派なのかな?


 ただ、それは家としてではなく、あくまで目の前のフィエーロ伯本人が、って事。


 だから、次の「フィエーロ伯」は国王派になるよって事を言ってるんだよね?


「……ご子息は両人とも、王都の騎士団に入団していたな?」

「ええ。閣下にも陛下にもよくしていただいていると、手紙に書いてありました。息子達は、私とは違います。どうか、よしなに……」

「それは構わぬが……伯、決心は変わらぬか?」

「はい」


 フィエーロ伯の答えを聞いて、領主様は天井を見上げた。

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