第186話 救いようがない

 思わず一歩後ろによろけたら、当然そこには踏み台はなく。


「うぎゃ!」


 床に落ちるかと思ったら、何か柔らかいものに抱き留められた。あ、銀髪陛下だ。


「まったく、何をやっているのだ」

「えへへ、ごめんなさい」


 まさか、別れた夫が牢屋にいるとは思わなかったので、驚いて。とは言えないしなあ。


 誤魔化そうと笑って謝ったら、銀髪陛下の眉間に深い皺が。


「違う」

「……何が?」

「謝るのは、間違っていないか?」


 えー? でも、さっきは助けてもらうのに……あ。


 お礼、言っていないや。


「助けていただき、ありがとうございました」

「うむ」


 なるほど、お礼が正解だったのか。それにしても、銀髪陛下は偉そうだなあ。……偉いのか。この国の王様だもんね。


 こっちで和んでいる間も牢屋の方ではヘデックと領主様が何やらやり取りをしている。ここまで聞こえるよ。


「助けてくれ! ジンド殿!」

「……さて、どうしたものか」

「ここにいる者達は、皆私を私と認めはせぬ! 頼むから、助けてくれ!」


 ……何があって、ローデンからダガードまで来たのか知らないけど、お付きの者はいないのかな? 彼の身分なら、一人で行動は出来ないはずだけど。


 あれ? もう臣籍降下したのかな? それでも、身分は一代限りとはいえ公爵になるはずだけど。


「……確かに、ヘデック殿下に似てはいるな」

「似ているんじゃない! 私が本物だ!!」

「いや、まさかまさか。南ラウェニアの偉大なる大ローデンの第三王子ともあろう方が、このような地下牢にいるなどと」

「それには、訳があるのだ!!」


 領主様は、無言でフィエーロ伯を振り返った。


「彼は、一体何をしたのかね?」

「は。それが、我が領内で追い剥ぎをやらかしまして」

「追い剥ぎ」

「未遂ではありますが、捕まえましたところ、自分はローデンの第三王子ヘデックだと言い張るのです。ですが、何分私はその殿下の顔を知りません」

「そうであろうな。神子様のご一行は、我が国内を通過されなかったのだから」

「ええ。それで、ご面倒をおかけしてしまうのは重々承知の上で、かの王子殿下のご尊顔をご存じの閣下に、ここまで来ていただいた由」


 うわあ。そういえば、北ラウェニアから魔大陸に渡る際、一番近いのはダガードだから、そこを通って行こうと提案したじいちゃんの言葉を退けて、もっと東の国の海岸から魔大陸に入ったんだった。


 結局、ダガード入りを反対したヘデックは、魔大陸に近寄りもしなかったくせにね。


 でも、そうか。あの国……名前は何だっけ? ここから東の国に入った時に、王宮で夜会が開かれたんだった。


 多分、領主様はそこに招かれていて、ヘデックに会ってたんだね。


 私? その手のは面倒だったから、じいちゃんと一緒に逃げたよ。翌日のパレードは逃げられなかったけど。くそう。


 そんな経緯があるからか、邪神封印の旅の話になった時、領主様の声が一段低くなった気がした。


 そりゃそうだよね。どう考えても、ダガードの方が魔大陸に近かったのに。それを無視して、遠回りになる国から海を越えたんだもん。


「未遂とはいえ、追い剥ぎをしたのは確実なのだな?」

「はい。相違ございません」

「では、このまま刑に処すように。ああ、一応ローデンにも照会しておこう。もし本物のヘデック殿下なら、ローデンからなにがしか言ってくるであろうから」

「承知いたしました」

「おい! 待ってくれ! 私が本物なんだ! だから、ここから出してくれ!!」

「大概の囚人はそう言うものだよ。何、本物ならローデンからの知らせを待つがいい。もっとも、ここ北ラウェニアの端であるダガードから、南ラウェニアの中心であるローデンまで、使者を送るのにどのくらい時間がかかるかわからんが」


 領主様、本日一番いい笑顔です。




 その後、ヘデックの悲鳴のような懇願の声が響く地下牢から、全員で上の階まで上がってきた。


「到着早々、お手を煩わせました事、謝罪いたします」

「なに、伯のせいではないよ。私が先に会う事を選んだのだから」

「そう言っていただけますと、心が軽くなります。……それで、あれは本当にローデンの第三王子でしょうか?」

「まず、間違いはないだろう。本物だ」


 おおう、領主様、わかっていてあのやり取りやったんだ。あ、銀髪陛下も剣持ちさんも、微妙な表情で領主様を見てる。


「それにしても、まだ臣籍降下したという報は聞いていないが、あの国は王族を一人で他国に放り出すのかねえ?」


 領主様の言葉に、フィエーロ伯が執事さんと軽く顔を見合わせた。


「それが……」


 フィエーロ伯がそう言い置いて教えてくれたのは、次のような内容だった。


 どうやら、ヘデックはお付きの者数名と共にダガードを目指して、陸路を使ってローデンから来たそうだ。


 ところが、邪神再封印の旅の経験があるからか、ローデンからダガードまでの旅など軽いものよと侮り、各地で遊び回ったらしいよ。


 その結果、国から持たされた旅費が底をつき、ヘデックはお付きの者から金品を巻き上げたんだって。ナチュラル盗人か。


 で、それに怒ったお付きの者に逃げられ、金はなく、仕方ないので街道で追い剥ぎをした、という事なんだとか。


 ここで一言。


 アホかああああああああ!!

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