第185話 どうして……

 さすがは伯爵のお城、今まで道中で泊まった領主館とは比べものにならない大きさだ。厳つい、石造りの要塞のようなお城。


 見上げていたら、剣持ちさんから声をかけられた。


「あほ面さらして見上げているんじゃない。カイド陛下やコーキアン辺境伯閣下の名に泥を塗るような事は許さんからな」


 ……君の安全も、私の意思次第なんだぞ? 今すぐ展開した防御結界を引っぺがしてもいいんだからな?


 ふう、危ない危ない。つい凶暴な思いに駆られそうになったわー。大人の女は、もっと余裕を持たないとね。




 城の廊下を行く。他の兵士達は別行動なのに、ここでも私は剣持ちさん同様銀髪陛下と領主様と同行している。


 そんなに危ない場所なのかね? フィエーロ伯爵のところって。


「足下が悪いので、お気をつけください」


 先導役の執事っぽいおじいちゃんが、全員に注意を促す。ってか、ここってもしかしなくても地下への階段?


 みんなして、到着して早々どこ行くの? 私、ここで待ってちゃダメですかね? ダメですか、そうですか……


 厳ついお城の地下には、なんとも雰囲気のある地下牢があった。狭く区切られた石の部屋に、頑丈そうな扉。扉には、上と下に小さな窓がついている。


 上の窓は監視用、下の窓は食事を入れる用なんだって。いや、剣持ちさん、そんな事は懇切丁寧に教えてくれなくていいから。


 執事さん案内で進む先は、どうやら地下牢の一番奥らしい。


「こちらです」


 そう言って、執事さんはその場をどいた。代わりに一歩足を進めたのは、領主様だ。


 領主様は、蓋のついた上の窓を開けて、中をのぞき込む。


「……これではわからんな。暗すぎる」

「では、明かりを……」

「いや、サーリ、すまんが明かりをこの独房内に出してはもらえんか?」


 フィエーロ伯爵の申し出を断り、領主様は私を振り返った。出来るけど、そんな事、領主様に教えたっけ?


 手招きされたから、つい扉の方へ近づいちゃった。でも、私の身長だと上の窓まで目線が届かない。


「うん? おお、届かないか。誰か、踏み台を持ってきてくれないか?」


 領主様が今来た方に声をかけると、誰かがいたのか、動く音が聞こえる。


「領主様、中が見えなくても、明かりは出せますよ?」

「いや、実は私一人で中を確認するのが怖くてな。サーリよ、一緒に確認してはくれまいか?」

「えー?」


 中にいるのって、囚人だよね? 牢屋なんだし。そんな相手、私も見たくないんですけど。


「特別手当として、ゴーバルのバターを一樽送ろう」

「任せてください!」


 ゴーバルのバター! あれ、本当においしかった!! 料理に使ってもよし、お菓子に使ってもよし。


 風味が独特なんだけど、雑味とかじゃないんだよ。何はともあれ、とんでもなくおいしいバターでした。


 あれ、市場に出回っていないんだよね……特別手当のアレをくれるのなら、何でもやりますとも! 何なら囚人の浄化もやっちゃうよ?


 やってきた小さい椅子のような踏み台に乗ると、ちょうど視線が窓の真ん前だ。そこで中に向かって小さい明かりを飛ばす。


 中には、うずくまる囚人が一人。


「ほう、これはよく見える。これ、顔を上げなさい」


 領主様の言葉に、囚人がのろのろと顔を上げた。


 ……ん? あの顔、どこかで見覚えが――


「ジンド殿!!」


 囚人が、凄い勢いで扉の窓にしがみついた。


 長い金髪、無精ひげ、痩せた……というより、やつれた感じのこの人は……


 どうして、あんたがここにいるの? ヘデック。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る