第184話 フィエーロ伯爵領、到着
翌日、朝早い出発だったにも関わらず、玄関先までご夫婦で見送りに来てくれた。
「出発は早いと聞いていましたからね。こちらは朝食ですよ。持って行ってちょうだい」
「わあ、ありがとうございます」
夫人が差し出したのは、おおきなバスケット。受け取ったのは剣持ちさんだけど、みんなの分だってわかってるから、お礼を言っておく。
「ではな、ご夫妻。達者で」
「世話になった」
「失礼します」
「さようならー」
領主様、銀髪陛下、剣持ちさん、私とご夫婦に挨拶をして、馬車に乗り込む。メンツは変わらず。いい加減、御者席に行かせてくれないかなあ?
ちょっと聞いたら、領主様ににっこり笑って「ダメ」って言われた。うぬう。
あ、でも夕べから剣持ちさんの態度が少しだけ柔らかくなったよ。何でだろうね?
……あれか? ジデジル効果か? 帰ったら、その事を本人に伝えようっと。ジデジル、張り切って剣持ちさんに教皇庁風の行儀を教えないかなあ。
街道を順調に進む。護衛のはずなんだけど、何にも起こらないなあ。……って、何も起こらない方がいいんだってば。
「退屈そうだの、サーリよ」
「え? そ、そんな事は……」
ないとは言えないというか何というか……誤魔化し切れず、領主様に笑われた。銀髪陛下は、なんか呆れてるし。
心なしか、隣に座る剣持ちさんからは、冷ややかな空気が流れてきているような。
剣持ちさんの、私に対する態度が少しは変わったかと思ったのに、すぐに元に戻ってるんですけど!? どうなの? そこんところ。
「まあ、こんな車内にいては、退屈するのは当然じゃな」
「ジンド……こんな車内とはどういう事だ?」
「仏頂面した陛下に、相変わらず不機嫌そうなフェリファー、それに年寄りに片足を突っ込んでいる私では、若いサーリも退屈するというものですよ」
領主様の言葉に、銀髪陛下も剣持ちさんも軽いショックを受けてる。もしかして、自分達の様子に自覚がなかったとか? 特に剣持ちさん。
「陛下の仏頂面は今更ですがねえ。フェリファー、君はもう少し若いお嬢さんの相手の仕方を学びたまえ」
「……自分は、陛下の護衛ですので、そのよう雑事は不要です」
「君も父君が引退したら、侯爵家を継ぐ身じゃないか。そんな事では、婚約者の一人も出来ないぞ」
「ぐ……」
言い返せない剣持ちさんの負けー。でもそうか、剣持ちさんの実家は侯爵家なんだね。
家柄良し、銀髪陛下の覚えもめでたいとなれば、お嬢さん方に人気が出そうなのに。
あれか、この無愛想面で女性人気を逃しているのか。
「貴様、今何か良からぬ事を考えなかったか?」
「いいえええ? 何にもおお?」
何でこういう時だけ、鋭くなるんだろうね? やだわー。
その後も移動は順調で、途中の領主館や大きめの教会に泊まり、デンセットを出発して五日目に、目的地であるフィエーロ伯爵領に到着した。
ひゃー、ずっと馬車に揺られていたから、体が硬くなってるー。
思い切り体を伸ばしていたら、領主様がこそっと囁いた。
「サーリ、ここでは陛下の側をなるべく離れないようにしてくれ」
「……領主様は?」
「私はいい」
そう言った時の領主様の顔は、何だか優しいお父さんって感じ。うちの父親じゃあ到底出来ない表情だな。
理想の父親って、あんな感じなのかも。とはいえ、領主様から護衛依頼を受けたのだから、もちろん領主様は守りますよ。
ついでに、銀髪陛下と剣持ちさんもね。剣の腕は良くても、魔法で攻撃されたらひとたまりもないでしょ。
三人にこっそり防御結界を展開させていたら、城の入り口から馬車までずっりと並んだフル装備の兵士達の間を通り終わっていた。
入り口には、領主様と同じような年代の男性が立っている。
「ようこそ、カイド陛下、コーキアン辺境伯閣下」
「しばらくぶりだな、伯」
「しばらく厄介になるぞ、フィエーロ伯」
銀髪陛下と領主様の言葉を受けて、フィエーロ伯は一礼した。この人が、フィエーロ伯爵か……
身長は高すぎず低すぎず、髪は貴族男性らしく後ろになでつけて一つに結っている。
ただなあ、何というか、とても顔色の悪い伯爵様だ。栄養が足りていないというよりは、内臓系の病気じゃないだろうか。
その当たりはジデジルが得意なんだよなあ。あの人、教会でも凄腕の治癒師で通ってるから。あんななのにね……
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