第183話 夕食会

 銀髪陛下に手を取られながら、廊下を行く。


「案ずるな」

「はい?」

「この館の主夫妻は、あまり行儀にうるさくない。お前の事もジンドが説明している」


 ……ああ、銀髪陛下は、私がただの冒険者だと思っているから、貴族の館での行儀なんてわからないだろう、でも心配はいらないよって言ってくれてるんだ。


 顔に似合わず優しいなあ。でも、言わせてもらうなら、その優しさは私を一冒険者として扱う方向に使ってええ。


 私も、他の護衛の人達と気楽に過ごしたかったよ……馬車も、ぜひとも御者席に行かせてくださいお願いします。無理だろうけど。


 でも、困ったなあ。これで逆に行儀をきちんとする訳にもいかなくなっちゃったよ。


 あ、ジデジルが砦にいるから、彼女から教皇庁風の行儀を習ったって事にしておこうかな。興味本位で教えてもらったって事にしておこうっと。


 大丈夫、本当に教皇庁風もたたき込まれたから。ユゼおばあちゃん、あの時だけは鬼に見えたよ……


 いざ、食堂へ。入ってすぐ、左手を胸に当てて膝を曲げる。右手は銀髪陛下に預けているので。


 これが教皇庁風。んで、ローデンとか南ラウェニア風なら膝を曲げるまでは一緒で、手でスカートをつかんで後ろに引っ張るように広げる。


 エスコート役がいる時は片手で、いない時は両手で。ちなみにこれは、目上の相手に対しての挨拶。目下相手はまた違う。


 隣の銀髪陛下が驚いているな。私は、やれば出来る子なんだから。


「これは驚いた。サーリのドレス姿など、初めて見たよ」

「こちらのお嬢様のものだそうで、お貸しいただきました」

「そうか……そうだったな……」


 あれ? なんか、変な感じじゃない? 領主夫人は何だか目頭押さえてるし。


 えー……もしや、お嬢さんって……


「今頃は軍で元気にやっておるだろうなあ……」


 あれ? 不吉な事じゃなくて? というか、お嬢さんなのに、軍?


 混乱していると、領主様が教えてくれた。


「この家の令嬢は剣の腕にかけてはそこのフェリファーといい勝負なのだよ」

「お言葉ですが、彼女に負けた事は一度もございません」


 あ、フェリファーって剣持ちさんか。てか、この人銀髪陛下の護衛だから、腕は立つんだよね?


 そんな剣持ちさんと互角って……思わず、着ているドレスを見下ろしてしまう。別に、マッチョなお嬢様が着るような代物じゃないよね?


 そして夫人の方をよく見たら、小さく「バカ娘が……」と言ってるよ。目頭押さえたんじゃなくて、怒りを押さえてたですね。


 どうも、ご両親の反対を押し切って、家出同然で軍に入ったそうな。凄いなお嬢様。




 夕食会は和やかに進んだ。先程入り口で披露した礼に関して、やはり聞かれたので用意しておいた答えを口にする。


「なるほど、大主教様に教わったのか。なかなかどうして、サーリは肝が据わっているな」

「? どうしてですか?」

「いや、大主教様の噂を知らないのか?」


 ジデジルの噂? 何だろ? 首を傾げていたら、これまた領主様が教えてくれた。


「いや、ジデジル大主教猊下と言えば、泣く子も黙る方ではないか」


 はい!? 誰が? ジデジルが? あの、どがつく変態が!?


「いつぞやも、視察先の教会で不正が見つかり、教会の人員が丸ごと入れ替わったと聞くぞ」

「そういえば、くびれの辺りの教会だったという話ですね」

「他にも、猊下の視察が行われると、必ず降格人事が行われるのでどこの教会でも戦々恐々とするのだとか」


 ジデジル、仕事だけはきちんとやってたんだね……


「その厳しいと評判の猊下から、行儀を習うとは。サーリ、そなた、随分と気骨があるのだな」


 いや……実際に教わったのはユゼおばあちゃんの方なんだけど。ジデジルは基本、私に甘いから実際彼女に教わったとしても、厳しくはなかったと思う。


 でも、ユゼおばあちゃんに教わったとは、絶対に言えないなあ。ジデジルに習ったと言っただけでこの反応だもん。


 実は教皇に習いました、なんて、言えないよ。




 食事の後は、男女に分かれての時間。男性陣はお酒と一緒に、女性陣はお茶と甘いお菓子がお供。夕食後だから、お菓子は軽くだけどね。


「サーリさんは、冒険者だそうね」

「はい。領主様……いえ、辺境伯閣下には、何かとよくしていただいています」


 本来なら、冒険者の身分でこの屋敷の女主人である夫人の前に出る事は許されないんだけどね。そこはあれだ、銀髪陛下のご威光の賜って事で。


 ただ、こちらのご夫婦はあまり身分差にうるさく言わない方達みたいだから、そこは助かってる。


 夫人からは普段の生活とか、デンセットのあれこれなんかを聞かれて話す。


「まあ! では熊を複数も仕留めたの? あなた一人で?」

「ええと、祖父で魔法の師でもある者と一緒ですが」

「そう……それにしても、あなた、魔法の腕が相当いいのね。カイド陛下とジンド様が連れてきただけはあるわ」


 ……どういう意味だろう? まあ、私を名指しで護衛にしたくらいだから、魔法が必要な場面が来るって事だよね?


 てっきり道中の安全確保かと思ったけど、もしかして、行き先の伯爵領で何かあるのかな?

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