第182話 ドナドナ~

 晴れた日に荷馬車に乗せられて市場に連れて行かれる仔牛の気分。


「疲れたかね? サーリ」

「いいえー、大丈夫ですう」


 この、なんとも言えない微妙な空間、誰かどうにかしてほしい。


 現在、馬車に揺られています。私の前には領主様、そしてその隣に何故か銀髪陛下。そして私の隣には眉間に皺を寄せた剣持ちさん。


 何故、どうしてこのメンバーなの!?


 領主様の護衛依頼は、確かに受けたよ? 誰かの馬に乗せてもらうか、馬車でも御者席に乗せてもらえないかなー? とか思ったさ。


 それがダメならいそブランシュに乗せてもらってもいいかも、とか浮かれていたら、まさかの馬車に同乗、しかも銀髪陛下に剣持ちさん付き。


 この二人が付いてくるなら、最初から教えておいてよもう……


 剣持ちさんは、相変わらず苦手だけど、銀髪陛下もちょっと苦手。最初はそんな風に思わなかったんだけど、やっぱり王族だからだと思う。


 王族というか、現役王様か。


「……何だ?」

「ナンデモナイデス」


 やべ、ついうっかり銀髪陛下の事じっと見ちゃった。あああ、隣で剣持ちさんが怒ってるううう。


 別に、気に入られようとか取り入ろうとかしないから。逆に距離置きたいから。


 まじめに、王侯貴族とかと繋がり持っちゃうと、色々面倒というか危険というか。身元は割れないと思うんだけど、どこでバレるかわからないしさ。


 私が、異世界から召喚された神子だって事。




 目的地のフィエーロ伯領って、南だって言ってたなあ。そういえば、なんとなく見覚えがあるようなないような景色が窓の外を流れてる。


 南ラウェニアからここダガードに入った時に、通った道だと思う。もっとも、地面を歩いてはいなかったから、間違ってるかも。


 そういえば、国境を越えた辺りで変な人達に声かけられたっけ。あのおじさん達、悪い事してなければいいけど。


 じいちゃん、ちゃんと二匹にご飯上げてくれてるかなあ? ジデジルは大人だから放っておいても問題ないけど。


 馬車の窓は小さくて、見える景色も凄く小さく見える。あー……ほうきで空飛んでいきたい。




 何回か休憩を入れて、本日の宿泊先に到着。何と小領主様のお屋敷ですよ。


 使用人がずらと並んでお出迎え。その奥に、この小領の領主夫妻がいる。ご挨拶は銀髪陛下と領主様が受けるので、私は他の使用人達に紛れてその場を離れようと思ったら……


「どこへ行く? お前はこちらだ」


 何で銀髪陛下に捕まるかな? おかしい。私、今は領主様の護衛のはずなんだけど。


 あれよあれよとお風呂に入れられひらっひらのドレスに着替えさせられ、髪も結い上げられた。


 魔法でくせっ毛にしたから、メイドさん達が悪戦苦闘していたよ。ごめんね。


 にしても、久しぶりに着たなあ、こんなドレス。色もデザインもローデンで着ていたのとは大分違うけれど、凄く綺麗な仕立てだ。


 腕のいい仕立屋さんに頼んだんだな。ちらっと小耳に挟んだ情報によると、この屋敷のお嬢様のドレスなんだって。


 そんなの借りちゃっていいんだろうか?


「入るぞ」


 そんな声をかけて、銀髪陛下が入ってきた。ノックくらいしなよと思わないでもないけれど、こういう屋敷って、ノックの代わりに使用人達が声かけしたり応対したりするんだよね。


 この部屋にも複数人のメイドさんがいて、彼女達が一礼して銀髪陛下と私の間に空間を作る。


 あれ? 銀髪陛下と剣持ちさんが驚いた顔をしてこっちを見てるよ?


「? どうかしましたか?」


 メイドさん達がちゃんと着付けてくれたし髪も結ってくれたから、おかしなところはないと思うんだけど。ちょっと心配になってきた。


 あちこち見回していたら、銀髪陛下から小さな声で「いや……」と聞こえてくる。


 いや、じゃないでしょう。何かおかしなところがあったら、教えてよ。何口押さえて俯いてるんですか。


 口に出して聞こうとした途端、銀髪陛下が手を差し伸べてきた。


「こちらへ」


 ああ、これあれか。夕食の為のエスコートだ。領主様でなく、剣持ちさんでもなく、何故銀髪陛下なのかと言えば、身分の高い人にはパートナーが必要だから。


 はて。こんなドレスがあるくらいだから、この屋敷にはお嬢さんがいるはず。普通はそちらを銀髪陛下がエスコートするものなんだけどな……


「どうした?」

「あ、いえ……」


 仕方ない。ここでエスコートはいりません、なんて言ったら、銀髪陛下に恥をかかせる事になる。


 銀髪陛下の手に自分の手を軽く乗せ、ローデンでたたき込まれた行儀を思い出しつつ、一歩踏み出した。

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