春真っ盛り
第178話 西の大陸に住むドラゴン
うららかな日差しが気持ちいい今日この頃。砦の周辺にも綺麗な花々が咲き乱れるようになった。
「これも土地の穢れが消えてきている証拠ですね」
ジデジルはそう言って笑う。まあ、私はいるだけで瘴気を払う存在らしいからね。
北ラウェニア全土に行き渡るよう、毎朝の空の散歩の際に浄化を使っているんだけれど、やっぱり長くいる場所でもある砦やデンセットの辺りは、余所よりも穢れが消えるのが早いらしい。
「今年は無理かもしれませんが、来年の収穫には期待出来るんじゃないでしょうか?」
「そうだといいけどね」
やっぱり、人間食べるものって基本だと思うんだ。デンセット周辺にも農作をやっている村があって、そこで出来た農作物をデンセットに来て売っている。
いつか見た、あのしなびた芋も、来年にはもう少し大きくなってるかな。
ちなみに、うちの畑は現在もさもさと葉が茂っている。気のせいかな……成長が早い気がするんだけど。
『妖霊樹の肥料には、作物の成長促進効果があります』
ああ、やっぱりそうだったんだね……これ、本来の季節より前倒しで収穫出来るんじゃないかな。
とりあえず、ゲームみたいに植えて即日収穫、なんて事にならなくて良かったけど。
『ドラゴンの肥料を使えば、それも可能――』
それはいいです! その事は封印しましょう! 検索先生!
『……わかりました』
理解してくれて良かった……
恒例の果実を持って、ドラゴンの島を訪れる。ポイント間移動、マジ便利。
「果実のお届けでーす」
『おお! 待っておったぞ』
『うむ』
あれ? 神馬もいるよ。まあいっか。いつも神馬の分もここに置いていってるからね。
二人……じゃなくて、二頭? の前に果実を山盛りにして出す。あ、ちゃんと大きな木の皿の上に出してるよ。皿と言うには大きすぎるけど。
その果実を、二頭で顔を突っ込むようにして食べている。そんなにおいしいのか……これ、含まれる魔力が多すぎて、人間の食用には向かないって検索先生に教えてもらったんだけど。
『神子ならば耐えられますが、普通の人が食べるには猛毒となる量の魔力が含まれます。ご注意ください』
あ、はい。気をつけます。でもそうか、私は食べられるのか。でも、何だか手を出したいと思えないんだよなあ。
アーモンドは見つけたし、今度はクルミでも探そうかな。魔大陸ならありそうな気がする。
『魔大陸でなくとも、ダガード国内でくるみは自生しています』
え? マジで? デンセットでは見かけなかったんだけど。
『ダガードの南端の領では出回っています。収穫時期は秋口ですので、それまで待ちましょう』
そっかー、約半年待ちなのね。残念。それまでアーモンドでお菓子を作っておこうっと。
焼き菓子には、クルミを入れてもおいしいんだよなあ。あの食感が好き。
『そういえば神子よ、西の大陸に行った事はないか?』
「西の大陸? ……冬に行っていたのが、そうかな?」
ダガードの冬は寒そうだったから、逃げ出したんだっけ。他にも、なんか面倒くさそうな話があれこれあったから。
おかげで面白い経験も出来たし、砂糖の木も手に入ったし、いい事も多かったっけ。
でも、なんでそれをドラゴンが知ってるの?
『うむ、実は、あの大陸にも知り合いがおってな』
『当然、相手もドラゴンだ』
『その知り合いが、この果実の臭いを嗅ぎつけたと言ってきたのだよ』
……ドラゴンって、そんなに嗅覚鋭いの? 向こうの大陸を移動中、果実を持って歩いていた訳じゃないのに。
「あっちの大陸にいた時も、ここに果実を届けにきていたからかな? でも、そんなかすかな残り香もわかるの?」
『正確には、臭いそのものではなく、臭いのように漂う魔力に反応したらしい。我ら幻獣は、魔力が豊富に含まれるものを好む傾向がある』
そうなんだ。じゃあ、ブランシュとノワールも、この果実を喜ぶのかな? でも、今まで二匹から欲しがられた事はないんだけど。
『幻獣とはいえ、グリフォンと堕天馬は、我々とは必要とする魔力量が違う。あれらは大気に含まれる魔力だけで事足りよう』
そうなんだ。じゃあ大丈夫かな。まあ、あの二匹なら欲しければしっかり主張しただろうし、心配しなくてもいいか。
「ドラゴンと神馬は、大気中の魔力だけじゃダメなの?」
『ダメという事はないが、より多くの魔力を欲するのは確かだな』
『我がこの島に引きこもっているのも、それが原因だ。この島の大気は魔力が豊富だからな』
なるほど。動かなければ消費魔力も少なくて済むし、豊富な大気中の魔力を取り込み放題という訳だね。
ちなみに、神馬は上空の魔力を独り占め出来るので、問題ないそうな。空気が薄くなると魔力が若干濃くなるらしい。へー。
『いきなり神子を襲う事はないと思うが、西のは我より気性が荒い。気をつけてくれ』
「うん、わかった。忠告ありがとうね」
砦にいる限り、ドラゴンが襲ってきてもそう簡単に負けるとは思わないけど、周辺に被害が及んだら困るしね。
帰ったら、じいちゃんに相談しよう。
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