第171話 しないよ? しないからね!?

「それにしても、村の者がそんなに考えなしとは……」

「いや、考えなし……なのはそうなんだけど、そもそも考える土台がないっていうか」


 銀髪陛下に不敬な態度だとはわかってるけど、ここで黙ってると睨まれるからさ。


 さっき、口を押さえて黙ってたら、「黙るな」て睨まれました、はい。その代わり、剣持ちさんが睨んでるけど。


 文句なら、銀髪陛下に言ってね。


「先程言っていた、教育だな?」


 今度は領主様が食いついてきた。


「ええ。多分だけど、あの村の人達って、自分達が作ってるチーズやバターの価値を知らないんじゃないんですか? 知らなくても問題ないんだろうけど」

「まあ……そうだな」


 ですよねー。下手に知っていたら、値上げだのなんだのするかもしれないし、余所に勝手に売るかもしれないもんね。


 そりゃあ独占販売したい領主様としては、ちょっと後ろ暗いよねー。


「今回の件は、価値を知らないからこそ起きた事なんじゃないかなーって。もちろん、他にもフート村の人達が、余所の村よりいい思いをしたいって欲をかいた結果でもあるけど」


 でも、フート村の人達が自分達の作ってるものが「領だけでなく国にとっても大事な商品」と知っていたら、あんな手は使わなかったんじゃないかと思うんだ。


 その結果、別の犯罪に手を染めたかもね。少なくとも、私たちの後をつけていた連中は、真っ当に頑張るってところからは遠い気がする。


 銀髪陛下も領主様も、なんか考え込んじゃってる。


「あのう……ただの冒険者の言葉なので、そこまで真面目に考えなくても……」


 国を動かす人と、末端にいる人とでは、見える世界は違うと思う。二人は動かす人で、私は末端。意見が違って当たり前。


 私の発言に、領主様が苦笑した。


「いや、サーリの言葉はなかなか面白くてね。ついでに、あの地方の事、サーリならどうする?」

「へ?」

「もしサーリが私の立場なら、どうする?」


 ええー? 領主様の立場ならって……いきなり聞かれてもなあ……あ。


「えっと、領主様の信頼の置ける部下を、あの地方に派遣します。それで、村々のまとめをしてもらいます」

「ふむ。代官職はいるのだが、それ以上の権限という事かね?」

「えー? えーと……ゴーバル地方のチーズやバターは、いい輸出品ですよね? 領にとって」

「国にとってもだ」


 あ、そうなんだ。というか、銀髪陛下、何しれっと会話に参加してるんですか。ほらあ、剣持ちさんが睨んでるよう……


 っと、それはちょっと置いておいて。


「大事な商品を扱ってる地方ですから、もう少し領主様が直接あれこれ言えるようにした方がいいんじゃないかなーっと」


 デンセットでは、領主様をよく見かける。領都に次いで大きな街だから、領主様も気にかけてるんだろう。


 だからか、デンセットは流れ者が多い街なのに、治安がいい。上がしっかり見ているぞと広く知らしめるのは、大事な事なんだよ、多分。


「ゴーバルの件も、領主様の目が届いていて、悪い事には領主様から重い罰を与えられるんだってわかっていたら、もうちょっと違ったかもしれないかなと思う……います」


 うまく言えないけど、案外人なんて弱いものだから、捕まるとわかっていたらやらない事でも、どうせ捕まらないと思ったらついやっちゃうんだよ。


 そういう抑止の目が、あの地方には足りてなかったんじゃないかなあ。


 というか、どうして今まで野放しにしていたのか、そっちの方が不思議だよ。異世界って、変なところで抜けてるよね。


「なるほど……監視が行き届いていないという事か……」

「それに、ちょっと頭が回る人なら、商品をちょろまかして余所に流す事もあるかも」


「何?」

「密輸という事か!?」


 うお! 領主様と銀髪陛下がいきなり雰囲気変えてきた! あ、剣持ちさんもだ。怖いから、腰の剣に手をやるの、やめてください。


「ほ、本当にやっていたって訳じゃなくて、そういう事をする人も出てくるかもしれないって可能性の話です!」


 別に私が密輸をする訳じゃないよ! そりゃ、村で少し売ってくれないかなー? って思いはしたけど!


 結局、聞くの忘れて帰ってきちゃったし。


 なんか領主様と銀髪陛下がひそひそと話し合い始めちゃったよ……内緒話は、帰ってからお願いします。




 結局、難しい顔をした領主様と銀髪陛下は、そのまま帰って行った。あ、ちゃんとチーズとバターはもらったよ。


 どっちも、ちょっと香りが独特かなあ。まあ、原材料が牛のミルクではなく羊のミルクだからね。


 チーズはそのままでも行けそう。じいちゃんの酒のつまみにどうかな? バターはパンや料理に使おうっと。


「……そういえば、ジデジルってどうしてるの?」

「いない事に気付いておらんかったのか」

「うん、なんかゴーバルから戻ってこっち、静かだなあとは思ったけど」


 うん、彼女がいないからだって、今気付いた。じいちゃん、そんながっくり肩を落とさなくても。


「あれなら、大聖堂建築に関しての話し合いとかで、一度教皇庁に戻るそうじゃ」

「そうなんだー。じゃあ、しばらくは静かに過ごせるね」


 ここから教皇庁までは、かなり遠いから。私みたいにほうきで飛べれば別だけど。


 あ、でも教皇庁って、専用の馬と馬車があって、かなり速度を上げられるって聞いた事があるなあ。


 あれ? じゃあジデジル、すぐ帰ってきちゃうのかな?


「古巣でゆっくりしてくればいいのに」

「あれも報われんのう……」


 本当、悪い人じゃあないんだけどねえ。

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