第149話 車内の秘め事

 砦からの帰り道、馬車に揺られながらコーキアン領主ジンドは上機嫌だった。


「閣下、随分と機嫌がよろしいようで……」


 側仕えの一人が、おずおずと口を開いた。彼が砦で不機嫌な顔をしていたのを、ジンドは見逃していない。


「当然ではないか。金鉱脈に次いで銀鉱脈、それにダイヤだぞ? 妖霊樹やら妖蚕もいい資源となろうが、鉱脈とは桁が違う」


 魔獣素材も金になる。領内で使うだけでなく、他国に輸出する製品に出来るのは大きい。


 だが、やはり金、銀、それにダイヤとは、比べものにならないのだ。それは側仕えもわかっている。


 それでも、彼には不満があるらしい。


「それは、そうですが……」

「何やら不満そうじゃのう?」


 わかっていて、あえてジンドは訊ねた。側仕えの彼は、感情が顔に出やすい。


 主に水を向けられた側仕えは、少し迷ったが口を開いた。


「あのように利益を求めるなど、平民相手に破格の扱いが過ぎるのではありませんか?」

「ふむ、お前はあの取引は公平ではないと申すか」

「あの者は平民です。しかも、我が国の国民ですらない、ただの流民ではありませんか。なのに――」

「これ、誰が聞いておるかわからぬ。口を慎まぬか」

「……申し訳ありません。ですが――」

「差別発言はそこまでにせよ。それ以上は、聞き捨てならぬぞ?」


 ジンドの言葉に、側仕えが一瞬で顔を青くする。まだまだ若いせいか、身分にこだわるところがあっていけない。


 ダガードは実力主義の国だ。確かに身分を超えられない部分もあるけれど、実力さえ示せば、流民であっても下級貴族まで成り上がる事も出来るのだ。


 もっとも、あの老魔法士がそれを狙っているとも思えないが。


「大体、あの者が申し出た条件は、破格ではないか」

「そうでしょうか?」

「まだまだ視野が狭いのう。もっと大きく物事を見なくてはな」


 笑うジンドに、側仕えは苦い顔だ。


「考えてもみよ。鉱脈があるとして、そこから資源を取り出すのに、一番費用がかかるのは何か」

「……輸送費用、でしょうか?」

「人件費だ」

「じんけんひ?」

「そう。穴を掘る者、掘った場所から資源を運ぶ者、集めた資源を運べるように荷馬車に積む者、それらを監督する者。深い場所であればある程、投入する人員の数は増える。それを、あの者の力を借りれば、たった一人で済むというのだ。売り上げの二割など、安いものよ」

「で、ですが、犯罪奴隷を投入すれば、費用は安く上げられるのでは?」


 ダガードには、犯罪者に限って奴隷制度がある。死刑の代わりに導入されているもので、死ぬまで過酷な仕事を強いられる。


 そして犯罪奴隷が投入される現場は、鉱山が最も多い。


「奴隷といえど、飲まず食わずで働かせる訳にもいくまい」

「それは……そうですが……」

「その分経費がかかるが、それはどうする?」

「……」


 何も言えなくなった側仕えに、ジンドはまたしても深い溜息を吐いた。


「だから、大きく見なくてはならないのだよ」

「申し訳……ございません……」


 正直、老魔法士の申し出はこちらにはありがたい程だ。彼の技術だけでダイヤを産出する事が出来るのなら、売り上げの五割は持って行かれても文句は言えない。


 彼がそうしなかったのは、サーリの存在があるからか。彼女がこの国で……いや、あの砦で安心して暮らせるように。


 ――調査結果もほぼ固まった。それにここしばらくの国内の状況を鑑みるに、まず間違いないだろう。


 老魔法士と年若いが凄腕の魔法士。何を思ってこの国に来たのかはわからないが、彼等が平穏を望むのなら、自分はその手助けをするまでだ。




 神子のいる土地は富み栄える。




 古くからの言葉だが、今のダガード、そしてコーキアンを考えると、あながち迷信とは思えなかった。

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