第140話 帰ろうか

 陛下の執務室は、侯爵のよりも広くて居心地良さそう。床も壁も、石材で出来てるんだねえ。この辺り、割と熱いからこうなるのかも。


 見えない何かに吊り上げられて運ばれてきた二人と、ふよふよ浮かぶ書類を見て、最初は室内の人がぎょっとしていた。


「な、何者!! ……コアトーラ侯爵? 何をなさっているのですかな?」

「それは私が聞きたい。いきなり体が浮いたかと思ったら、ここへ運ばれてきたのだ」


 憮然とした様子で、侯爵が答える。よしよし、ちゃんと喋ったな。


 さて、例の伯爵の話が侯爵の元まで届いているんだから、多分こっちにも届いていると思うんだけどなあ。


「ふむ。何者かは知らぬが、ちょうど侯爵を呼び出そうと思っていたところだ」

「陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」

「型どおりの挨拶などいらん。先頃、王都のギジゼイド伯爵の屋敷で、摩訶不思議な事が起こったのは、聞いておるか?」

「……存じております」

「今のそなたと同じように、見えない何者かの手によって、邸宅の屋根に磔にされておるそうだ」

「さようで、ございますか……」

「その伯爵がな、屋根から何やら喚いているおるそうだ」

「さようで……」

「かの者の領内にある、ゼフの港は、商船が集まる事でも有名であるな」

「存じております……」

「その港を使う商船が、ここ数ヶ月、何者かの襲われて沈む事故が多発しておるそうだ。その事故がな、海の魔物の仕業であると噂が流れた」

「はあ」

「だが、伯爵が自ら言うには、魔物などおらず、海賊共に商船を襲わせていたという。しかも! その海賊共と、あろうことか領主の伯爵が手を組み、海賊から金を取っていたというではないか」

「存じて……おります……」

「しかもな? 伯爵は、その金の使い道として、そなたに献金したという。これは、まことか?」

「真実にございます……」

「何だと? ……侯、もう一度訊ねる。ギジゼイド伯爵から、海賊の金を受け取ったのか?」

「受け取りました……この王都での、自身の基盤固めの為に使っております……何せ、権力を固めるには、金がかかりますからな……」


 侯爵の言葉を聞いた陛下、にやりと笑って脇に立つ人を見たよ。


「ほう。聞いたな? ゼノドン」

「は、確かに。衛兵! コアトーラ侯爵を捕縛せよ!」


 ゼノドンと呼ばれた人がそう言うと、どこかからわらわらと兵士が出てきた。でも、何だか困ってる。


 あ! 侯爵の事、吊り上げっぱなしだったわ! 慌ててその場に落とした。仲間の役人も落として、ついでに書類も兵士の手に渡るようにしておいたよ。


「陛下、これを……」


 兵士の手から 陛下の脇の人へ、彼から陛下へと書類が渡されていく。


「ほう。国家予算まで横領しておったとはな。これだけでも、取り潰しのいい材料だ」


 陛下はにやりと笑うと、椅子から立ち上がった。


「我! ウィカラビア国王グアド二世はここに宣言する! ギジゼイド伯爵及びコアトーラ侯爵、その仲間達の全ての身分と財を没収、しかるのちにふさわしい罰を与える事を!」


 陛下の声がその場に響くと、侯爵がへなへなとその場にへたり込んだ。まあ、築き上げたものが一瞬で消えたんだから、そりゃ脱力もするよね。


 でも、人の犠牲の上に築いたものなんて、簡単に崩れるんだよ。そうでなきゃ、おかしい。




 これで終わりだね。めでたしめでたし。


『まだ、海賊が島に残っていますよ。それと、海上に置きっぱなしの海賊達もいます。このまま放っておいたら、彼等は衰弱死してしまいます』


 しまったああ! 忘れてた!! ありがとう! 検索先生!!


「じいちゃん! 海賊の事、忘れてた!」

「忘れとったんかい……まあ、今から行けばまだ間に合うじゃろ」


 この世界、まだリアルタイムで通信出来る手段は普及していないんだよね。通話相手を限定したスマホもどきは作ったけど。


 あれ、ローメニカさんに渡した分は本当に通話だけなんだけど、じいちゃんが持っている方は色々仕込んでます。教えてないけど。


 多分、じいちゃんの事だから、気づいていると思うんだよなあ。じいちゃん、道具作るの得意だし。


 まあそれはいいとして、王都の騒動はまだゼフまで届いていないはず。もちろん、島にいる海賊にも。


 海上に置きっぱなしの連中の事だって、気づいていないかもしれない。よし、本気出して飛ぶぞ!


 あ、じいちゃんの絨毯は、ほうきで魔法を使った牽引をする事にした。後ろから悲鳴のような声が聞こえた気がするけど、気にしない。


 行きより早くゼフに到着した。海の方を窺うと、海水の檻に入れた海賊達が瀕死状態。やべ、早く港まで連れてこないと。


 檻を半分海水に沈めておいたからだね。そうしないと、あの連中うるさいから。おかげで体力と体温を奪われて、大変な事に。


 ジェット水流を使ってあっという間に港まで引き寄せる。港はまたしても大騒ぎだ。


「おい! 人だぞ!」

「何だと? いつの間に……いや、大分弱ってるじゃないか。彼等も、海賊に捕まっていたのか?」


 え? 違う違う! そいつらが海賊なんだって。仕方がないから、「こいつらは海賊です」って書いたメモを、彼等の上からひらりと落とした。


「うん? 何だこれ……何々? 『こいつらは海賊です』?」

「何い!?」

「そういや、随分と薄汚れてるし、凶悪な顔つきしてないか?」

「一度、牢屋に入れた方がいいんじゃないか?」

「おーい、牢屋は今開いてるかー?」

「でも、間違ってたらどうするんだ?」

「そんなの、さっき助けた商船の連中に確かめさせればいいさ」

「ああ、なるほど」


 よし、これで連中は捕まったな。じゃあ、残りは島にいる連中だけだね。


 もうバックに付いてる連中はお仕置きしたから、権力使って逃げるなんて事は出来ない。安心して捕まえられるよ。


 沖にある島は、全部で十一。そのうち、海賊が棲み着いている島は九つ。うち一つはもう潰したから、残り八つ。


 さあ、気合い入れていこう!




 一つ一つ回るのは面倒だったので、上空までほうきで上がって、そこから一挙に攻撃を仕掛ける。


 先に島の内部を探索する事も忘れない。捕まってる人達や、お宝があるかもしれないからね。


 そして、八つの島全部に捕らえられている人とお宝があった。海賊達って、随分貯め込んでるんだね。伯爵にも大分お金を渡していたみたいなのに。


 それらはこっそりいただいた。海賊退治の報償金代わりです。国の膿までしっかり絞り出したんだから、怒られないよね?


 金貨銀貨が多いので、どこかで換金出来るといいんだけど……貨幣の金や銀の含有量って、国によって違うそうだから。


『金貨銀貨を鋳溶かして、インゴットにすれば問題ありません』


 お? 検索先生からの提案ですよ。でも、貨幣って勝手に鋳溶かしていいものだっけ?


『こちらには、まだ貨幣の意図的な汚損等を罰する法はありません。偽造貨幣に関しては法があります』


 なるほど。偽金を作らなければ、貨幣の形を変えても法には触れないって訳ね。よし、亜空間収納内で、鋳溶かしてインゴットにしちゃおう。


 そうすれば、ダガードでも普通に使える……はず。あれ? 大丈夫だよね?


『商業ギルドにて、買い取りをしています』


 良かった。検索先生がそう言うなら、大丈夫だね。


 海賊達は、全員島から海水を使って押し流した。島に汚れもたまっていたから、一緒に押し流しちゃったよ……海、ごめん。


 捕まっていた人達は、もうそのまま海賊の船に放り込んで、八つの島全ての船を合わせてジェット水流で港まで。


 船の後ろには、当然海賊を入れた海水の檻もセットです。檻には、ちゃんと「こいつらは海賊です」ってメモも貼り付けておいた。


 これで港まで持っていけば、ちゃんと牢屋に入れてくれるでしょ。後は街の人達と、陛下の手腕に任せる。私に出来るのは、ここまでだからね。




 さて、ウィラカビアでのあれこれも終わったし、コノソンの辺りでは砂糖の木も手に入れたし、他にも香草やらなんやらの苗木も手に入れた。


 ダガードも、そろそろ冬が終わった頃でしょう。


「じいちゃん、砦に帰ろうか」

「そうさのう。頃合いなんじゃないか?」


 そうだよね。ブランシュとノワールも、砦に帰りたいよね? あそこが、私達の家だもの。


 じゃあ、帰りましょうか!

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