第137話 盛りすぎいい!

 コノソン領都カドスを出てすぐに側にある木立でほうきと籠を出し、みんなで空の旅へ。


 距離的には飛行船でもいいかなあというところだけど、景色を見ていこうというみんなの意見。


 今回、ブランシュとノワールはほうきと一緒に飛んでいる。二匹が小さな羽をパタパタさせて飛んでる姿はとっても可愛い。


 ノワールはたまに一緒に飛んでいたけど、ブランシュがこんなに飛べるようになったなんてねー。いつの間にか成長していたのが嬉しいな。


 そんなほうきと二匹で飛んでいたら、見えてきました王都キジクス。


「あれだね」

「ほう。なかなかの大きさじゃな」


 飛んでる最中は結界で周囲を覆うから、吊り下げた籠に入ったじいちゃんとも会話は可能なのだ。


 私達の視線の先には、ちょっと歪な円形の都市が見える。外周と内周に壁があるみたい。城塞都市かな?


 近くの木陰でほうきを下りて、籠ともども亜空間収納へ。見た目は二人ともコノソン地方の伝統的衣装だから、余所から来たとは思われないだろう。


 あれ? これも見越してキーアさんは衣装をお礼代わりにくれたのかな? 有能だなあ。


 街道に徒歩で出て、王都に入る列に並ぶ。さすがは王都、人の出入りが多いんだろうなあ。


 大きな門をくぐると、コノソンとは違う石造りの町並みが広がっている。でも、あまり高い建物はないみたい。せいぜい二階建てかな?


 大通りを進んでいくと、何やら先の方で騒動が起こってる。何だろう?


「じいちゃん、あれ……」

「騒ぎになっておるのう。避けて脇から行くか」

「うん」


 面倒ごとに巻き込まれるのはやだもんね。こっちの懐には、ブランシュとノワールもいるし。見つかったら、取り上げられそう。


 脇を通る際に、騒動の声が聞こえてきた。


「だから! 御使い様は騎士との方がお似合いなんだよ!!」

「何だとう!? 神様が使わしてくださった方を、一介の騎士なんぞにかっさらわれてたまるか!! いいか! 御使い様は王太子妃になって、ゆくゆくは王妃になられるんだ!!」


 な、何だってええええええええ!?


 え……待って、ねえ待って。ここでいう「御使い様」って、神子の事だよね? 多分、この人達はお芝居の内容で言い争ってるんだよね?


 騎士って、どっから出てきたの? いや、再封印の旅には確かに騎士団がついてきたけど、基本あの人達は私の事を胡散臭い目でしか見てなかったよ?


 それに、王太子もどっから出てきた!? 次の王様になる人なんだから、国から出て危険な旅に同行する訳ないでしょが!


 それにあの人には、既にお妃様がいて息子さんも生まれてましたよ! 神子が結婚した相手は、王位継承からはちょっと遠い第三王子だ!


 あまりの事に顎がはずれそうになっていると、じいちゃんがぽつりと呟いた。


「……ここはローデンから遠いからのう。途中で話がこんがらがったんじゃなかろうか」


 伝言ゲームにエラー発生か……それにしたってさあ……何でこう、過去の事で疲れなきゃいけないんだろう。


 本当、私が何したってんだ。ちょっと夫を見限って、城から出てきただけじゃないか。




 とりあえず、王都の宿屋に部屋を取る。一階が食堂兼酒場で、二階以上が宿屋って形式の店だ。


「一応宿屋に入りましたよって体裁を取り繕っておいて、と」


 部屋の鍵を閉めて、誰も入れないよう軽く結界を張っておく。それからポイントを打って、王都の外、ほうきを下りた辺りに打っておいたポイントまで移動。テントを出して、ここで寝ようかと。


「面倒な手を使うのう」

「だって……あの宿屋で寝られるとは思わなかったからさあ」


 臭いも酷いもんだけど、問題は虫。検索先生に調べてもらったら、まあいるわいるわ大量の虫が。悲鳴上げそうになったもん。


 虫は嫌い。なので、宿屋に泊まったと見せかけて、虫も魔獣もシャットアウト出来る結界で覆ったテントで寝る。


 結界張れるなら宿屋でもいいだろうって? 宿屋のベッドが既に虫の温床になってるんだよ……あんなとこ、殺虫しても寝たくない。


 お風呂に入って寝るだけなら、テントの方がいい。いいベッドにいいマットを使ってるからね。


 そうだ、寝具も飛行船の時作ったやつと取り替えようかな。とりあえず、下の食堂で夕飯食べに戻ろうか。


 宿屋で出た夕飯は、川魚の香草焼き。これに温野菜とスープとパン。このパンが石みたいに固いんだけど、どうにかならんのかね?


「固いのう……」


 じいちゃんもギブアップ気味。周囲を見ると、みんな自前のナイフで切り分けて、スープに浸して食べてる。なるほど、そうするのか。


 じいちゃんの分もささっと魔法で切り分け、一切れずつスープに浸して食べる。うーん、味はまあまあ。


 メインの魚はおいしかった。香草がよく利いてる。あと温野菜も、味が濃い。うまうま。


 ここら辺りは冬でも雪が降らず、あまり寒くならない地方みたいだ。そのせいか、南の方では大規模な砂糖農園があるらしい。


 間違ってないよ? こっちの砂糖はサトウキビから作られるんじゃなくて、木になった実から作られるからね。


 砂糖の実を収穫して搾って、精製すると砂糖になるんだって。その木が暖かいところでないと育たないらしい。


 ふんふん、いい事を聞いた。帰りにその苗木を手に入れる事が出来れば、砦の温室で砂糖の生産が出来るんじゃね?


 これは、ここまで来た甲斐があったというもの。そろそろ温室で栽培するものも決めなきゃなあと思っていたところだったんだ。


 ラウェニア大陸でも砂糖は流通してるんだけど、今ひとつ味に雑味が混じるのと、やっぱり値段が高いんだよねー。


 土の違いか気候の違いか精製が違うのか。ズワート王国の砂糖はとてもおいしい。精製済みのも、いくつか買っていこうっと。




 テントで寝て起きて、王都の宿屋にポイント間移動をして、一階で朝ご飯。出てきたのは穀物のおかゆ。塩味を期待したら、甘かった……


 ごめん、これは無理。じいちゃんも口に合わなかったらしい。ちなみに、ブランシュとノワールはテントで夕飯と朝ご飯を食べているので問題なし。


 たくさん残してごめんなさいしながら、宿屋を出る。昨日騒ぎがあった辺りを見ると、広場だったらしい。


 そしてその広場をぐるりと囲むように、劇場劇場劇場……これ、何軒あんの?


 その劇場全てで、見たくもないタイトルが並んでいる。


「御使い様と騎士」

「王子は御使い様とゆく」

「御使い様、王妃に」

「御使い様、大陸を駆ける!」


 ……何じゃこりゃ。隣でじいちゃんは笑いすぎで呼吸困難になってるし。つか、何でこんなにバリエーションがあるの?


「やあ、そこのお嬢さん。君も御使い様の芝居を見てみないかい?」

「見ません」

「そう言わず! 今このキジクスで一番熱い芝居なんだぜ!」

「結構です」

「いやあ、僕としてはこの『御使い様、王妃に』がいいと思うんだよねえ」

「いりません」

「じゃあ、どれがいい」

「しつこい!」


 なんなのもう! ちゃんと断ってるのに!


 大体、何が悲しくて自分がモデルの、しかも大分盛ってる芝居を見なきゃいけないのよ!


 なのに! じいちゃんたら。


「いいんでないかい? どれ、どれがお薦めだって?」

「じいさん、話せるねえ。あれ! あの『御使い様、王妃に』がお薦めだよ。主演の女優がまた色っぽくてさあ」


 神子に色気なんぞいるか! あー、やな事まで思い出しちゃった。ヘデックには、散々トゥレアと比較されたんだよね。


 中でも色気がないって耳にたこができるくらい聞かされたのよ! 比べてトゥレアは滴る色気がどうたらこうたら。


 返す返すも、あの時城を出て良かった。


「ほれ、行くぞ」

「やだよう」

「これこれ」


 ぐずる私に、じいちゃんが声を潜めた。


「ここらの金は、盗賊のところからたくさんかっぱらったじゃろうが。少しは国に還元しても、罰は当たらんぞ?」

「還元しなくても、罰は当たらないよ」

「あの金が使えるのも、この国だけかもしれんぞ?」


 だから、国を出る前に使い切っておけって事か。むう。それでも、芝居を見る理由にはならないと思うんだけど!


「そりゃ興味があるからじゃよ。どうせじゃから、全部見て比較してみんか?」


 うへえ……




 そして、じいちゃんは本当にかかってる芝居全部はしごしたよ……もう、頭の中で御使い様が飽和状態だわ……


「なかなか面白かったのう」

「そう? 全部嘘ばっかじゃん」

「当たり前じゃろうが。芝居なんじゃから、本物である必要なんぞなかろうて」


 それもそうか。面白ければ、それでいいんだもんね。大体、真実を描いたらロマンスが台無しだわな。


 何せヘデックの不倫と私の城出で終わるんだから。


 芝居を見終わった後のぐったりしている私の耳に、通りすがりの人の声が入る。


「そういや知ってるか? ローデンに教皇が入ったんだと」

「きょうこう? なんだそりゃ?」

「何でも、東の大陸で広く信仰されている宗教の一番偉い人なんだってよ」

「へえ。うちらにとっての神官長ってところか?」

「いや、大神官長じゃないか?」

「本当か!? すごい大物じゃないか」

「だからそれだけ凄い人物が、御使い様のいる国に入ったって事だよ」

「へえー、さすがは御使い様だねえ」


 思わず、じいちゃんと顔を見合わせる。今の話、本当かな?


「どう思う?」


「ただの噂……としてもいいんじゃがのう。あの婆さんなら、お主があの国から出て行った事なんぞ、とっくに知ってるじゃろうて。さて、ローデン王とヘデック王子は、どう対応するんじゃろうなあ?」


 そう言いつつ、じいちゃんの口が笑ってる。うん、私がいない事、ユゼおばあちゃんにどう言い訳したんだろうね?


 あ、ユゼおばあちゃんっていうのは、教皇様の事。教皇としての名前もあるんだけど、私はユゼおばあちゃんって呼んでる。


 本人もそれでいいって言ってたし。ユゼおばあちゃんは、ぷくぷくしたほっぺの優しそうなおばあちゃん。いつもにこにこしてるんだ。


 うちのユリカおばあちゃんとはタイプが違うけど、この世界での大好きなおばあちゃんだ。


 ユゼおばあちゃんはいいんだけどねえ……側についてる総大主教がなあ……


 多分だけど、ローデンには彼女も行ってると思うんだ。総大主教ジデジル。あの人、神子って存在に対しての思い入れが凄くてね……


 一緒にいると、圧だけで疲れるから苦手。


 それはともかく、ユゼおばあちゃんに私の不在が知られたら、ローデンとしては体裁悪いよねえ?


 しかも、私が城も国も捨てて出て行った事がわかったら、その理由がヘデックの不倫にあるとわかったら。


 ジデジル、怒るだろうなあ。何せ彼女にとって、私は大事な大事な神子様だから。


 その私を傷つけるものは、何人であろうと許さないって言ってたし。


 それに、ユゼおばあちゃんも怒るだろうねえ。にっこり笑って怖い事を言うのが、あのおばあちゃんだから。


「まあ、本当だとして、あのボンクラ共が婆さんに怒られるのは、見物だろうて」

「見られないけどね」


 見てはみたいけど、その為にあの国に行くのは嫌だな。そうだ、ダガードに帰ったら、一度教皇庁に顔を出しにいこうっと。


 久しぶりに、おばあちゃんにも会いたいし。ジデジルは……しばらくぶりだから、鬱陶しいけど我慢する。


 ジデジル、悪い人じゃないんだけどねえ……




 王都キジクスをあれこれ見て、食材も少し買い足し、香草も乾燥したものを多めに購入。


 あとあれだ。砂糖の木。その苗木を無事入手出来たので、砦に帰ったら温室に植えよう。頑張って成長してくれ。


 市場で、いくつかズワート特有の野菜も見つけた。ほうれん草みたいな葉野菜とか、香草とは違うけど、ちょっと独特の香りがするラディッシュっぽいのも。


 あとは、いくつかフルーツも入手。コノソン領で見たものもあった。あそこから持ってきてるのかな?


 結構買い物で楽しめたズワート王都でした。芝居は……うん、忘れよう。

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