第131話 閑話 逃げ出せた人

 やべー、早いとこ、ここから抜け出さねえと。


 俺はロアフ。しがない流れの魔法士だ。といっても、魔力量が魔法士と呼べるギリギリしかねえ、最低位の魔法士だけどなー。


 俺の生まれは南ラウェニア大陸のナシアン王国の田舎だ。かのローデン王国の隣国で、王家同士縁組みも何度か行われている超友好国。


 おかげで、召喚されたっつー神子様とやらの恩恵も、たっぷり受けた国だ。


 でも、南ラウェニアでは俺のような低位魔法士は仕事がない。他にも優秀な中位や高位の魔法士がわんさかいるからな。


 しかも、生まれたのが田舎。魔力を持っていても、農家の仕事に使う以外使い道がないっていうね。


 それでも、と思って一念発起し、王都の魔法学院に入った。でも、そこでも魔法士の階級に打ちのめされる結果になっただけだったけど。


 唯一、学院に入って良かったと思えるのは、生涯の師に出会えた事だけだ。


 彼はかの高名なバルムキートの弟子の一人だったそうで、俺の発想の突飛さを笑わずに肯定してくれる人だった。


 俺の発想の突飛さは、俺の秘密にある。何と俺、前世の記憶があるのだ。しかも召喚された神子様と同じ、日本人としての。


 いやあ、それに気づいた時にはぜひ神子様とお近づきになりたいーって思ったもんだけど、世の中そんなに甘くない。


 俺のような底辺魔法士がおいそれと会える存在じゃなかったよ。まあ、そんなもんだよな。


 学院を卒業した俺は、職探しに翻弄されつづけた。王宮勤めなんて出来るはずないとは思っていたけど、故郷の田舎ですら仕事がないとは。


 何せ南は魔法士余り。石を投げれば魔法士に当たる……とまではいかないけど、どんな田舎でも十人はいるってくらいだ。


 そこで俺は考えた。確か北ラウェニアでは魔法士が少ないと聞く。だったら、北に行けば仕事にありつけんじゃね?


 思い立ったら即行動だ。俺はなけなしの金をはたいて、北ラウェニア大陸に渡った。


 とりあえず冒険者登録をして依頼を受けてはみたけど、北の連中って化け物か?


 あんなでけえ魔獣相手に剣一本で挑むんだぜ? 人間業じゃねえよ。しかもでけえ傷こさえても、魔法治療を受けずに治しちまうし。


 あれか? 南と北では人間の種類が違うのか?


 まあ無難に、その日暮らしが出来る程度には採取なんかで稼いでいたけど、それも冬が来るまでだった。


 北の冬、マジパねえ。簡単に吹雪くし、日中でも防寒を怠ったら即凍死コースだ。大体の街で雪もどかどか降るし。


 あー、そういや前世も俺、雪国に住んでたっけ。冬の雪下ろしや雪かき、毎年大変だったなあ……


 そういや、雪かきくらいなら、魔法で簡単にできるんじゃね? そう思って、使っていた安宿で試してみた。うん、簡単に雪を消せた。


 魔獣には通用しない程度の熱線や炎でも、雪相手なら何とかなる。なので、俺は組合に雪かきします、って逆依頼を出してみた。


 この逆依頼ってーのは、冒険者が「自分がこれが出来るが、腕を買わないか?」と依頼主を求めて出すものだ。組合では制度として認められている。


 まあ、依頼が来なくても何とかなるかなーって思っていたんだけど、来るわ来るわ依頼の山。


 特に商店からの依頼が多く、いくつかの商店が連名で通りの除雪を頼んできた例もある。


 おかげで、冬の間は稼ぎ時だったぜ。いやあ、儲けさせてもらいました。


 これは仕事になると確信した俺は、さらに北へと向かう事にした。雪がもっと深い地域なら、もっと高額な報酬をふっかけられると思ったから。


 そんな欲をかいたのが悪かったのか、それとも訪れた土地が悪かったのか。領主に売り込みに行ったら、あっという間に専属契約を結ばされちまったよ。


 普通なら願ったり叶ったりなんだけどさあ、ここの領主、どうやら反乱を企んでるらしいんだわ。


 で、その反乱の進軍に、俺の魔力を使おうとしてるんだわ。ちょっと待てや。進軍のコースの除雪って、そんなに大量に長時間なんて出来るか!


 こちとらしがない低位魔法士なんだぞ! そういう事やりたきゃ、もっとちゃんとした魔法士を雇えや!


 でも、小心者の俺はそんな事言える訳もなく。結局そのまま軟禁状態ですとほほ……




 もうじき冬って頃に、領都の周囲には反乱に参加する諸侯の軍でごった返していた。


 その上空に、人影……って、何だありゃ?


 空飛ぶ……ほうき? え? あれほうき? 一応それらしい形は残ってるけど、大分手入れてんなあ……


 そのほうきに乗った女の子が来てすぐ、諸侯軍に異変が起きたそうだ。


 何と、全ての武器防具食料などの物資が消えたのだとか。


 消えるって、また何言ってんだって思ったけど、その時ふと、あのほうきにまたがった女の子の事を思い出した。


 ほうきに乗る、魔法士。海外のファンタジー小説にあったよな。日本だと、魔法少女が乗ってるイメージだけど。


 ……じゃあ、あの女の子は、俺と同じような転生者? 召喚者は神子様だけど、彼女はローデンの王子と結婚したっていうし。


 でも、空を飛ぶにしてもわざわざほうきを選ぶ辺り、どうにも転生者くさいんだよなあ。こっちに魔法士が空を飛ぶなんて話はないし。


 まあ、それはいい。ともかく、物資が消えたおかげでこの冬の進軍はなくなった。諸侯軍だけでなく、領都の内側にいた領軍の物資も消えたそうだ。


 そして、現在領都は上を下への大騒ぎの真っ最中。そりゃかき集めた物資がいきなり消えりゃあ、誰だって慌てるわな。


 しかも、ここの領主は反乱軍をまとめる立場の人らしいし。おかげで俺の監視も大分緩んでる。


 つまり、俺がここから逃げ出すチャンスは、今をおいて他にないって事だ。いつ逃げるの? 今でしょう!!


 と言うわけで、俺はウーズベルを逃げ出した。あのままあそこにいたら、反乱軍の一人と見なされて処刑されてたかも。


 その前に、領主にこき使われて過労死かな。どっちも勘弁してくれ。


 ウーズベルにいた時、隣のコーキアン辺境領の話を聞いた。どうやら、あの領は現在好景気に沸いてるらしい。


 という事は、仕事も増えてるだろうし、低位魔法士でも生きていけるのではないか。


 と言うわけで、ただいまコーキアン領に向かっている最中。でもウーズベルから直接は行けないらしいので、他国を経由してるんだ。


 ウーズベルとの領境、封鎖されたらしい。いやあ、あの領をとっとと逃げ出しておいて本当に良かったぜ。

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