第130話 閑話 賭けに負けた人
冬が来た。本当なら、もっと前に王都へ向けて出立するはずだったというのに。
「それもこれも、部下がふがいないからだ!」
ウーズベル伯は、持っていたグラスを床にたたきつけた。それ一つでこの領都の一般的な家庭が、一月生きていける値段の代物だ。
ウーズベル伯には野心があった。その為に長い月日をかけて、周囲の領主に根回しをし、水面下で着々と計画を練っていたのだ。
そんな伯爵は、今年の春先にちょっと面白い人材を手に入れた。流れの魔法士だが、ちょっと面白い術を使う。
魔法士は、自分から伯に売り込みに来た。彼の術を見て、その場で雇い入れる事を決めたのは、彼の力があれば冬でも王都に攻め上る事が出来ると思ったからだ。
魔法士の名はロアフ。最初は領都の雪を手間をかけずに除雪出来るという触れ込みだったのだ。
詳しい内容を聞いている最中に、ウーズベル伯が閃いた。この能力を使って、雪の中行軍すれば王都も楽に落とせるのではないか。
冬のダガード王都は、門を開け放したままにする。下手に閉めると冬の間中開けられなくなるからだ。
それでは魔獣や盗賊、それに自分達のように諸侯の軍が入り放題ではないかと思われるが、実際には雪や吹雪が酷くて冬の間は動きようがない。
だが、ロアフの力があれば別だ。だからもうそろそろ雪も降り始めようかという時期にもかかわらず、軍を編成して準備したというのに。
あの女魔法士が、全てを台無しにした。
コーキアン領で最近噂されている魔法士の冒険者。名はサーリ。
デンセットの近くにある捨てられた砦に巣くった魔獣をあっという間に退治し、その功績から辺境伯より砦を譲り受けたという。
ウーズベル伯も数年前に一度見た事があるけれど、あんな崩れかけの砦なぞ手に入れてどうするのやらと思ったものだ。
だが、その後サーリはここら一帯を荒らし回っていた盗賊ベコエイド一家を一網打尽にし、さらに辺境伯領内で新たな金山まで見つけたというではないか。
聞けば、サーリという冒険者はダガードの人間ではないという。余所から来て、たまたまコーキアンに腰を落ち着けたらしい。
何故、それがウーズベル領でなかったのか。あの領とこちらとで、そんなに大きく変わるところなどないというのに。本当に腹立たしい。
それでも、その腕を今回の反乱で役立たせようと思い、召し上げようとしたのに。都合三回もウーズベルからの使者を粗略に扱ったとか。
一介の冒険者のくせに、本当に腹立たしい。
腹立たしいといえば、あのコーキアン辺境伯ジンドだ。いつ見てもチャラチャラと着飾って、若き国王カイドに取り入り宰相の地位まで手に入れている。
カイドも見る目がない。他に有用な貴族はたくさんいるというのに。
だからこそ、ウーズベル伯は立ち上がったのだ。本来なら王になるべき立場になかった若造と、その若造に取り入る事で宰相の地位を手に入れたコーキアン辺境伯。
彼等を討ち、ダガードに真の平和をもたらすのだ。それが出来るのは、自分しかいない。
だというのに……
「ええい! 物資はまだ集まらんのか!」
腹立ち紛れに、側近を怒鳴りつける。側近はこの程度慣れているのか、顔色一つ変えはしない。
「武器防具はもちろんの事、何より食料が集まりません」
ダガードは最北の国だ。ここより南にあるどの国よりも、小麦の生産量が少ない。
しかも、土地の穢れが残っている為、土地が痩せてさらに生産量が減っている。
前回揃えた食料は、その殆どが南の各国から買い求めた分だった。
「前の時同様、南から買い占めればいいだろうが!」
「資金が足りません」
これから来る冬の為に、どの国も仕度をしている。食料はその最たるものだ。
そこから買い求めようとすれば、当然秋よりも高い値段をふっかけられる。しかも、ウーズベルにも他の諸侯の領にも、もはや余分な金はなかった。
――王都を落とせば、後は何とでも出来ると思っていたのだ! なのに!
集まった友軍から武器防具、食料その他物資全てが奪われた日、上空に人のようなものが見えたと言っている兵士がいたそうだ。
何を馬鹿な事をと思っていたが、例の魔法士の小娘は何やら空を飛ぶ術を持っているという。
ならば、あの時消えた物資その他は、あの小娘が持ち去ったのだ!
コーキアン辺境伯にその旨を手紙にしたため、即刻返還するよう求めたが、今の今までのらりくらりと躱されている。
強く抗議出来ないのは、あの場に軍を集めていた事についての申し開きが出来ないからだ。
馬鹿正直に反乱の為に軍を整えていた、などと言えるはずもない。
物資が整うのは、早くても来年の夏だという。そうすれば、南ラウェニアから食料が調達しやすくなるし、武器防具も整うだろうと報告を受けた。
北の夏は涼しい為、戦いに向いている。そして夏では、王都の門は基本閉められているのだ。
また来年の冬まで待つか。だが、そこまで引き延ばしてしまっては、こちらの陣営に引っ張り込んだ諸侯が離れていく。
ウーズベル伯は、己の状況に歯がみした。
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