閑話 留守中の人達
第129話 閑話 置いて行かれた者達
サーリ達が出立した日の翌日、デンセットは上を下への大騒ぎだった。
「サーリがいなくなったってのは、どういう事だ!?」
「わかりません。でも、この手紙をこの……浮かぶ鞠? が持ってきたんです。あとこれ。何でも、私だけが使えるつうしんき? だそうです」
そう言ってローメニカは手紙と通信機を差し出す。許可を得て手紙のみフォックが読んだ。
そこには、しばらく留守にする事、挨拶もなく出立する事を許してほしい事、砦には仕掛けが施してあるので、近寄らないようになどと書いてあった。
「謀反の軍が明日にでも動こうかというこの時に、何をしてるんだあいつは!」
フォックの気持ちは痛い程わかる。ローメニカも同じ思いだ。きっとサーリは、今回の謀反でも国王陛下の側に立ち、謀反人を討伐してくれる。
どこかで、勝手にそう思っていたのだ。その目論見がはずれた今、何だか裏切られた気分である。
でも、元々冒険者というのはそういうものではないか。自由である代わりに、あらゆる保証をなげうった人達なのだ。
逆もまた然り。彼等は何よりも自由を優先した人達である。そんな彼等を、組合ごときが好き勝手に動かせるはずがないのだ。
「戦争が起こりそうな国からは、冒険者は逃げるといいます。だから、国が危ないかどうかは、冒険者の動きを見ろ、という人もいるとか」
もっとも、国同士が戦争しあっていたのは、大分昔の話だけれど。
「確かにあったな、そんな言葉……邪神に対抗するのに、国同士がいがみ合ってる場合じゃねえってなって、国同士の戦争は随分と減ったけどよ」
「その邪神も、神子様のおかげで封印されましたしね。だからこそ、ウーズベル伯のような人が出てきたんでしょうけど」
現在、コーキアン領にはウーズベル伯が中心となった謀反の情報が続々と集まってきている。
どの領主が参加しているのか、規模がどのくらいか、どの進軍経路を取るのか。
その情報の中には、ウーズベル領都に集まった謀反軍の物資が枯渇していて、大混乱を招いているというものもあった。
サーリが度重なるウーズベルからの砦侵入未遂に腹を立て、八つ当たりを決行した際、コーキアン辺境伯ジンドが唆した結果だ。
どうやったかまでは知らないが、彼女に全ての武器防具、食料等を略奪された謀反軍は、その再調達に全力を傾けているらしい。
「それにしても、どうしてウーズベル伯はこの時期に兵を挙げようとしたんでしょうね?」
ぽつりとローメニカがこぼす。
「そりゃお前、カイド陛下は即位してからこっち、国のあり方をかなり変えてきた方だからな。歓迎する人間がいる裏で、不平不満をためる連中もいたって事だろう」
「そうではなくて、どうして冬間近のこの時期だったのかって事ですよ」
北の人間なら、冬の厳しさは身に染みている。そんな中戦など仕掛けても、下手をすれば行軍中に兵士が死に絶えかねない。
しかも相手は国王で、王都は籠城戦に耐えられるだけのものがある。
「ダガードは平地が多いですし、王都の周辺は山もありません。そろそろ風が強くなる頃ですし、雪が降れば平気で吹雪になります。ウーズベル伯も、それはご存じのはずなのに」
「確かに。何か、秘策でもあったとか?」
「秘策って、例えば?」
「いや、わからんが」
組合長室に、しんとした空気が流れた。ややあって、ローメニカが溜息を吐く。
「どんな策があったにせよ、こんな時期に内乱を起こそうなんて、ウーズベル伯は気でも違ったのかしら」
随分な事を言っている自覚はあるけれど、フォックが窘めない辺り、彼も似たような事を考えているらしい。
「とにかく、サーリ不在をジンド様に報せなくてはな」
「陛下には、よろしいんですか?」
「ジンド様に報せれば、陛下にも届くさ」
コーキアン領主ジンドは、国王カイドの宰相を務める人物である。
補佐や助言をする立場にあるせいか、彼等の間では短期間にやり取り出来る道具があるという話だ。
早速早馬で報せると、何と領主ジンドだけでなく、国王カイドまでやってきた。どうやら、ジンドの城に滞在していたらしい。
「サーリが砦を置いて出て行ったというのは本当か!?」
組合長室に駆け込んできて早々、カイド陛下が叫ぶ。
「本当です」
「何故!? ウーズベルとの緊張が高まっているこの時に!」
「それはわかりかねますが……」
「今すぐ連れ戻せ!」
「無茶を仰らないでください」
カイド陛下がフォックに詰め寄っている脇で、ジンドがローメニカに冷静に訪ねた。
「予兆は何もなかったのかね?」
「はい。特には……」
「ふうむ……報せには、手紙と共に何やら道具を置いて行ったという話だったが?」
「これです」
ローメニカが差し出した板状のものを、手でこねくり回しながらよく眺める。
「これの使い方は?」
「手紙によると、下の方に触れると連絡が出来るようになるというんです」
「下の方……この丸い箇所かね?」
「ええ……あ、でも、私以外には使えないともありました」
「用意周到な事だ……では、悪いが連絡を取ってもらえんかな?」
「やってみます。何をお聞きになりますか?」
「それはその場で指示を出そう」
その場で道具の丸い場所にローメニカが触れるけれど、道具は何も変わらない。
「壊れているのかしら……」
「手紙には、何と?」
「必ず、一人で使うようにとありました」
「……この部屋ではだめなのかもしれんな。廊下に出て試してみてくれ」
「はい……」
「その際、いつ頃帰るかは、聞いて欲しい」
「わかりました」
ローメニカは廊下に出ると、先程同様道具に触れた。すると、何やら板状のものが明るくなり、「通信準備中」と表示された。
「これでいいのかしら……サーリ、聞こえる? サーリ?」
しばらく声をかけていると、画面に表示された文字が「通信中」に変わる。それと同時に、板状の物から聞き慣れた声が聞こえてきた。
『おー、聞こえとるわい。サーリじゃなくて残念じゃがな』
「え? バムさん? あ、いえ、サーリにもらったものだから、てっきり彼女と話せるものだと……」
声の主は、サーリの祖父バムのものだ。飄々とした老人で、カイド陛下などは「ただの爺ではないな……」などと言っていた。
ローメニカにとっては、孫娘のサーリを目の中に入れても痛くない程かわいがっている好々爺にしか見えないのだけれど。
「バムさん、サーリと話させてください」
『断る。話があるなら、わしから伝えよう』
バムの声の硬さに、彼の感情が透けて見える。拒絶されているのだ。だが、理由がわからない。
「お願いします、バムさん! サーリを――」
『突然いなくなった理由が知りたいのかね?』
冷たい声が彼女の耳に届いた。バムの怒りの理由が知りたいが、それをここで聞いたところで答えてもらえるものでもない。
ローメニカは、腹を括る事にした。
「……こちらは大混乱です。ウーズベル伯の件もありますし、サーリが突然消えた事で、領主様や国王陛下もこちらに見えている程です」
『ほう。まあ挨拶なしに出立したのは悪かったが、それは手紙で済ましたはずじゃ。それに、冒険者がふらりと街を出る事なぞ、普通の事じゃろ』
ぐうの音も出ない。確かに、それは先程フォックに自分が言った事でもある。だが、サーリなら何も告げずに出て行ったりはしないと信じていたのに。
「それは……そうですが……でも! サーリには砦があるでしょう? あそこを放って出て行くなんて」
『別に二度と帰らん訳じゃない。そうさのう、春には戻るはずじゃ』
「春!? そんなに長く留守にするんですか!?」
ダガードの冬は長い。過ごしにくい砦より、冬の間だけデンセットにいるよう薦めようかと思っていた矢先の、今回の出立だ。
しかも、国まで出ているという。ローメニカは血の気が引く音を聞いた気がした。
『わしもサーリも、北国の冬は初めてでのう。少しばかり心配なんじゃ。じゃから、冬の寒い間は暖かい場所に行っていようと思っての』
「でも……こんな時なのに……」
『こんな時、とは? よもや謀反の事を言ってる訳ではあるまいな?』
言い当てられて、二の句が継げない。無言のローメニカをどう思ったのか、バムは続けた。
『謀反なら、サーリが何やら大量に奪ってきただろうから、春まで進軍はなかろうよ。それを押して進めるようなら、この謀反に勝ち目はない』
「それは……確かな話ですか?」
『少しばかり戦を知っている者なら、誰でもそう思うであろうよ。だからこそ、あの領主殿はサーリに奪取するよう指示したのだろうし』
では、何故領主は自分にサーリと連絡を取るよう言ったのだろうか。そういえば、帰る頃合いだけは確実に聞くように言われている。
春までには帰る。本当に、それだけでいいのだろうか。
「サーリ、元気でいますか?」
『おお、元気じゃよ。今はまだ旅を楽しんでおるよ。もうじき、退屈しよるだろうがの』
「そうですか……くれぐれも、体には気をつけて、と伝えてください」
『わかった』
板状のものは、すぐに元の黒い状態に戻った。それを手に組合長室に戻れば、未だにカイド陛下はフォックに詰め寄っている。
「国内の全ての組合に布令をを出せ! サーリを見つけ次第、デンセット……いや、王都に連れてくるように!」
「無理ですよ!」
「何が無理か! 王命ぞ!」
カイド陛下は、サーリがいなくなった事が許せないらしい。彼女を王都に連れて行って、どうするつもりなのか。
領主を見れば、彼は苦笑している。そのジンドに、ローメニカはそっと告げた。
「春までには、だそうです」
「そうか。ご苦労」
「いえ……」
短いやり取りの後、ジンドはカイドの背後に立つ。
「さあ、陛下。そろそろ王都にお戻りになりませんと」
「ジンド! 貴様は何をそんなに落ち着いている!」
「謀反の事なら、春まで攻めてくる事はありません。奴らにそこまでの力はありませんから」
「そうではなくて――」
「おや、では何が問題だと?」
ジンドに問われて、カイドは言葉に詰まっていた。そんなやり取りを部屋の隅でこっそり見ているローメニカは、砦でのカイドとサーリのやり取りを思い出す。
あの時のカイドは、随分と楽しそうだった。考えてみれば、彼はほんの五年前に王位を継ぎ、そこから困難な道を歩んできた人物だ。
若さもあるが、父王を亡くした際に側近となるはずだった幼馴染み達も同時に亡くしている。
その傷が、今も癒えていないのではないか。
――もしかしたら、サーリが陛下の傷を癒やせるのかも。
だが、彼女は一介の冒険者に過ぎない。確かに他国では流れ者の踊り子が王妃になったという話があるが、あれとて国内はかなりもめたと聞く。
王侯貴族の身分なく王族に嫁入りするのは、そうある事ではないのだ。
――あ、もう一つあったっけ。神子様は、確か召喚国の第三王子と結婚したはず。
さすがに身分のない身であっても、世界を救った神子ならば、王家も大事にするのだろう。蔑まれているなどという噂は、北ラウェニアには届いていない。
結局ジンドに言い負かされたカイドは、このまま王都の王城に戻るという。しばらくはジンドも王都に詰めるそうなので、その辺りをフォックと話し合っていった。
ダガードは、もうじき冬。この冬が終われば、砦に再び主が戻ってくるのだ。
長い間だけれど、どうせ冬の間は皆家にこもって過ごすのだから、自分達も街にこもって過ごそう。
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