第60話 結婚の真相

 あんぐりと口を開ける私に、じいちゃんは笑いながら続ける。


「王族の結婚は、相手に逃げられては困る場合が多いからのう。ローデンの王宮も、最初はお主の姿がなくとも平然としておったろうよ」


 そうねー。最後の方は、侍女ですら私の事を見下していたからなー。あ、何か思い出したら腹立ってきた。


 ムカムカしている私を余所に、じいちゃんはニヤニヤしながら言う。


「そろそろ連れ戻そうと思ったら、婚姻証明書を使っても連れ戻せない。王宮の連中、慌てふためくじゃろうなあ」


 じいちゃん、悪役顔で笑っております。でも、多分私も同じく悪い顔で笑ったと思う。


 だって、「いなくなっても大丈夫、すぐ連れ戻せるもんねー」って思ってた相手が、何故か連れ戻せなかったら。


 そりゃあ慌てるよねー。しかも、私は世界を救った神子だし? 私の不在が近隣諸国に知られたら、そりゃ立場上困るよねー。


 でもそうか。そんな仕掛けがあったから、ヘデックが浮気しても、私があの場から一人で立ち去っても、誰も何も言わなかったんだ。


 婚姻証明書さえ書かせてしまえば、こっちのものと思っていたんだね。


「……何か、改めて怒りが湧いてきた」

「まあまあ。今頃、向こうは大騒動になっておろうて」


 それはいいんだけど、何かこう、もっと罰をあてたい気分。いや、それをやるのは神様なんだろうけれど。


 あー、自分の手であの連中をぎゃふんと言わせたいー! この! なんとも言えないモヤモヤ感をぶつけたいのよ!


 それをじいちゃんに言うも、首を横に振られた。


「居場所を知られたくないのなら、今は動かん方がええ」


 ……だよねー。わかっちゃいるんだけどなー。こう思うって事自体、まだヘデックに未練があるようで、自分でも嫌だ。


 あれだな、ちゃんと周囲の連中にも怒りをぶつけなかったから、今頃あれこれ不満が出てくるんだよ。


 どうせ城も国も出るんだったら、あの場にいた連中に思う存分仕返ししておけば良かった。


 ヘデックと愛人のトゥレアだけじゃなく、社交界と呼ばれる世界にいた人間で、私の事を蔑まなかった人間はまずいなかった。


 おかしいなあ、私、邪神を完全浄化して世界を救った救世主なのに。


 彼等にとっては、尊い血筋を持っているかどうかが全てだったらしい。だったら、ヘデックとの結婚も阻止すれば良かったのに!


 じいちゃんの話を聞いた今ならわかるよ。婚姻証明書によって、私をローデンに縛り付ける為だったんだね。


 ヘデック本人もそう思っていた……とまでは思いたくないけど。でも、最後に見た彼はそう思っていても不思議はなかったな。


 ちょっとあれこれ考えて黄昏れていたら、じいちゃんから質問がきた。


「それよりお主、ここらで浄化を使わなかったか?」

「……使ったけど。何で?」

「ここに来るまでの街で、教会の連中が騒いでおったぞ? 誰がやったのかとな」

「げ」

「まあ、どこかの教会が抜け駆けしたと思っておるようじゃから、神子の存在にまで頭は行っていないんじゃなかろうか」

「良かったー」

「ただし! 時間の問題と思えよ」

「う……」


 どこの教会も大規模浄化を行っていないとわかったら、そりゃあやったのは神子以外いないよねーって話になる。


 その頃には、下手するとローデンから神子が消えたって話もこっちに流れてくるかもしれないから、北大陸のどこかに神子がいるって事になるかも。


 やばい。親切心が徒になった。


「まあ、でもしばらくは誤魔化せるじゃろ」

「本当?」

「見かけを変えておいたのは、いい判断じゃ。何せ、神子は黒髪黒目というのが通っているからの」


 ですよねー。

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