第50話 違い
「そう、泣きそうな顔をするでない」
領主様はそう言うと、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。いつの間に、目の前に立ったんだろう?
というか、私、涙目になっていたらしい。
いや、だってショックでしょ? いい事だと思ってした事、しようとした事が間違ってるって言われるなんて。
そりゃ、私はこの世界の人間じゃないし、何なら考え方は今でも現代日本人だよ。だから、盗まれたものはそのまま返したいって思っただけなのに。
「そなたはがんぜない幼子のようだの。かと思えば、誰もが手を焼いた盗賊一味を軽々と捕まえてしまう。本当に、不思議な娘よ」
そう言いつつ、領主様は何故かにこにこしている。なんか、そんな領主様を見ていたら、涙も引っ込んだ。
「とにかく、これを機にそなたは少し世間の有り様を学ばなくてはな」
「……はい」
「うむ。では、盗品の買い戻しの査定に入ろうか」
そう言うと、今度はフォックさん達を中心に話し合いが始まった。
「サーリ、ちょっとこっちいらっしゃい」
ローメニカさんに連れられて、組合を出る。向かったのは、向かいにある食堂だ。ここは冒険者にも人気で、お昼時は凄く混むって聞いてる。
「さ、座って」
「はい……」
促されるまま、四人がけの丸テーブルの椅子に腰掛けた。ローメニカさんはすかさず注文をする。
「ラージュのジュースを二つ。冷やしてね」
ラージュはオレンジに似ている果実だけど、大きさが子供の頭くらいある。味は濃いめのオレンジって感じ。実を食べてよし、ジュースにしてよし。多分、焼き菓子に使ってもおいしいと思う。この辺りでは見かけないけど。
ジュースはすぐに来た。北の地だからか、万年氷がある場所があって、くびれ辺りに比べると氷が安い。
銅のゴブレットの中で、氷がからんと音を立てた。
「そんなに落ち込まないで、サーリ」
「ローメニカさん……」
「ジンド様も、組合長も、意地悪であんな事を言った訳じゃないのよ。それだけは、わかってね?」
困ったような笑顔をするローメニカさん。うん、なんとなく落ち着いてきてから、わかる気がするよ。
っていうか、これ、多分じいちゃんが私に言い続けていた事だ。あの時は邪神の再封印に気が行っていて、聞き流しちゃったけど。
再封印の旅の帰りは、ヘデックとの恋に夢中で、これまたじいちゃんの話を聞いてなかったり……ごめん、じいちゃん。
今更ながら、本当にどうしようもない弟子だったね、私。
思わず頭を抱えたら、ローメニカさんが慌てた。
「ちょ! サーリ! 大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっと、自分の有り得なさを自覚したら、軽く落ち込みました……」
「よくわからないけど、その、あんまり落ち込まないようにね。ベコエイド一家を潰しただけでもたいしたものだけど、あの石切場の事だって、組合に感謝の言葉がたくさん届いているのよ?」
「へ?」
感謝の言葉? 何それ。初耳なんですけど。
驚く私に、ローメニカさんがゆっくりと教えてくれた。
「あの石切場はね、デンセットだけでなくコーキアン領全ての石材をまかなう、大事な場所なの。あのままグリフォンに占領されたままだったら、大変な事になっていたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、あそこをあれだけ早期に解放出来たのは、とても感謝される事なのよ」
現金なもので、そう言われると何か気分が明るくなる。さっきまで、暗い穴の底にいるような感じだったのに。
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