第22話 男達の密談

 組合からの帰り道、馬車の中で男がジンドに尋ねた。


「いいのか? あんなに簡単に了承してしまって」


 眉根を寄せる彼に対し、ジンドは笑みを浮かべている。


「問題ありませんよ。取り壊す予定の砦を払い下げただけですからね。解体も金がかかりますし、勝手に修繕して勝手に維持してくれるというのなら、いいではありませんか」


 ジンドの口調は、自分より身分が上の者の対するそれだ。二人の力関係は、ジンドの方が下のようだった。


「それにしても、あれだけの魔獣をたった一人で討伐するとは……」

「いやはや、いい人材が我が領に来てくれたものです」


 確かに、ジンドの言うとおりだ。人手不足に悩むダガードは、常に人材を求めているけれど、実際に「使える」者は数が少ない。


 そんな中、たった一人で砦に巣くった魔獣を、しかも力の強い猪の魔獣を討伐するとは。いくら魔法が使えるとはいえ、驚くべき存在だ。


 しかも、それがまだ若い、小娘と言っていい年齢の者だとは。


「……あれだけの腕前の、しかもまだ若い娘が、何故ダガードに単身で来たのだ? 解せぬ」

「訳ありなのでしょうが、問題を起こさなければいいのではありませんか?」


 ジンドの正論に、銀髪の男は何も言い返せない。不機嫌そうに馬車の窓から外を見る彼に、ジンドは笑いをかみ殺しながら新しい話題を提供した。


「そうそう、早馬が面白い話を持ってきましたよ」

「何だ?」

「南の国から、神子様が消えたそうです」

「何?」


 銀髪の男の様子が変わる。それはそうだろう。神子といえば、この世界では邪神を再封印した大事な存在だ。


 それだけではなく、北ラウェニア大陸にとっては希望の星でもある。教会の聖職者が行う浄化よりも、さらに強力な浄化を行う事が出来るのが、神子なのだ。


 邪神がいた北の果て、魔大陸の影響を一番受けたのは北ラウェニア大陸だし、その中でもさらに北に位置するダガード王国は最も被害を受けた国といえる。


 未だに国土の多くは瘴気に侵されたまま、作物もろくに育たない不毛の地と化している。これを治すには、神子による浄化を行う以外にない。


「教会の腐れ聖職者どもは、金さえ払えば浄化してやると言っているが、連中のような不信心者に出来るものか。近く、ローデンに神子の招聘を正式に打診するはずだったのに……」

「ローデン側では当然のことながら表沙汰にはしておりません。ですが、人の口は押さえられるものではありませんよ」


 つまり、神子の近くにあったものから、情報が漏れているという事か。ローデン王国もたいした事はない。


 神子出奔を表沙汰に出来ないのも、理解出来る。どのような理由からであれ、神子が自分の意思で国を出たというのなら、ローデンは神に見放された国と見なされる。さすがにそれは、許容出来ないだろう。


 それにしても、何故神子があの国を出る事になったのか。


「ジンド、神子の出奔原因は何だ?」

「それが……夫君である第三王子、ヘデック殿下の心変わりにあるようです」

「何だと?」


 今度こそ、銀髪の男は嫌そうに顔を歪めた。


「あの男は馬鹿なのか? 得がたい妻をないがしろにしようなどと」

「婚姻して二年、気の緩みが出たのではないでしょうか?」


 気の緩みの結果が、神子の出奔とは。だが、これはダガードにとっていい機会だ。


「ジンド、神子の行方を捜せ」

「既に手を打っております」

「見つけ次第、我が国に招聘するのだ」

「は」


 恭しく頭を垂れるジンドに一つ頷いてから、彼は馬車の窓から外を見る。デンセットの外も、荒涼とした景色が広がっていた。


 この景色を、豊かなものへと変えなくてはならない。遠い道のりだが、必ずやり遂げなくてはならない事だ。


「いつか、必ず……」


 銀髪の男の呟きは、小さすぎて同乗するジンドの耳には届かなかった。

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