第19話 天使化と決断

誰も手を出せなかった。ニコの思いは強かった。あたしだって負けないくらいみんなのことを想っているけれど、力の差が歴然としている。

…あたしはこれ以上大好きな人達を失う訳にはいかないんだ。

悔しかった。何も出来ない自分を憎んだ。


「悪に悪で勝とうとせずとも良い。」

天主アダム様だった。イヴ様に支えられて、ゆっくり、でも確かにあたしたちの方へ歩み寄っていた。

「そなたのように清い善の心があれば、悪に打ち勝つことだって出来るだろう。」

そういってあたしを見た。その穢れを知らない白い瞳に、あたしはハッとした。時魔になった時と同じように、でも今度は白い塊が、あたしの体内を駆け抜けた。誰かを助けたいという思いは同じなのに、闇が支配するのと、光が支配するのでは全く違った。闇はひたすらマイナス思考で不安しか残らず、何かを滅ぼす衝動に駆られるしかない。しかし光は自分や仲間を信じ、心が強くいられる。


「アスカちゃんが天使になった…」

カサメは縋るように、天使になったあたしを見た。見ていられないくらい弱っていた。自分が原因であると思ってしまっているのだろう。誰のせいでもないのに。ニコはカサメを愛し、カサメは精一杯生きているだけ。いたずらな運命が、二人に突然変異という要素を与えただけなんだ。

「大丈夫、あたしが全部なんとかするわ。ヨウもニコも、天界だって救って見せる!」

「…アスカちゃん…。それはたぶん不可能よ。そんなに美しく終われるとは思えない。」

カサメは小さく首を振った。徐々にあふれ出す雫は、彼女の中の葛藤であった。

「お願い…、ヨウを助けて。ヨウだけでいいわ。私たちの天界のことなのに関係のないあなたたちを巻き込んでしまった…。この先は私たちに任せてと言いたいけれど、ヨウを救えるのはあなたしかいないの。」

「でも…ニコは…?」

カサメの瞳は涙に埋もれた。歯を食いしばって嗚咽をこらえている。それでも、言葉を続けた。

「……倒して!あそこまで闇に染まったら、時魔としてでしか生きられない…。堕天使にもなれないわ…。もう、滅ぼすしかないの……!」

こらえられず声を上げて泣き始めたカサメの翼は、白に近かったが、それでもまだ黒が混じっていた。ニコという黒い存在への思いがそうさせているのだろう。

「山鳥、俺からも頼む…。どうか手伝ってくれ…。」

ヒカルも同じく、灰色の堕天使のままだった。

あたしはヒカルの涙を初めて見た。一滴だけが前触れなくポロッとこぼれて、筋肉の発達していない頬をなぞっていた。

あたしは決めた。ここであたしが決定をぐずってしまったら、あの2人は悩みすぎて壊れてしまうかもしれない。

「…分かった。」

あれ、おかしいな。

「あたしがニコを倒すから、2人はどうかヨウを助けて。」

あたしが泣く必要なんてないのに。

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