第16話 天主アダムの復活と小夜の正体
何かはヒカルだった。すぐに体勢を立て直した魔王は、空気がユラユラ揺れるほど激怒していた。
「A-001、おまえも俺を裏切るのか。」
「何を今更。俺は山鳥アスカを守ると言っただろう。」
2人は足を使い、拳を使い、時に黒い塊を交えて戦い始めた。
「山鳥、今のうちに。」
ヒカルはこちらを向いて余裕そうに声を掛けた。しかし、魔王と手足が見えないほど光速の戦いをしているのに、余裕があるわけが無い。事実、ヒカルの額には大量の汗が吹き出ていた。
あたしは水晶をカサメに預けて、魔王の方へ近づき、ぐったりした小夜を触れさせようとしたが駄目だった。避けるのが速すぎる。ヒカルのおかげで攻撃されることはないが、触れさせるなんて無理だ。あたしが近づくと、その瞬間に魔王はあたしがもといた場所にいる。もう、唖然とするしかない。魔王から目を離すことなく、戦い続けるヒカルは本当に凄い。さすが魔王の息子といったところだ。でも、移動の主導権はあくまで魔王が握っていた。
途方に暮れていたあたしだが、ちょうどその時近くにいた天主様が小声であたしに囁いた。
「A-001……ヒカルは足が速いのです。その弟のA-015は手を素早く動かすのが得意でした。あなたのその石は、A-015の物でしょう?あなたもその能力を使えるかもしれません。」
手の動きが速い…。……ああ、そうか。
あたしは活用方法が分かった。早速魔王の方へゆっくり動き始める。魔王は反射的に超光速で避けようとし、あたしのもといた場所あたりに現れた。しかしあたしはまだそのすぐ近くにいて、魔王が止まった瞬間に腕だけをコンパスのように動かした。その速さは確かに自分でもビクッとするほどだった。自分の手ではないようだった。
しかし、思惑は功を奏し、小夜は魔王に触れた。
「しまった…!」
魔王は悲鳴に近い声を上げた。小夜と魔王の接触部分から眩い光が溢れる。
「うわぁぁぁぁ!」
魔王であった身体は、溢れ出る光に力を奪われるように崩れた。
そこには、人にしては整いすぎた顔の、逞しい体つきの方がぐったりしていた。魔王の面影はもはやない。
「もしかして、魔王は天主に戻ったの?」
耐えかねて疑問が言葉に出た。
「ええ。そうです。……本当に良かった。これ以上この方と争わなくて良いのですね…。」
天主様は元魔王の元へ駆け寄り、ダイアモンドのように光り輝く涙を浮かべた。
「本当にありがとう、ヒカル、そして人間のお嬢さん。……紹介が遅れました。私は天主の1人でこの方の妻のイヴといいます。」
「あ、あたしは山鳥アスカと申します。」
恐れ多さで
「ヒカル、あなたはあの椅子にでも座って休んでいなさい。」
「はい、お母様。」
ヒカルに似合わない丁寧な口調で答えると、「椅子」と呼ばれた玉座に座った。
「カサメさん。あなたはアスカさんに説明して差し上げてください。」
「はい、わかりました。」
今気がついたけれど、カサメはさっきあった時と雰囲気が違っていた。なんというか、清らかだった。
「さてと、まずは小夜のことからね。
小夜はもともと…魔王の一部だったの。それも、天主様だった頃の良心的な部分よ。でもそれを強さの妨げになると言って、人間界に捨ててしまった。一番弱い時魔として。それで、小夜が天界に戻ってこないようにヒカルに監視させ用途したの。ヒカルは魔王の息子だし、天界初の時魔だったから。アスカちゃんが初めて
だけど、アスカちゃんとヨウが連れてきてしまった。だからイヴ様は、元は魔王の良心的な部分である小夜を魔王に返せば、天主のアダム様に戻るだろうとお考えになられたの。実際、アダム様は元にお戻りになられた。
アスカちゃんがいなかったら今頃どうなっていた事か…!」
カサメはあたしの手をとって跳ねた。その翼は黒というより白に近い灰色で、いつのまにか牙も鋭い目つきも無くなっていた。
「カサメちゃん…翼が…」
「それは
イヴ様が教えてくださった。
「魔王が滅びた今、悪魔である必要は無くなりましたからね。」
ああ、そうだった。カサメたちはもともと天使だったんだっけ。
ヒカルを見ると、同じように灰色の翼を持っていた。目が合うと薄く微笑んだ。その目には光が宿っていて、落ち着いた優しい目つきだった。カサメがヒカルに渡した水晶は割れていて、魔黒石も灰色になっていた。ヒカルは左手の手袋を外して魔黒石を埋め込んだ。その瞬間顔色が良くなってダメージは回復したようだった。
全てが上手くいったと思った。これで終わりだと、そう思っていた。裏幕の存在に、あたしたちは気が付かなかった。
「そういえば、ニコとヨウは?」
「えっと…、イヴ様に会ってから私だけ小夜を連れて付いてきたの。『ちょっと行ってくる』って言って。だからまだ…」
ぅぁぁぁぁぁっっ!
その時、遠くで叫び声が聞こえた。悲痛な叫びだった。その声は…
「……ヨウ?」
「…A-002のところに人間を置いてきたのか……!」
元魔王の天主アダム様だった。イヴ様に支えられて、上半身だけを起こし、カサメをじっと見つめた。その静かな物腰が逆に怖かった。
「えっと、はい。」
「なんてことだ…。」
アダム様が続けた言葉に耳を疑うと同時に、頭が真っ白になった。
「私から良心を奪い、魔王に仕立てあげたのはそのA-002なんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます