第15話 天主様

時魔になった途端に、頭の中の黒々しい塊が、ヒカルを助けたいという気持ちだけ残して急速に発達していく。願いを叶えるために何をすればいいのか、もう当然のように決まっていた。

「敵ハ排除スレバイイ…。」

あたしは機械のように感情のない声をあげて、動き出していた。


この時のことはよく覚えていない。後でヒカルに聞いて、自分のことなのに足が震えた。


あたしは魔王と同じ、全ての時を奪う黒い電流の塊を、無表情のまま手の中で大きくした。顔一つ分ほどの大きさになったを、魔王の方へ躊躇なく向ける。悲鳴など上げる暇も与えず、発射させた。魔王は寸前のところでかわしたものの、弄ばれていた水晶は魔王の手を離れていた。あたしは瞬時にそれを取り、魔王に向けて手をかざした。また、作る。それも、一秒とかからず、さっきよりも大きいサイズのものを作り上げた。ヒカルを助けたいという思いと、過去を操られた反動で、力が倍増したようだった。


まさにそれを魔王に発射させようとした時、扉が大げさに音を立てて開いた。

「アスカちゃん!待って!」

カサメだった。そしてその後には、女神のような方がいた。人ではない、というより、人の領域を超えた美しさを纏っていた。透き通るような肌の白さなのに、弱々しさを全く感じさせない。凛とした非の打ち所のない整った顔には、心配そうな様子をちらつかせている。純白の翼は今にも飛んでいきそうなほど薄くて軽そうで、光を帯びて部屋を照らしていた。

あたしの手にあったは、うなだれるように萎んでいき、最後には小さく破裂して消えた。その途端、あたしは正気を取り戻した。ヒカルやカサメの安堵する表情に、あたしはもう少しで取り返しのつかないことをするところだったのではないかと焦った。

「おまえは……!」

魔王とは思えないほどハリも威厳もなく、弱々しい声だった。

「あなた、もう仲違いは止めましょう。私とあなたがつまらない意地を張った所で、何も生まれないわ。むしろ、私達はこの天界を破滅の道へ歩ませようとしている。」

女神のような方は優しくなだめるように言った。この方が、魔王の妻である天主様であるらしい。

魔王は怯んだように見えたが、すぐにブルブルと首を振って、恐ろしい顔をした。

「そんな言葉には騙されない。おまえも俺も互いを必要としていない。天界を統べるのに、2人もいらないのだ。」

「…。」

天主様は魔王の言葉に、こちらも泣きたくなるような悲しい顔をした。このままこの方は崩れてしまうのではないかと思うほどだった。信じてもらえないうえに、必要としていないと言われたら、どれほど悲しいか計り知れない。

「…カサメさん、あの子を。」

「はい。」

カサメは前にずいと出ると、手にしていた「あの子」を掲げ、真っ直ぐあたしを見た。

「アスカちゃん!小夜さよを魔王に触れさせて!」

そう、カサメが掲げたのは小夜だった。なんで、どうして。疑問符が消えないが、この状況で考えている暇などない。時魔ではないカサメをこちらに来させるわけにはいかないから、あたしは慣れた羽使いでカサメの元に行き、小夜を受け取った。小夜は目を閉じていて、まるで死んでいるようだった。

「そいつが何故ここに…!おまえが連れてきたのか、人間!」

魔王が必死さと憎しみを交えた恐ろしい形相でこちらに向かってきた。ヤバい、さっきよりも動きが速い。あたしが天主様たちのいない方へ魔王を誘導するには時間が足りない。


すると突然、光の速さのが魔王の軌道を大きく逸らした。




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