罪と罰②
とっぷりと日が暮れた頃、ようやく全ての荷車を王城内へと入れることが出来た。
後は書類を内部へと引き継げば、やることはない。
つまり、あれだけ並んでいた荷車を捌ききったのだ。
ここまでくると皆そわそわとしてくる。
最後にそそくさと辺りを片付け、ようやく久し振りの帰宅の許可が出た。
「やったぞー!!!」
あちらこちらで歓声が上がるなか、特に響く大声で叫ぶハギは、戸惑う官吏達を片っ端から捕まえては思いきり抱きしめていた。
一回り以上大きなハギの力強い抱擁に疲れも相まって、その場で倒れ込んでしまう官吏もいる。
その姿は鬼が獲物を襲っているようにしか見えないが、本人的には共にこの苦境を乗り切った仲間達を称えているだけで、悪気は一切無い。
中にはそれを理解している者もいて、彼らは自分から鬼に飛びついていく。
まるで祭りのように盛り上がる彼らを、モエギが暖かい眼差しで見守っていると、老齢の官吏がひょっこりと隣へやってきた。
不馴れな者しか残っていなかった西大橋へ急遽派遣されてきたマツカゼ。
その見た目は強力な助っ人を。と期待していた西大橋の官吏達の肩をがっくりと落とさせるものだった。
彼らは見た目だけで判断してしまったのだ。
小さく痩せ、腰の曲がった老人に仕事など出来るはずがないと。
ところが彼が来てからは、それまでの不手際が嘘のように効率が良くなり、手持ちぶさただった門番達まで動員した。
その仕事ぶりは的確で無駄がなく、指導も上手く、あっという間に西大橋の官吏達をまとめあげた。
彼の力無しでは即位式までに仕事を終わらせることは出来なかっただろう。
そのマツカゼがわざわざ隣に来て労ってくれるとは思ってもいなかった。
「皆、よく頑張りましたなぁ。あなた方の力も大きい。感謝いたしております。」
にこにこと優しく微笑みながら柔らかく語られる言葉は、聞いている相手の心をも柔らかくしてくれるようだ。
そんな大した仕事はしていないモエギは、なんだかくすぐったくなって頭を掻きながら下を向いてしまった。
「モエギ樣。」
ふと、様付けで呼ばれたことに驚いてマツカゼを見ると、今までの柔和な笑みが消え、皺だらけの顔の中から別人のように鋭い眼差しがモエギを見つめていた。
思わず身構えそうになるモエギにマツカゼは横を通り過ぎながら、そっと告げた。
「御身を御大事になさりませ。」
突然の言葉にどう反応していいものか分からず、モエギはその場で考え込み、固まってしまった。
マツカゼはそんなモエギを気にするでもなく元の柔和な笑みて皆の輪に入り、労いの言葉を一人一人に掛け、最後にハギの力強い抱擁を受けるとヨロヨロとよろめきながら王城へと消えていった。
マツカゼが居なくなると、それが合図だったかのように皆もそれぞれ帰路についた。
最後にその場に残されたのはハギとモエギだ。
どこか上の空だった相棒を心配したハギが気を遣って荷物をまとめてくれたことも、モエギは気付いていなかった。
「おーい。モエギ。」
突然目の前に現れたハギに目を見開いたモエギは思わず後ずさる。
「そんなに驚くなよ。ずっと話しかけてたんだぞ。そんなに疲れたのか?休みが明けたら鍛え直さねーとだな。」
ハギは豪快に笑うと、まとめてくれた荷物をモエギに持たせ、自分は街へと下る道へと向かっていく。
「じゃあなモエギ。お前は休んどけよ!」
そう言うと、いつの間にか用意してあった馬に颯爽と乗り、姿を消した。
ハギがいなくなって初めてそこに一人であることに気付いた。
周りを見渡すと王城の灯りと星明かりしかない。
丘の下に広がる街の灯りもまばらで、しんと静まりかえっている。
明日が即位式という大きな行事を控えているとは思えないほど、静まりかえった不気味な夜だ。
ふと寒気を感じて小さく震える。
疲れもあるが、マツカゼの言葉が胸に引っ掛かって、かなり長い間考え込んでしまっていたようだ。
身体が冷えきっている割に頭が冴えてしまっていて、このまま官舎へ戻ってもすんなり眠れそうにない。
自然と足は行きつけの酒場のある街へと向かっていった。
めぐり めぐる @chuinya
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