罪と罰①

先王が身罷ってから三年の喪明けを待ち、新王即位の儀が十日に渡って盛大に催されると国中に御触れが貼り出されたのは、いつになく雪が吹雪き、厳しい冬の真っ只中だった。



あれから二月が経ち、近頃は吹き付ける風の冷たさの中にも日差しの暖かさが感じられるようになった。

特に今日は風もなく日向にいると少し汗ばむくらいの陽気だ。




いよいよ明日に控えた即位の儀のため、万両ばんりょう国の都である朱殷しゅあんには、各地から祝いに駆けつけた有力者達や様々な祝いの品が届き、朱殷へと続く街道はいつもより賑わっていた。




彼らは朱殷へ着くとまず休憩を取り、それから街の中心にある小高い丘へと続く急勾配を登る。


そこに目指す朱殷城があるからだ。


朱殷城は小高い丘の頂上にある巨大な湖の湖上に建てられた巨城で、入城するためには城に通じる四つの大橋を渡るしかなく、立地や城の外観も含めて天下の奇城として有名である。



その四つの大橋は正確に東西南北に位置しており、中に入るためには、それぞれに決められた橋を通るしかない。



今、王城裏門へと続く西大橋には、今にも倒れんばかりに贈り物の積まれた荷車が丘の中腹まで列をなしていた。



西大橋の入り口の検問所では、三十人程の官吏がせわしなく品物を検品したり、品数を確認しているが、到底間に合っていない。

もう十日ほど働きづめにも関わらず、日々列は長くなるばかりで、中には泣きながら作業をしている者もいた。


「泣くな!今日が最後だ!」

「最後の力を振り絞れ!」


上官らしき色違いの官服を着た数人が檄を飛ばしているが、彼らも足元がおぼつかない。



それもそのはずである。

明日が国を挙げての祝日だと国中に告示されたのは二月前、突然の事だった。

その時、暇を持て余していた西大橋の役人達はこんな事態が起きるとは誰も気が付いていなかった。

西大橋自体が、王城内での最後の左遷先とされていたほど影の薄い場所だったのだ。





「はあ。」

官吏達がよろめきながら作業する姿を、検問所の作業部屋の中から溜め息をつきながら見ている男が二人いた。


街に下りれば女たちの注目をさぞ集めるだろうに、彼らは山積みされた書類で溢れかえった事務用の簡素な文机を仲良く並べ、書類と格闘していた。


二人とも立派な体躯に端整な顔立ちと質素だが揃いの鎧を身に纏い、本来ならとても凛々しいはずであった。


彼らもこの事態の犠牲者なのだ。


本来は見た目通り裏門の門番として大橋の警備にあたっているはずが、この事態に事務作業員として駆り出された。


ただ、官吏ではないため手伝える仕事が限定されてしまい、最終的に通行証に判をして荷物に貼るだけになってしまった。

それでも十日以上この作業を続けることは普通の官吏には厳しかったのであろう、最初は冷たかった官吏達が数日前から優しく労ってくれるようになったのだから。



「ったく。今まで何処に隠してあったんだよ。」


痺れた手を振りながら苛ついた声で悪態をついたのは、端整な中に勇ましさを感じさせる顔立ちの男、ハギだった。



たまたま彼らの前を通り過ぎた官吏が驚いて顔を見ただけで、彼の言葉に反応を示す者はいなかった。



前を通り過ぎる御者も荷物を運ぶ人足も、誰も笑顔を浮かべることなく、ただ淡々と作業をしている。

荷車を引く獣達でさえも周りの空気に呑まれたように重い足取りだ。



彼の言う通りなのだ。

賢王と呼ばれていた先王の突然の失政、相次ぐ災害、隣国からの圧力、そして何よりも新王への疑い。


ありとあらゆる出来事が新王の不信感へと繋がっていく。


誰も新王を信じてなどいない。

誰も新王を祝ってなどいない。

この国は今、傾いている。

この国は今、飢えている。



なのに、号令一つで各地の貴族や豪族達はあらゆる財を差し出した。

新王に媚びるためだけに。

飢えた民を置き去りにして。



これが民が心の中に抱えている不満だ。

主人達がいない場で誰も反論する者などいない。





「いてっ。」

ハギが小さく呻いた。

どうやら隣にいた片割れに小突かれたようだ。

片割れは口を開くでもなく、優しく憂いに満ちた瞳をハギに向けて小さく首を振った。


「わかってるよ。文句は言わない。口出しはしない。しっかり仕事をする。だろ。全くお前は真面目過ぎるんだよモエギ。」


ハギは文句を言いながらも作業に戻った。

モエギはそんなハギの様子を頷きながら見守ると、自らも書類作業へと戻った。



確かに不満がない訳ではないが、自分達に出来ることは目の前の仕事をこなすこと。

それ以外には無い。




二人は黙々と仕事をこなしていった。


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