【教訓の三 危険な時ほどよく狙え】

第7話

「一体、君の仲間の連中は本当に役にたつのか!」

 今回リディロの依頼した男の部屋に入るなりリディロは声を張り上げた。部屋は小さな密室の作りになっており室内には男が1人佇んでいた。室内で目深に帽子を被っており顔は、よく見えない。だが男の異様な雰囲気からリディロは、この男を初老な出で立ちを連想させていた。

「君かリディロ。何の用だ?」

 リディロはキビキビと目深帽子の男の質問に答えた。

「どうやら連中を見張らせていた君の部下が襲撃にあったようで、襲撃した教会を確認したらもぬけの殻だったよ。もちろん行方知らずでね」

 リディロは怒りを抑えるように喉を詰まらせながら答えた。

「ならそれは、こちらの失態だ。謝るよ。だがね気に掛かることがことが、いくらかあるのだが良いかね?連中の情報が明らかでない今、私は無闇やたらに動くべきでないと考えているのだよ。だが君は取り逃がした報告を私に押しつけどうする?君はわざわざ私の失態を報告をするために、ここまで日を跨いで来たのか?もし、そうなら関心せんな。今は死んでいった同士たちの亡骸から連中の特長を捉えるほうが得策だと思うがね」

 眼深帽の初老の男は、淡々とリディロに指摘していった。

「ああ、それは勿論だ。しかし妙なんだ。どうやらあの小娘め用心棒を連れているみたいで、最初は、そいつ1人だけかと思ったのですが、部下の傷や銃痕からみるに明らかに1人のものではない。あの小娘は他にも用心棒を雇ったみたいなんだ」

「追えそうか?」とリディロは言った。目深の男は首を縦に振った。

「引き続き追っ手を向かわせているよ。しかしどこの誰かは分からないが小娘と組んでいる用心棒の腕はかなりの物だ。アンタのお仲間の腕利きが何人も殺されてるんだよ」

 リディロの嫌みに初老の男は答える。

「リディロいいかね、君は私に進言をしたいと、そう言いたいのか?彼らが殺されたのは自分の力量不足ではなく私のやり方に問題があるとでも、言いたいのか君は?」

 初老の男はそういってポケットからタバコを取り出し火をつけ始めた。

「君はよくやっている。富も名誉もある。一生遊んで暮らせるほどくらいにな。ただ君の目的も私も目的はあの少女だ。見つけなければ話にならん。捕まえられないとなると、それは君が私よりもっと優秀な飼い犬を使って探し続けるしかないな」

 リディロは一瞬であったが歯ぎしりをした。表向き銀行家であるリディロにとって表情が崩れることは非常に屈辱的なことであった。リディロは初老の男の話を聞いて言った

「三日だ。これ以上の時間はやれん。それまでに何とかするんだ!」

「十分さ。ドム・ペキンパーと言われてるのは伊達ではないよ」

 初老の男は余裕たっぷりに答えた。


「それで目的地はどこなんだい?」

 アレルヤが質問する。新たな同行者に教会のシスターの格好をしたアレルヤが加わり場所をペキンパーの部下に知られたが、コルダの傷の治りが早いのも幸いして、3人すぐに出発した。

「目的の物はイングリッシュ・マーシャの遺産さ。前に説明しただろう?」

「そんでその場所は何処なんだい?」

 アレルヤの経て続きな質問に今度はコルダが答えた。

「お墓よ。サウンズ・ヒルにある大きな共同墓地に埋められているわ」

 コルダは手短に答えた。ノーバディも今初めてマーシャの遺産の場所を聞いた。だがそれ以上にコルダの返答にアレルヤは胡散臭そうに思っているような顔になった。

「偉大なる英雄イングリッシュ・マーシャ様の遺産は、そんな名もないような墓にあるって言うのかい?」

「ええ、そうよ。父は生前に言っていたわ。俺には名前は必要ない。墓にはいるときはせめて無名戦士の墓に入れてもらえればそれで良い。そう言っていたわ。それが俺の願いだって」

「泣かせる話じゃねえか。さすがは伝説の英雄様だぜ!」

 アレルヤはそう言って大げさにオイオイ泣き出した。彼女のわざとらしい態度にノーバディは少し苛ついた。

 馬を少し走らせたあとに突然「そういえば」とコルダは2人に投げかけた。少し改まった態度でノーバディは少し嫌な予感がした。

「私に銃の使い方を教えて欲しいの」

「駄目だ」とノーバディは即答した。

「何で駄目なのよ。アナタ私を殺しかけたのよ。それくらいのサービスあったっていいじゃない?」

「どういうつもりだお前。銃の扱い方なんて覚えてどうするつもりだよ」

「簡単よ。殺したい奴がいるの」

 コルダの発言を聞いてノーバディの顔つきが変わった。ノーバディは呆れた顔をしながら言った。

「お前に殺しの覚悟はあるのかい?第一、殺しってもんは教えてもらうもんじゃねえだろ。自分で身につけるものなのさ。考えが甘いね」

「知っているわ。でも、私には時間がない。この道中で多少使えるようなら構わないわ。だからこそアナタに頼んでいるのよノーバディ」

「おいおい、名無し。アンタ名前で呼ばれたぜ」アレルヤの茶々にもノーバディは耳を傾けなかった。

「アナタと私の利害は一致しているはず。アタシも父の墓に興味がある、アナタたちは父の遺産が目的。だけど、道中ペキンパーに追われているのも事実だわ。だから私にも銃の扱いくらい教えてもらうことも損ではないはずよ」

「教えてやりゃあいいじゃねえか。別に減るもんじゃあないだろ?」

 アレルヤが横から口を挟んだ。

「だったら、てめえが教えてやりゃあいいじゃねえか」

「あいにく、私の使っている銃は特殊でね。この子の訓練には向かないよ。使っていくなら名無しみたいな銃じゃなきゃ」

「殺しに方法もヘったくれもあるもんかい」

「だが実際問題、嬢ちゃんに覚えてもらうのも悪い考えじゃないよ。教会のときのような連中に追われているんだろう?だったら嬢ちゃんの身は嬢ちゃんで守らなきゃ。そういう意味では悪いことではないだろ?」

「だから、アタシがコルダに銃の使い方を教えてやれと?」

 そういうことだよとアレルヤは言った。ノーバディはコルダに向き直して言った。

「人を殺すたって、てめえ復讐って理由は感心しないな」

「アナタも似たようなものじゃない?金のために人を殺してるような奴に説教を食らう義理はないわ」

 ああ、そうかいとノーバディは呟いた。コルダはノーバディを睨み続ける。

「分かった、分かったよ。いいだろ教えてやる。ただしてめえの行動に少しでも気にくわないとこがあるなら、すぐにでも止める。いいな?」

「交渉成立よ、ノーバディよろしく頼むわね」

「それで、どうする?まさか的でも作って銃で当てる練習からなんて暢気なこと言わねえよな?」

 アレルヤが口を挟んだ。ノーバディも、そんなことを考えてはいなかった。とてもじゃないが時間がない。もっと手っ取り早い方法を取るつもりであったが、現状どうすれば良いか迷っていた。

「何か良い方法でもあるかい?」

 ノーバディはアレルヤに語りかけるように言った。

「この辺にならうってつけの奴がいるさ。こいつさ」

 アレルヤが答える。彼女は馬に括るつけてあった荷物から手配書を取り出し、それをノーバディに手渡した。手配書にはジェイク・トンプソンと言う名の男が載っていた。賞金は100ドルほどで罪は窃盗、恐喝であり小さな物ばかりであった。はっきり言ってトンプソンは何処にでもいるような賞金首であった。

「こんな小物をどうするんだい?アタシ等には暢気に旅をする時間はないって言っただろ」

「こいつがコルダの練習と小遣い稼ぎさ。これから、このトンプソンって野郎をしとめる。だが時間がないのも事実だ。だから縄に掛けて保安官に渡すような面倒な事はしない。殺してすぐにまた出発するのさ。たかが100ドルの賞金首さ。金に旨みはないし、かといって無関係な人間を殺すのも気が進まんしな。まさに殺しの練習にうってつけな奴なのさ」

「生死は問わずなのか?」とノーバディは言った。窃盗や恐喝くらいでは殺すことは違反されている。

「なんでも酒場で酔った勢いで1人殺しちまったらしい。それが原因か知らんが、結果、生死は問わないそうだ」 

 アレルヤはコルダに話を戻して彼女に直接語りかけた。

「どうする嬢ちゃん?やるか、やらないか?」

 内心、答えを悩むであろうとノーバディは思ったが、コルダは思いの外すぐに答える。

「いいわ。そのトンプソンという男を殺しましょう。場所はどの辺りにいるの?」

 コルダの声には多少の緊張感があったものの、それでも力強く答えていた。ノーバディは手配書を見ながら答える。

「ここから南にそのまま進んで行くと三角型の山々がある場所まで着くんだがトンプソンが最後に見かけられたのは、その辺りらしい。正にアタシらの通り道だな」

「なら早く行こうぜ。さっさと済ませてくれよな。私はもっとデカい宝を手に入れたいんでね」

 アレルヤの声を皮切りに3人は早足で馬を走らせた。


 トンプソンがいるとされる目的の山にたどり着くと、小さな村が見えた。3人は早速村に入り村長の所まで案内させてもらった。案内された村長の声は怯えていたが、目的を話し村の人間には危害は加えないと念を押すと村長は少し落ち着き話を始めた。

 村長の話を聞くに、ここから先に隠れるように住んでいる変わり者の家族が暮らしていると言った。ここの村の者に対しても、殆ど交流せず必要最低限の品だけを買いにくるので村の者は気味悪がってると言った。ノーバディは、その家族がトンプソンと目星をつけるとお礼に村長に銅貨を渡すとそのまま3人は馬を目的の家まで走らせた。

 少し進むと、どうやら目的のトンプソン家までたどり着いたようであった。もし仮にトンプソンなら見つからないよう少し離れた所から馬を下りて家を見渡せる崖まの所まで登っていった。小1時間もするとトンプソン家全体を見渡せる所までたどり着き3人は準備を始めた。

 ノーバディは荷物から狙撃用のライフルを取り出し、それをコルダに手渡しノーバディはコルダに狙撃の基本操作を教えていく。ノーバディの説明が終わるとコルダはライフルを家の方へ構えトンプソンが出てくるまで待った。

 正直、たしかな情報でもないのに獲物と思われる家に張り付くのは中々、利口なことではないが、数分すると本当にトンプソンが出てきたのにはノーバディとアレルヤは驚いた。

 だが問題が発生した。トンプソンは、どうやら盗人家業から足を洗って堅気の人間になっているようであった。自足自給のため農業を営んでいるようであるが、作業を行うために家畜と子供を連れていた。情報にはないが、たぶん彼の子供で間違いないだろう。

「まずいな。ありゃあどうするよ?」

 アレルヤは双眼鏡で眺めながら言った。

「ガキは殺さない。顔も名前も知られてないからな。標的だけで構わない」

 ノーバディは、そう言ってコルダに助言する。

「アンタが撃ちたいときに撃てばいい。だがよく狙って撃て。2発めはないと思えよ」

「ええ、分かったわ」

 そうコルダは答えたが、彼女は何時まで経っても撃たなかった。特に撃ちにくい位置取りでもなかったので狙いが定められないといった訳でもないらしい。最初こそ何も言わなかったノーバディであったが時間が経つにつれコルダが意図して撃たないことに気づき始めてから怒りを露わにし始めた。

「焦れったいなクソッ!」

 ノーバディはコルダからライフルを奪い取り、そのまま崖下で農作業をしていたトンプソンに発砲し撃ち殺した。着弾した瞬間、糸が切れた人形のように倒れたトンプソンは、そのまま動くことなく事切れたようであった。彼と農作業していた子供は自分の父になにが起こったのか分からず死んだ父親に一生懸命話しかけているようであった。

「よっしゃ!いっちょ上がり」

 ノーバディの声にアレルヤが反論する。

「よっしゃ!じゃねえよ。お前が撃ち殺してどうすんだよ?」

 コルダが、いつまでも撃たないので焦れったくなってノーバディが撃ち殺したが、これでは何も意味がなかった。

「とりあえず話をしようコルダ」

 アレルヤはノーバディの持ってる銃を奪い取ると説明し始めた。

「単刀直入に言う。何故トンプソンを撃たなかった?」

 アレルヤの問いにコルダは俯き黙ってしまった。

「別に怒っちゃいないよ。いいかい、私たちは人を殺して金を得ている商売だ。殺す相手が今は堅気の人間だろうが、子供がいようが関係ない。殺さなきゃ、私たちは長くは生きていけないからだ」

 アレルヤが言うとコルダは口を開いた。彼女は少し涙声になっていた。

「せめて子どものいないところで撃ちたかったわ」

「逆に考えるんだ。トンプソンの野郎は、子どもに看取られながら死んだんだ。最高の死に方だと思うね私は」

 アレルヤの言葉にコルダは語気を強くし反論した。

「アナタたちは何も感じないのでしょうけれど、普通の人にとって、親を目の前で殺されることが、どんなに辛いことだか分かる?分からないでしょうね。アンタ達みたいな野蛮人になんかに分かってたまるもんですか!」

 コルダの言葉に今までそっぽ向いてたノーバディも真剣な表情で振り向いてきた。それでもアレルヤは続けた。

「ああ、正気じゃない商売さ。普通の奴には出来ない仕事だ。だが現実を見ろよ。ここでトンプソンを殺したのなら普通なら奴のガキも殺さなきゃならない。復讐ってのは恐ろしいんだ。だが私はトンプソンのガキは殺さなかった。それが私なりのケジメの付け方だ。あのガキの親父を殺した罪は意識している。もしガキが大きくなっても私を殺す気でいるなら歓迎するよ。相手になってやるさ。それがせめてものケリの付け方さ」

 アレルヤが、自分の殺しの哲学を語っていたのを端から眺めていたノーバディは自分の意見を付け足した。

「アタシはガキも殺すがね。不穏分子はすべて処理したい身でね」

「おい、いくら何でも子どもの命まで奪うことはないだろ?少しやりすぎじゃないか?」

「ほざえてろクソシスター。アタシは効率よく金が欲しいだけなんだよ。不安材料なんか残してやれるかッ!」

「でもよ、そうしたらチェリーを喰い逃さないかい?いくら何でもそれは残念だと思うがね」

 アレルヤは少年を犯すことについて説明したが、ノーバディは「犯してから殺してるよ」とあっけらかんと言った。正気か冗談とも分からない話である。

「神経疑うね」とアレルヤ。黙って話を聞いていたコルダは2人の話を聞いて引いていた。

「とにかくだ。もしテメエが誰かを殺すこと考えてるのなら覚悟を決めなくちゃならない。お前が人を殺せないのは覚悟が足りないからじゃないのかい?」

「少しビビっただけだわ。次こそは殺すわ。大丈夫、次こそうまく殺すから」

「なるほどコルダの意見は分かった。だが時間はないのは覚えておいてくれ。お前のお守りの為に何日も時間を掛けられないからな」

 3人は、そうして早々と崖から降り馬を走らせて立ち去った。帰り道、子供の鳴き声山々をこだましてコルダの耳から離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る