第6話
ひさしぶりに父の夢をみた。コルダは混濁した意識の中でひどく気分の悪い感じの夢であった。父のことを一日も忘れたこともなかったが、父の夢を見ると必ず悪夢になる。父は着ぐるみを被っているような状態であり、それを脱ぐと別の男が現れる。顔は見えなかった。それでも今日のは格別にひどい夢であった。その父の着ぐるみを被った男に陵辱される夢だ。吐き気がする。いや、あの日以来夢を見るたびに思い出して吐くことも珍しい訳ではなかった。少女はあの日から縛られている。だから旅を始めたんだ。父を殺すことが目的であったが、なぜ奴はあんな事が起こってしまったのか?
問いつめたい。私をあんな目に。やさしかった母さん。もう戻れない。全てを断ち切らなければ、どうすることも出来ない。これは、ただの復讐ではない。全ての私を無に還るための戦いである。だからあの女も利用した。あの女は私をうまく使おうとしたみたいだけど、そうはいかない。牢屋から出るために利用してどう始末をつけようか考えたけど、さすがにこれ以上は付き合う理由もなく抜け出して始末したには良いと思ったけど、問題はその後であった。まさかこんなに砂漠の横断がキツイなんて思わなかった。あの女、名前はたしかノーバディとか言ったけか?アイツを始末してからの記憶が曖昧であった。たしかそうだ。あの女、私が死にものぐるいで歩いているのを横目にケラケラ笑いながら私をバカにしていたのよ。・・・起きたらただじゃおかない。
「よお、お目覚めかい?」
コルダが目を覚ましたとき、彼女が一番最初に声を掛けられた言葉であった。声を掛けたのは、ノーバディであった。腹立たしいことこの上なかったが、どうやら私は生きているらしい。四肢の感覚を確かめるにために手足を動かしたが、どうやら手足も感覚も残っているらしかった。どうやら、この女に殺されずに済んだようであったとコルダは思った。なによりも症状が良くなっているのが、今のコルダの状態をよく表していた。ここは何処なのだろう?コルダは思った。何やら置物やら教会で使うような像などは置いてあり物置のような印象を受けた。ベットや辺りを見るにかなり質素な作りであった。コルダは辺りを見回した。
「ここは教会だよ。アタシと、ここの連中に感謝しておけよ。もう少しでお前死ぬところだったんだからな?」
ノーバディはそう言うと水の入ったと貧相ではあるが固いパンとスープ料理を持ってきた。コルダの前に料理をおくとノーバディは言った。
「力をつけて早く直してくれよ。数日したらまた宝物探しの旅に出発だからな」
ノーバディは持ってきたスプーンでコルダに食べさせた。不審な目を光らせながらも空腹には勝てずコルダはモグモグと食べ始めた。
「どうだい。うまいだろう?さっき教会の奴に頼み込んで、貰ってきたもんなんだ。これには私の料理の分も入っているしっかり食べてくれよ」
モグモグ食べながらコルダは考えた。この女さっきから急に私に対して優しくなりやがった。たしかにこいつの目的は私を遺産のところまで案内をさせたいのである。けど奴らの目的を知らないこの女からしてみれば、私の命など、どうでも良いと思っているはずである。現に砂漠の行動を見るに私は何時かであの女に殺されるのであろう。だけど、悪いこともしてしまった。私はあの女の馬を殺してしまった。私の軽率なミスで。馬に何も罪はないのに。
だが、私は生きている。そして何故か私はこの女に介抱してもらっていた。実に不快な話である。
「よし、よく食べたな。じゃあアタシはちょっと教会の奴と話して
くるから。よく寝るんだぞ相棒」
扉を出るとノーバディは教会のシスターに出会った。ノーバディは始めに介護してくれたことに対して礼を言って問題ない程度にノーバディは南にあるサウンズヒルに向かって行くと言った。
「あそこはかなり物騒なところですが、あなたたちのような人にこういっても無駄でしょうが気をつけてください。お連れの方の人もひどく消耗しておりますので、しばらく安静なさってなさい」
「とにかくだ。アンタには感謝してもしきれないくらいだよ。助かったぜ。砂漠を抜けたこんな所に教会があるなんて知らなかったぜ。見てくれは質素だが中身は大したもんだぜ!」
「実は、最近この辺りに教会を建てようとしている話が、ありましてそこで私が先立ってここで準備を行っていたのですよ。まさかここで砂漠の横断を行おうとする人がいるなんて思いもよりませんでしたよ」
シスターはそう言うとノーバディを椅子に座らせて使い込まれたコーヒー缶からコーヒーを注いだ。
「珍しいなコーヒーなんて。この辺りじゃ見ない代物だな」
「ええ、この辺りのものではありませんね。これはかなり貴重なものでして」
ノーバディは、コップに入ったコーヒーを飲みながら質問を続けた。
「そういや、最近この辺りに山賊やら何やらそういった物騒な連中は見かけてないか?」
「見かけますね。この辺りは元々彼らの出入りの多い場所ですからね。でも最近はあまり見かけませんね」
「最後に見たのは何時だい?」
「うーん。だいたい2~3ヶ月ほど前かしら」
質問の内容に良くない前兆を感じたのかシスターはそのまま黙ってしまいチビチビとコーヒーを飲んだ。それを見たノーバディは話を変え始めた。
「最近聞いた話でな。ここいら聖職者になりすましている連中がいるらしくてな教会に泊まった旅人を殺しては金銭やらを奪うって話があってな」
ノーバディはおもむろにシスターに向かって銃を構えた。シスター
は何が起こったのか分からずにたじろいでいるだけであった。
「あ、あの私が一体何を?」
シスターはおずおずと聞いた。ノーバディは、しれっとした表情で言った。
「とぼけるんじゃあないよ。このアバズレ野郎!歩き方が堅気のにんげんじゃあないね。常に命を狙われている奴の歩き方さ。一歩ごとの緊張感が違うのさ」
シスターは黙って聞き続けていた。彼女からは以前ほどの物腰の低く少し怯えた雰囲気はすっかり消え失せていた。ノーバディは、このシスター紛いの女は何か言いたいことがあるのだろうと思ったが何も言う気配はなかった。シスターが腰に手を伸ばした時にノーバディは言った。
「おっと気をつけな!アンタはうまく殺したと思ってるみたいだが、アンタの殺したシスターの服が粗末なんだろうな。何せ材質が薄いせいか腰に隠している銃の輪郭が目に余ってね」
ノーバディの問いにシスターは答える。
「さっきもいったでしょう?この辺りは物騒でしてこうして聖職者も肌身離さず持っているのですよ」
シスターの言葉を聞いたノーバディは言った。
「何よりてめえの顔には見覚えがあってね」
昔、駅馬車強盗でチームを組んだときだ。4人1組で大した問題もなく当初の予定通りに話は進んでいった。だが厄介な問題が起こった。今回の襲撃をまとめ役が突如として仲間を保安官に売り飛ばしやがったのさ。駅馬車連中の死体の上にさらに荒くれどもの死体が降り注いだのさ。結局アタシは、まだ動ける奴と一緒に逃げて行ったのさ。だが逃げきれずに奴らに追い込まれちまった訳さ。
結局、アタシらのグループと不意打ちをしてきた奴らのグループで交渉が始まった。まあ交渉なんてもんは名ばかりなんだがな。実際、命には変えられなかったのさ。アタシが一番負傷していないという理由で金を奴らに渡す仕事に選ばれた。最初は撃ち殺されるかと思ってヒヤヒヤしたよ。ただ相手が出てきたら、それを悟られないようにはしたさ。金を受け取りに来る奴がこちらにやってきた。褐色肌にツンと尖った目をした女だった。アタシは言ったんだ。
「この袋には今5000ドルが入っている。これでいいよな?」
やむ得ない選択だった。不意に攻めてきた連中が何人いるのかは知らないが、こっちはノーバディを入れて4人しかも動ける人間はほとんどいない。相手は少なくとも10人以上。下手をしたら隠れて潜んでいる奴だけでも20数人はいるのかもしれなかった。互いに顔を見せずに壁越しでの会話もあってか相手もアタシたちの正確な人数までは判断できなかったようだった。不幸中の幸いだったよ。
「ああ、構わないよ」
それから遠巻きに銃を構えている奴らがわんさかしてる状態でノーバディと褐色女は取引に応じたのだ。
「お前、その時の女だろ?忘れはしねえぞ。このクソ野郎が!」
シラを切るのが不可能だと思ったのだろう。シスターの格好をした女は口調を変えて言った。
「ああ、そう言えば昔にそんなことがあったわねえ。よく、くたばらずに生きていたじゃあないか。アナタ名前は?」
「名前なんてねえよ。そもそもてめえに名前を語るなんざ胸くそ悪くてしょうがねえ。今でもてめえにこの銃をぶっ放してもう一回穴を開けさせたい位なのさ」
「シスターに対して礼儀を学ばなかったか?アナタが答えないような私が答えるよ。生憎、私にも名前らしい名前はなくてね仲間からは、アレルヤと呼ばれてるよ。私は今シスターだからシスター・アレルヤなんてのも良いのかもしれないねえ」
アレルヤはそう言うとノーバディを小馬鹿にしたようにお辞儀のような形を取って挨拶を交わした。
「変な真似起こすんじゃあねえ!」
その時、アレルヤはお辞儀の形を取りながら太股に付けていた小型小銃を取り出しノーバディに構えた。
互いに銃を突きつけ合いいつでも引き金を引けるようにした。
「チッ目的は何だよシスターアレルヤ?」
ノーバディはアレルヤに質問した。アレルヤは答える。
「それはこっちのセリフだよ名無し。アナタこそ一体なぜこんな辺鄙で旅人なんて来ないような場所に来たのかな?」
アレルヤがそう言った瞬間ノーバディは発砲した。アレルヤは、事前にノーバディが発砲するのを読んでいた。ノーバディの持ち手である右手をアレルヤは銃口を構えていた左手で払いのけた。アレルヤの顔をすんでの所でかすめて両者は距離を取った。静かな教会にアレルヤの血の匂い、硝煙のの匂いが混ざり始めた。すかさず来訪者用の椅子を倒し両者は発砲を続けた。発砲音に驚いた飼育用のハトたちが教会内を飛び回っていた。静止画で見れば不釣り合いだが美しい光景に見えたのかもしれなかった。
アレルヤは、どこからか取り出したのか6連式のリボルバーを自動小銃と一緒に発砲した。教会内が銃痕で穴だらけになっていた。互いに手持ちの拳銃の弾数を打ち込んだあと先に声を掛けてのはノーバディであった。
「おい、こちとら病人がいるんだ。あまり派手に動いて病人に当たるのだけは勘弁してくれッ!」
弾丸が飛んでくる方向にノーバディは目一杯大きな声で答える。
「そう言えば、アナタの連れと何しに来た理由を聞いていなかったわね。理由くらい教えてもらってもいいじゃない。そもそもここに何しに来たのよ。連れの子もヒドイ状態だし。もしかしてアナタの所為じゃいかしら?」アレルヤはそう言って少し逡巡してから、また言った。
「あの子をわざと砂漠で歩かせたのね。無茶をさせるのね」
アレルヤは銃弾を込めながら言った。そんな彼女に言葉を被せながらノーバディは言った。
「ただ旅をしていたのさ。連れはコルダって言うんだが、何せアイツがサウンズヒルなんて行きたいなんて言うからね。旅費はこの辺りの賞金首をひっ捕らえたらいいのさなんて考えていたからね。そして今がその時だよ。アタシの金の為に死んでもらうぞシスターアレルヤさんよおッ!」
ノーバディが言い立ち上がろうとしたその時、ノーバディはアレルヤに背後を取られていた。いや正確には、彼女が先回りをしてノーバディを追い込む形になった。
「理由を聞いてから殺してあげる名無しさん。私もあまり暇ではないの、正直に言いなさい」
ノーバディは、舌打ちをするが観念して握っていた銃を下ろしアレルヤに事の事情を説明し始めた。
「賞金首を追ってるんだ。あのドム・ペキンパーさ。あいつを追ってたのさ。んであのガキは、そいつの少女娼婦で水先案内人って訳さ」
「もう一度言うわ。これが最後だよ名無しさん。あの子供と何故いっしょにいるのですか?」
アレルヤは淡々とではあるが、ノーバディが何か隠し事を持っているのを見抜いているように問いつめ続けた。アレルヤの構えた銃は依然としてノーバディに向けられている。
「あちゃあ、こいつはマズったね。どいつもこいつも私が嘘を付いてる前提で話してるみてえじゃねえか!」
そう思ったノーバディはしぶしぶアレルヤに口を開いた。
「ああ、ホントの事を言うと、ありゃあイングリッシュ・マーシャのガキさ。何でも奴の遺産の在処を知ってるみたいだぜ。だからあのガキが必要な訳さ」
「証拠は?」
シスターアレルヤは、あまりの馬鹿馬鹿しさであったが、ノーバディに質問する。
「それは、アタシの連れに聞いてくれよ。今、相棒は療養してて遺産を探しにいけるような状況じゃねえのさ。彼女次第ってね。だがアンタも協力って形で仕事してくれるんなら2割の色はつけるさ」
ノーバディは咄嗟であったが嘘を付いた。
「それは信用出来るのかい?それに2割ってのも気に入らないよ私は。今アンタの状況は非常にまずいものよ名無しさん。命はいくつあっての物種っていうじゃない?」
アレルヤは、そう言ってポケットに入っていた煙草を取り出して吸い始めた。ノーバディもアレルヤに薦められる形で一本貰うよう言われ、しぶしぶ受け取った。銘柄は安物の煙草だった。
「2割といってもかなり大金が埋まってるそうだ。何せ総額1万ドル近くの大金だそうだ。それで2割って言っても2000ドルだ。魅力的じゃねえか。しかも場所は、ペキンパーの野郎のアジトの近くだって話だ。ここから数日も掛からない。ただ私たちについて行くだけで、2000ドル近い大金が入るのさ。それに今アタシを殺しても得策じゃあない。そのガキが財宝の場所を知ってるって話さ。そしてガキ以外にアタシ個人の持ってる暗号があるのさ。これがないと財宝は手には入らない」
もちろん嘘であった。だが今この尼の格好をした山賊に殺されるのは勘弁ならなかった。
「そこまでアタシはあの相棒を信用していない。互いに大事な秘密の部分は隠している訳さ」
ノーバディは言い終わるとポケットから新しい自分のタバコを取り出し話を続ける。
「だから、アンタも協力してくれって訳さ。金はたんまりある3人で分けたってお釣りが出るくらいの量さ。正直言うとアタシと相棒だけだったのだとキツかったのさ。相棒は銃は使えないしもし途中で野盗にでも出くわしたら大変なことになっちまう。だからもしアンタみたいな腕の経つ奴を雇えるのなら分け前だって二割じゃ済まないさ。どうだいアタシらと組まないかい?」
はっきり言ってこれは賭であるとノーバディは思った。これで奴が乗るかどうかは分からないが、いまノーバディに出せる強みは出せるだけだしたしこれだけであった。コルダと情報のやりとりは全て嘘であるし遺産の中身が何があるのかなんて検討も付かなかった。もしこの尼にバレればいますぐに殺されるだろう。
だが、逆に目的地までこの女を連れていけば問題ないのである。あとは隙を見せたときに殺せばよい。それまでの辛抱なのである。アレルヤは最初ほどの緊張感はなくなりノーバディもタバコをくわえながら近づいていった。
「いま、火が切れちまってね。悪いが火をくれないかい?こんな状況じゃ吸わなくちゃやってられなくてね」
「いいだろう。貸してやるさ」
アレルヤは、そういうとタバコを口にくわえながらタバコの火をノーバディに移した。ノーバディが大きく吸い込み紫煙をうまそうに吐き出した。
「君と組めてうれしいよ。名無しさん。ここは互いにビジネスライクな関係で行きましょうじゃありませんか。私が君たちの護衛をかねての依頼。報酬は目的地の財宝の2割。是非とも協力させていただくよ。私もこの仕事をさせてもらってのだけど最近は実入りが少なくてね。そんな折りにこんなにおいしい話がくるなんて思いも思わなかったよ」
「そりゃあ、ありがたいねえ。これなら互いに喧嘩せずに済みそうだよ。ええと、」
「アレルヤのままで良いさ。実際に仲間内でも、この名前で通っているよ」
アレルヤの返答にノーバディは彼女が本名を明かす気はないのだと感じた。まあ、それでも特に問題はなかった。
「さて、ひどく教会が荒れてしまったね。だからといってキレイにする時間も余りないのだがね。君の相棒とやらは、元気にしているのかな?」
アレルヤが、そう言った途端に部屋からコルダ出てきた。彼女は周囲を歩きながら教会の惨状を目の当たりにして呆れていた。それにアレルヤの話し声も聞こえていたらしい。
「最悪に決まってるでしょ何よこれ。信じらんないわ」
「お早いお目覚めで相棒。早速だが新しく友達が出来てね。彼女がどうしてもアタシたちと旅をしたいらしくてね。心の広いアタシは快く迎えることにしたのさ」
「そんな話を勝手に進めてふざけないでよ。いったい何のために連れて行くの?足手まといになるだけじゃない」
「どの口でほざきやがるこのクソガキがッ!だいたいてめえが砂漠を1人で横断しようとしたから」
ノーバディが口を挟んでいる瞬間に教会の入り口から突如として男が三人押し掛けてきた。全員知らない顔である。とうとうペキンパーの野郎に目を付けられたのかいと逡巡しながらノーバディもとっさに銃を抜くが不意を付かれ男たちのほうが早く引き金を引いた。
だがそれよりも前にシスターアレルヤは自動小銃であるモーゼル銃で男たち三人を一瞬で打ち抜いた。
「こう言う時のためさお嬢さん。私はアナタとその粗暴な相方を護衛させてもらう形で同行するのでね」
「というわけだ相棒。友達が増えてにぎやかになったじゃねえか」
ノーバディに背中をバンバンと叩かれてコルダは何時にもなく不機嫌な顔になった。
アレルヤは銃をホルスターに戻すと倒れた男たちの方へ歩みよった。男たちは全員死んでいた。アレルヤは男のポケットを漁ると中からペキンパーとの契約書が出てきた。
「この連中はペキンパーの一味だろう。早く準備をして出発しよう。奴ら部下の三人が戻らなくてやきもきしてるだろうな。早いとこずらかって出発だ」
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