コトのハジマリ

天国のお父さん、お母さんへ

“WW3”終戦から10年が経ちました。私は今年、国議大に合格しました。この大学では、議官院に入るための勉強をします。いつか、お父さん達の仇を取るため頑張りたいです。



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この手紙を書いた日から3年。今日、やっと21歳になった。時は2041年。私、綾川咲が通っている大阪にある国議大、正式名称「国際連合議官教育大学校」では、「議官院」へ入るための基礎知識から始まり、国連総会での質疑応答の訓練など、議官として必要な事を教育する。また、自衛隊から国議大、議官院へ入る場合もあるが、この人達を「特別議官」と呼び、国連総会に参加するだけでなく、万が一紛争などが発生した時、国連安保理と国連軍の橋渡し役を担う重要な役割を持っている。

私は今回、特別議官の前段階である「特別議官候補生」に選ばれた。いつも学年で4人候補生が出る。そのうちの一人は私の幼馴染みの橘航介だ。航介とは第三次世界大戦(通称WW3)中からの縁で、今のところ全て同じ学校へ通っている。今は寮生活を送っているが、終戦から高校卒業までは妹と2人、航介の家で暮らしていた。何故なら、両親は殺されたからだ。


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「主文、被告人らを反逆罪で死刑に処する」

「・・・⁉︎」

「判決内容の詳細は…」

「なんで⁉︎そんなわけないやん‼︎」

「静粛に」

「父さんと母さんはあいつらに騙されたんだよ‼︎」

「傍聴人は静粛に‼︎」

「静粛って何!」

「黙りなさい!」


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「おっはよー」

「…うわっ!びっくりしたぁ」

このびっくりしたのが橘航介。航介は驚く程マイペースで、どうして候補生に選ばれたのか自分でもわかっていないそう。でも実は、中高陸上部で成績も学年トップだったのだ。

「そろそろ授業始まるよー」

「(zzz)」

「はい、起きな。」

そう言いながら咲は航介の頬を軽く叩いた。

「ハッ‼︎」

「何変な声出してんの」

「お前が叩くからやろッ‼︎人の睡眠邪魔しやがって…」

「つべこべ言わずにさっさと行くよ!」

「ふぁーい」

大体いつもこんな感じで1日が始まる。ちなみにこれでも寝起きが良い方…。

「「おっはよー‼︎」」

この声の主は、私と航介の中学時代からの友人達。とにかく天真爛漫な中尾美奈と、まったり癒し系の安田桃香。でも、二人共いざとなればちゃんとしてくれる。成績も優秀で、飛び級で候補生に選ばれてる。

「「おッ、また朝から夫婦漫才か⁉︎」」

この声は双子の兄弟は和田一希(いつき)と光希(みつき)。この二人も中学時代からの友人。この二人は私と航介と同じ年に候補生に選ばれた。

「「うるさい‼︎」」

「毎朝の事だけど航介が起きへんの‼︎」

「起きとるわー‼︎」

「よく言うわ毎朝立ちながらねてるくs…」

「はいはい、こいつはこっちで始末するから先行っといて」

「「「はーい」」」

そう返事をして、航介と和田兄弟は立ち去った。



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「毎朝毎朝同じ事言われ続けて…」

「すみません…」

「恥ずかしくないの⁉︎」

「まあまあ、美奈落ち着いてよ。咲が困ってる…」

桃香は笑いながら美奈をなだめた。

「あっごめんごめん。ところで咲は航介の事好きなんでしょ?」

「…、はい?今なんて言いました?」

「だーかーらー、咲は航介の事好きなんでしょ?」

「んなわけないでしょ‼︎」

「でも中学時代から何回か噂にはなってるよね…」

「桃までいらん事言って…。二人共許さん‼︎」

なんでいっつもこんな事なるかな…。あっ、教官発見!話題変えよっと…。

「ああッ‼︎あそこに宮田教官‼︎おはようございますっ」

とりあえずこれで大丈夫なはず…。

「おおー!珍しく自分から挨拶してくるとは…。」

「失礼なッ!」

これじゃあ、墓穴掘ったようなものじゃん⁉︎

「今日も朝から盛大な夫婦漫才を披露してたそうじゃないか」

「…、ってそれ誰から聞きました?」

「誰って、和田兄弟と中尾からだが?」あやつら…、許さん!

「ってか中尾とはさっきまでずっと一緒にいましたが…?」

「あぁ、中尾からは携帯でしかも動画付きで送られてきたぞ」

美奈め…。後で締める。

そう頭の中で考えながら事務所に入って行った。


暫くしてノックが3回鳴った。

色んな人が入って来るし…、そう思ってあまり気にせず作業を続けていた。


「先程はどうもー!面白かったでしょう?」

「美奈ー!さっきはよくも…」

「あー、ごめんごめん。それより教官、朝っぱらから召集かけるってただ事じゃないですよね?」

咲の文句は後で聞くから、とほっぺを掴まれながら教官に質問した。

「あぁ。二ヶ月後に世界各国の議官が集まって模擬会議を開く事になった。」

「でも、それって候補生の私達には関係ないんじゃ?」

いつもの模擬会議は、議会部の議官又は特別議官が出るもの。候補生には本来関係のないものだ。

「今回の会議は候補生の訓練用の会議だ。」

「「「「「「えぇ!」」」」」」

「じゃあ、この中から誰か行くって事ですよね!」

「「俺ら行きたい‼︎」」

この声は和田兄弟。ただ、この声を裏切る形となった。

「心配せんでもおまえら和田兄弟は連れて行かん。」

「「ええー」」

「何がダメなんですか?」

「お前らは情報部通信課に配属される事になっている。今日からそこで訓練を受けてもらう。」

情報部は名前の通り、情報を集める部で通信課は通信機器による海外との交信準備、トランシーバーなどの調達、修理などを行う。機械バカの和田兄弟にはぴったりな配属だ。

「私も情報部行きたかったんですけど…。」

珍しく複雑そうな顔をした美奈だった。

「中尾は情報部情報収集処理課に配属される事になっている。」

情報収集処理課、通称“情報収処課”はこれも名前の通り情報を収集、処理する。情報収処課の情報を基に議会に必要な資料作成などを行う。

「美奈はそういうの得意だよね。」

「もちろんですとも。」

そう言って満足そうな顔をする。

「それじゃあ、議会に出るのは咲と橘って事ですよね?」

「あぁ、そうなる。」

「へぇー。私が航介と…。って航介と⁉︎」

「安田は看護部だからな。」

「ええー!桃とやりたかったぁー。」

俺の立場はどうなるんだよ…、と言わんばかりに航介は険しい表情を浮かべていた。

「まあ、夫婦で頑張れ〜っ」

「「うるさい光希っ!」」

「ほら、この通り」

光希は勝ち誇ったような顔をして笑っていた。一方、二人は顔を真っ赤に染めていた。

「って訳で、今日からそれぞれの配属予定先で訓練を受けてもらう。橘と綾川は残っとけ。」

「「「「「「はいっ!!」」」」」」




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「…。」

「…?」

二人の間で不穏な空気が漂った。

「…、なんで航介となの…。」

「そんなに嫌がることか?」

航介の眉間に皺が出来る。

「だってさ…。」

「だって?」

「あんた、議会とか話し合い苦手じゃん。」

「え?」

意外なところを指摘され航介は驚き、しばらく硬直していた。

「私がこの議会で何を望み、何を実行しようとしているか分かる?」

航介は一瞬考え込んで、思い出したように答えた。

「えっと、その…。元社連国の奴らをマークして弱みにつけ込み、議会で劣勢にする。」

「正解。なんでかって言うと…」

「言わなくていい。」

「え?」

普段、これまで強気な発言を航介の口から聞いたことがなかった咲は、驚きを隠せなかった。

「今まで何回も聞いてんだよ、こっちは。」

「ごめん。嫌だったよね。」

「良いって。お前んとこのおじさんとおばさん、酷い殺され方したんだしそれくらい言っても大丈夫だって、…ってどうした?」

咲の様子がおかしかった。

「ごめん、ありがと。」

咲は泣いていたのだ。

「おい、泣くなって。俺が泣かしたみたいになるじゃん。…まあ良いけどさ。」

「そこ心配する?」

航介の発言に咲は思わず笑ってしまった。

「でも、航介って時々頼れるやつになるよね。」

「時々って…、まあ良いですよ。どーせ俺は頼んなくて、弱虫の男ですよ。」

航介はそう言って拗ねた。

「いやいや、私、弱虫とまでは言ってないから。ってか、教官まだ?そろそろ来るはず…」

そう言ってると、ちょうど宮田はやってきた。

「そこのお二人さん、これ運んでくれ。」

「「はーい」」

そう言って二人は宮田を手伝い始めた。


「ところで綾川、その顔どうした?」

咲は痛いところを突かれた、と顔をしかめた。航介も同じことを思ったが、顔には出さなかった。

「いやー、さっき机の下に落ちてた消しゴムを拾おうとしたんです。その時に勢いよく頭を上げたもんだから、机で思いっきり後頭部を打ったんです。それで、涙目になってました。」

てっきり、自分のせいにされると思っていた航介は安心したものの、咲の言い訳があまりにも面白く、思わず吹いてしまった。

「なに吹いてんの!あんたはあと何回笑ったら気が済むの⁉︎」

「何回かって?そうだな…。」

「もういいっ!」

「まあ、落ち着け。それより会議の役割分担についてだが、どちらが矢面に立つかきめたか?」

「「え?」」

二人は何のことか分からず、思わず聞き返してしまった。

「矢面ってどういう事ですか?」

「片方は補佐として原稿管理を、もう一人は議会で発言する。」

「じゃあ発言する方が矢面に立つ方ってことですね?」

「ああ、そうなる。」

綾川にしては珍しくわかってるな、と宮田は一言余計なことを言った。

そして、長い間考え込んでいた航介が口を開いた。

「発言するのは綾川の方が適任です。」

「え、どうして?」

思わず咲は聞き返した。

「こいつ、気が強いけど意見を論理的に、そして冷静に発言出来て、突然原稿には書かれてないことを質問されても対応出来る柔軟性も持っています。」

それに、俺が任されたって綾川に操作されるのは目に見えてますから、とブツブツ呟いていた。

「じゃあ、どういう風の吹きまわしかは知らんが、その組み合わせで任せる。ただし、公私混同は絶対するな。」

咲は、言われる事はないと思ってた事を宮田に言われ、暫くの間動けなかった。






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「じゃあ、早速原稿作成に取りかかってもらう。議題は『アメリカとロシアが所持している核兵器、及び被災国の除染作業の責任分担について』だ。」

うわ、難しそう…、と二人は打ちひしがれていた。

「おそらく、アメリカ側は除染作業を敗戦国側に押し付けたいはずだ。だから止めろ。理由は研修期間に習ってるはずだ。」

理由とは、ロシアが全作業を行った場合、作業してもらった国がロシアと手を組まされる可能性が出てくるということだ。その国数を出来るだけ日本が少なくするのが今回の狙いだ。

「でもどうやって…?」

「それを訓練するのが今回の議会だ。資料はさっき運んだ箱の中にある。あれらを要約して原稿を作り、覚える。覚えないと議会の時に時間がかかって予定時間に間に合わなくなる。」

「「わかりました。」」



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「でさ、やるって言ったのはいいけどさ…」

二人の前に居座っている資料の数はおよそ五千枚。これだけの資料をまとめるのは、二カ月あっても相当難しいものだ。

「とりあえず、重要なところをマーカーでチェックして分かりやすくするところから始めるか。」

「はーい。」

こうして二人は資料を読むのに専念した。





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「ねえ桃。」

「なに?」

美奈はおもむろに桃香に話し始めた。

「あの二人、いつ付き合うと思う?」

「まだ当分なさそうだと思うけどねー」

「さっさと付き合えばいいのに、じれったいわー…。」

そう言って美奈はハーブティーを飲んだ。

「それよりさ、美奈はどうなの?」

「へ?」

「いや、やっぱなんもない。」

桃香は意外と酒に強く、いつものウイスキーを一口飲んだ。

「美奈は一希の事、どうするの?」

「どうするもなにも…。」

美奈は高校時代、一希と付き合ってた時期があったのだ。

「あんな女心のわかんない奴となんか二度と付き合いたくないわ。」

美奈は仏頂面になりながら答えた。

「でも、本当は復縁できたらな…。なんて思ってるんでしょ?」

あんたのそういう鋭いとこ可愛くない…。なんて言いながら美奈はそそくさと自分のベッドに戻った。

「…二人とも素直じゃないんだから。」





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「くぁー、眠い。眠すぎる。お腹も減った。」

そう言って咲は椅子の背もたれにふんぞり返る。

「うっさいわ。晩飯食っただろ…。それ以上太る気か?」

「あんたの方がうっさい。小学校の頃はもうちょっと太ってたあんたに言われたくない。」

うっ、と航介は言葉をつまらせた。


そこに、扉が開く音がした。


「こんばんわー」

ニヤニヤ笑いながら美奈が入ってきた。

「あんた達、まだやってんの?もう十一時よ?」

「だって量が多いんだよ…zzz」

「こんなの出来んのかな…?って航介⁉︎」

航介ー!っと叫んだところで起きないのはいつも通り。そこでいつもの秘技を使う。

「航介…、起きなかったら投げるよ?」

「プハッ!面白すぎでしょ。毎回懲りずにやるのね、あんた達夫婦は。」

「夫婦じゃないです…。」

そう言いながら咲は投げる構えに入った。

「美奈?さっきの警告、ちゃんと録音した?」

「もちろん。もう慣れましたから。」

美奈はクスクス笑いながらいつものボイスレコーダーをチラリと見せた。

「取り敢えず道場に連れてくわ。」

そう言って咲は航介の椅子を机から引き出し、事務所の隣にある道場までゆっくりと押して行った。

「ってかよく起きないよねー」

小声で美奈は咲に話しかけた。

「いっつもこれだからね。まあ、ストレス発散になって良いんだけど。」

そう話してるうちに道場に辿り着いた。

「さてと、3カウントとって起きなかったら投げるよー」

ってか起きても投げるつもりだけどねー、なんて言いながら咲は3カウント取り始めた。

「threeー,twoー,oneー,z「んあ?って、待って待って待って!」

「無理。投げる。」

「いや、ちょっと待と?」

無理です起きたてホヤホヤです、なんて訴えた航介だがあっさりと大外刈りを食らった。

「今日は一本背負いじゃなくて大外刈りにしてあげたんだからねー。感謝しなさーい。」

「いや、そこ感謝するとこ違うから。」

幾ら何でもそこは感謝出来ないでしょ、と呟きながら美奈は道場の扉へと向かった。

「あんた達夫婦、そろそろ話し合ったら?お互いバレバレよ。」

あと、もうすぐ12時だからねー、と言い残して美奈は道場を後にした。



「美奈が最後言ってたのって何の事?」

「さあ、知らねー。」

「…。」

「…。」

二人の間に沈黙が流れる。

「「あのさ」」

「あ、先に言って良いよ」

「いや、お前先に言えよ」

分かった…。と咲は小声で返事した。

「航介ってその…、将来の事考えてる?」

「え?そうだな、特別議官になって職務を全うしたい。今はそれくらいだな。」

「えと…、結婚とかって考えてるの?」

その質問に航介は戸惑った。なんせ、今の状態で自分の口から『咲と結婚したい』なんて言えないからだ。

「いや、まだ考えてないな。せめて、正式な特別議官になってからだろな、考えるのは。」

(どーしよー!俺、本心と逆の事言ってるよー!)と航介の心の中は大混乱だった。

「航介ってさ、」

昔からだけど、と前置きしてからこう言った。

「私の心、全然読めないよね。」

そう言って咲は走って道場を出た。













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