ラスボスメーカー 第1話

無事にすべてが終わったのは2月の終わり。

この数ヶ月の勉強詰めの時間はなかなかしんどかった。救いなのは俺が勉強をすること自体をそこまで嫌いではないこと。嫌いではないと言っても嫌いな科目もあるがそれは3年になってからは疎遠になっていたから基本的には日々自分の力が伸びているのを感じる過程は悪くない。それはRPGで同じエリアをくるくる回ってレベル上げをするのと同じ感覚だった。レベルが上がるたびにパラメーターが上がっていく。現実世界はそんなに簡単ではないが、今まで勉強時間が単純に足りていなかった分、この数ヶ月はやればやるだけ力がついていったわけだ。

その甲斐もあって俺は無事に受験を終えた。

4月からは地元の大学の工学部で情報系の勉強をすることになる。

ざっくりいうとコンピューターの勉強、だ。

もちろん専門学校にいく、という選択肢もあった。願書を出すギリギリまで考えていたが悩んだ末、4年生大学に行くことに決めた。理由はいくつもあってこれという決定打があるわけではないが総合的に考えてそれがいいだろう、と決めていた。CGをやりたいとかそういった願望があればもしかすると専門学校を選択していたかもしれない。が、俺の場合はもちろんゲームを作りたい、というのがありつつも、ゲームの世界では幅広い技術が必要なことを知っていたからもっとしっかりより深く大学でコンピューターの勉強をしておくのがいいだろう、というのがあり大学を選択した。専門学校を否定するつもりもないが、専門学校のカリキュラムを見る限り自分で本を読んでも学習できる内容、あるいはすでに自分が習得しているんじゃないかと思える内容が多い、と感じたこともひとつだった。つまるところ、何本かゲームをつくってきた俺には正直専門学校のカリキュラムが物足りなく感じてしまったわけだ。

勘違いしてほしくはない。

俺は決して自分のことを高く評価しているわけでもない。

たださらに先に行くには、技術をつけるには専門学校が適当ではない、そう判断したのだった。

と、いろいろあって受験は終わった。

そして杉本、植村も受験が終わっていた。

杉本は実は同じ大学の同じ学科。つまりまた同じ。あいつの場合は情報系しかない、と思っていたようだ。

「プログラム書いてるのは好きだし、向いてないわけじゃないと思うんだよねー。これからもゲームを作るかは別にしてさ、悪くない選択肢っしょ。」

と杉本は言っていた。

一方、植村は実は専門学校に行くことになっていた。イラストの勉強をするらしい。

「普通の大学行って興味ないこと聞いてるよりはイラスト毎日描いてたいなーって思って専門学校にしたんだ。お母さんも行ってた学校だし、そこでいいかな、て決めちゃった。」

植村は成績も良かったから担任にも考え直せ、など言われていたようだったが本人にその気がないこともあり専門学校に決まった。進学校でもあるうちの学校だとそういう類の話(ある程度成績の良い生徒が専門学校に行く、という選択肢をとるということ)は揉めそうなものだが、植村のケースは親の理解もあったからかすんなりことが運んだらしかった。たしかに植村はその方がいいだろう、と俺も思っていた。植村は絵を描いているときが一番輝いている。

そんな受験も終わった2月の終わり。

学校へは来てもいいし来なくてもいい、ということになっていた。もちろん3年生に限ってなわけだが。まだ受験が続いている生徒もいるから授業はなくずっと自習という状態なわけだ。来なくてもいい、と言われても根が真面目なうちの生徒はなんやかんやで受験が終わっていても登校してきている生徒も多かった。

俺もその一人。

そして植村も杉本もそうだった。

「来なくてもいいって言われてもね。やることないし来ちゃうんだよね。」

「そうだな。」

何人か生徒はいるもののがらんとした教室で俺と植村の声はよく通った。

「彩ちゃんの行く専門学校ってどこにあんの?」

杉本が聞いた。

「栄だよ。都会のど真ん中。」

「へーいいね。俺らはちょっと外れてるよね、まあ栄は地下鉄で通るけどさ。」

「ああ、そうだな。」

杉本とはまた学校が同じだから毎日顔をあわせる。植村とはしばらく顔を合わせなくなるんだ、改めてそう思っていた。

「2人となかなか会えなくなっちゃうね。ま、いいけど。」

「え、いいの!?」

そこは嘘でも寂しいとか言えよ、と俺も言いたかった。

「うそうそ、寂しいよ。」

笑いながら植村は言った。

「ご飯くらいはいつでも行けるでしょ、私の学校栄にあるんだしさ。飲みに行こうよ、いつでもメール頂戴。でもあれだねー、さすがにもう一緒にゲーム作るのは難しいかもね。」

「まあ・・・、そうだね。」

「・・・」

どちらかというとそれの方が寂しいか、と感じていた。

「なあ、久しぶりに作ろうか。」

思いつきだったが俺は言った。

「ふふ、それ、私も今言おうと思ってた。」

植村が微笑みながら言った。

「いやいや、俺だって今言おうと思ってたって。」

「うそだー。」

植村が杉本をからかう。「ほんとだって。」と杉本が植村に言い返している。

「久しぶりだなー。ちょっとワクワクしてきたかも。」

「うんうん、久しぶりにガチでやろうよ。」

杉本が嬉しそうに言う。

「ああ、そうだな。どんなのにしようか。」

「うーん・・・、何にも考えてないけどね。」

笑いながら植村が言う。「俺も」と杉本も続いた。

「そりゃそうだよな。」

「でもとりあえずさ、今までで一番面白いのにしようよ、高校生活最後のゲームになるんだしさ。」

今までで、か。

今まで作った物といえば、ランサー、Jewels、ビルダー(3年生の文化祭のときの出し物だ)、あとはちょっとしたミニゲームみたいなものばかりだ。そうするとこの3つを超えるもの、ということになる。

「今まで以上かー。もちろん案はあるんだけどさ、ぶっちゃけ今の俺たちにはまだハードル多いんだよなー。」

「例えばなによ。」

「例えば?例えば・・・、MMO。MMOとか作れたら最高に面白いだろうなーって。でもあれはサーバとかいるじゃん、さすがにね、そもそもお金とかけっこうかかるし難しいよなー。」

「MMOは、・・・そうだね、さすがに無理だね。」

Massively Multiplayer Online、通称MMO。直訳すると大規模多人数型オンラインという感じだろうか。最近ではコンシューマーゲーム機でもネットに繋がりオンライン上のユーザと一緒にゲームを楽しむ機能がついているものも増えてきている。その機能自体は様々で例えば5対5形式のなにかしらのバトルものだったり、もっとシンプルに1対1の格闘ゲームをオンラインで行うものもある。シンプルに、といったが特に格闘ゲームなんてものはコンマ何秒の世界でコマンドを打てるかどうかで勝敗が決まる世界だったりするわけだからそれを支えるネットワーク機能の実装は並大抵のものではない。つまり雑に作られたネットワーク機能だったりするとそれのせいで勝敗が変わったりするわけだ。真剣にやっているプレイヤーからするとそんなゲームは論外だろう。ユーザは離れていく。

そして話を戻してMMOのことだが、MMOは一般的には5対5とか1対1とかそういった規模のネットワークゲームを指してはいない。明確なボーダーがあるわけではないがプレイヤーからみて少なくとも数十人がオンライン上で一緒にプレイできる環境を提供しているゲームのことを指していることが多い。プレイヤーからみると、というのがミソで実はオープンワールド形式のMMOであっても実際にはマップ上にいくつも区切りがあり、それを用いて負荷を分散している。つまりある場所を歩いていると、途中で別のサーバにプレイヤーが気づくことなく接続されている、なんてことがあるということだ。

と、このあたりのことはWeb上で少し調べればわかるわけなんだが、じゃあそれを作ろうとなると話は全く違ってくる。どうシステムを組み上げればいいか検討もつかない、というのが今の俺と杉本の技術、というわけだ。だから「さすがに無理だね」、という話にどうしてもなってしまう。

「まあそうだな、俺も正直そう思う。俺はその辺をどうしても知りたいから大学で情報系の学部選んだわけなんだけど。」

「そうなんだ。」

「ああ、そう。直接そういう講義があるとかではないと思うけど、少なくともその辺の技術の話はでてくるはずだから。それ聞いて、勉強して、いつかMMOとか作ってやる。今は無理だけどな。」

「ほう。なんだなんだ、ちょっとかっこいいじゃん、水原くん。」

「うん、めちゃかっこいいじゃん、それ。さすが水原ちゃんだねー。」

杉本も植村も俺の方を見ている。

「なんだよ。」

「いやいや、いいじゃん、て思っただけだよ、ほんとに。」

「お前らも手伝えよ。」

「ふふ、約束はできないけど、いいよ、とりあえず約束しといたげる。」

「どっちだよ。」

「そっかーじゃあそれまでに私ももっと絵うまくならないとなー。」

「俺も俺も、俺もMMOつくる!」

「当たり前だろ、お前も手伝えよ。」

「え、決まってたの?」

「ああ、決めてた。」

植村が笑っていた。「ほんと自分勝手なんだから」と言っていた。

そんな話をしていたら遅くなってしまいその日はとくにつくるものも決まらず終わってしまった。

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