Jewels 第20話
Jewelsを公開する上でやるべきことはいくつかあった。大きくは3つ。
1つ目はアプリを公開すること。
2つ目はデザインをもう一度見直すこと。
3つ目はゲーム自体のデザインのこと。
3つのうちで1つ目のアプリを公開することについてはやるだけだった。単なる作業、ということだ。一通り終わったら実施する作業、だからやるべきことだが、後でも大丈夫なもの。
肝心なのは残り2つ。
見た目のデザインとゲームそのものデザインのこと。
これは考え出すとけっこう考慮すべきことが多く話がまとまりにくかった。
その根本的な原因は世界に向けてJewelsをリリースする、ということに起因している。
いつの間にそんなでかい話になってるんだ、と思うかもしれないが、これは密かに俺が考えていたことだった。どうせやるなら世界に向けてリリースしたい、と。
そして、Jewelsはいいタイミングかもしれない、と思っていた。
この点について、植村と杉本には何て言われるかなと思っていたら特に異論もなくすんなり受け止めてもらえた。
「けっこう考えなきゃいけないこと多いね。困った困った。」
植村が口を尖らせた。
「ローカライズするわけだからな、そう簡単にはいかない。」
ローカライズ。
俺たちが行おうとしているJewelsを海外でも使用可能なようにする作業のことをいう。ゲーム開発の世界でもよく使われる言葉だ。
とりあえず英語にすればいいんでしょ、と思うかもしれないが、そんなに簡単な話ではない。もちろんローカライズ対象のモノ、サービスによるわけだが、一般的には例えば日本向けの製品内の日本語を英語に変えただけではそのサービスは海外では受け入れられない、またはヒットまでいかないケースが多い。もちろん例外的に単純にそれだけでうまくいくケースもあるだろうが、それはあくまで例外、ということになるだろう。(例えばはじめからグローバルな市場を狙った上でコンセプト作りをしていたサービスだったり。)
つまり、単純に日本語を英語にしただけではローカライズは失敗、ということになる。
いや、そうなる可能性が高い、ということか。
「そういやスマッシュヒーローズさ、中国で出たけど、イマイチだったみたいだしねー。ほんと難しいんだな、海外でもうけるゲーム作るのって。」
杉本が言った。
スマッシュヒーローズ。
スマッシュヒーローズは大手ゲーム会社がリリースしていたスマートフォン向けマルチ対戦型ゲームだ。日本ではCMを見ない日はない、というくらいヒットしているアプリだのひとつだ。
ゲーム内容はいたって単純。
ビリヤード+ソーシャルゲームのゲームサイクル、というとわかりやすいだろうか。
プレイヤーは好みのキャラクターを育成し強化し、そのキャラクターをメインゲーム画面の中で操作しボスキャラクターを攻撃していく。プレイヤーがする操作はビリヤードのようにどの方向にどれくらいの強さで打ち、敵に攻撃を与えるか、というだけ。
単純明快。
そしてもうひとつ。
忘れてはいけないスマッシュヒーローズのコア機能がある。
マルチ対戦だ。
4人同時対戦。
これがプレイヤーを惹きつける一番のポイントなのかもしれない。
みんなでゲームやろう、というのがスマッシュヒーローズの開発会社がユーザにアピールしている点のようだった。少なくともテレビCMを見る限り俺はそう感じた。セールスポイントなのだろう。そして実際にスマッシュヒーローズは友人とゲームをする楽しさを知らなかった中学生、高校生、そして対戦ゲームの楽しさを忘れていた社会人、あるいは対戦ゲームがもともと好きな中学生、高校生、社会人から絶大な支持を得ていた。
そしてまたここがスマッシュヒーローズのうまいところなのだが、友人と協力をしないと有利に進めないクエストが多数存在していたのだ。
そうすると、だ。
クエストをクリアしたいプレイヤーが起点となって新規プレイヤーがネズミ算式に増えていく。
「スマッシュヒーローズ一緒にやらない?」
「スマッシュヒーローズ一緒にやろうぜ!」
「これめっちゃ面白いからさ、一緒にやろう!」
こんな感じだろうか。そして同時にこういうことにもなる。
「みんな何やってんの?え?スマッシュヒーローズ?」
「みんなスマッシュヒーローズやってんだ、やっぱそれ面白いの?」
「みんなやってんなら俺もスマッシュヒーローズやるかー。」
こうなってくる。
もちろん、コンシューマーゲーム機でもそういった対戦機能を売りにするゲームは数多い。ただいかんせんコンシューマーゲームの場合はそのハードを持っていることが前提条件になる。
そうすると。一緒にプレイする仲間、友人を増やすのにそのハードルを越える必要がある。まさかハードも新規に購入して一緒にプレイしよう、なんてのは言えない。
その点、スマートフォンはそのハードルは低かった。
ハード(スマートフォン)は持っている。
ゲームは基本プレイ無料。
つまり、
「試しにスマッシュヒーローズやってみるか。」
「ちょっとだけスマッシュヒーローズやってみるか」
「無料ならスマッシュヒーローズやってみるか」
となるわけだ。
その結果。スマッシュヒーローズのようなゲームは比例級数的にユーザ数を増やしていく。
どこまで開発会社が狙っていたのか、たまたま時代が追いついた結果なのかはわからない。
ただ。
スマートフォンを使って友人とゲームをする。とくにリアルの友人とゲームをする、という文化を作ったのは間違いなくスマッシュヒーローズだった。
スマッシュヒーローズはスマートフォンをリアルの友人とゲームをするためのデバイスとしたわけだ。それは、それまでのスマートフォン向けゲームではないアプローチだった。
つまるところ。
スマッシュヒーローズの魅力はそのシンプルなゲーム性とマルチ対戦なのだ。
この2軸が高いレベルで組み合わさることでスマッシュヒーローズは国内では向かうところ敵なし、文句無しのスマートフォン向けゲームトップという地位を得ていた。
というのが、日本国内での状況。
そうなってくると。
ローカライズを、という話が当然でてくるんだろう。
大手の企業なのだからしっかりと対策をたてローカライズを実施し中国市場にスマッシュヒーローズはリリースされたはずだ。そしてリリースされたのは今年の夏。
だが。聞くところによるとスマッシュヒーローズは中国市場で苦戦しているらしかった。
「なにが原因なのかとかはいろいろ話題になってるけどさ、スマッシュヒーローズほどの完成されたゲームでさえローカライズには苦戦するってことだよな。」
杉本のいう通りでとりあえずのローカライズは失敗する可能性が高い。俺もそこには同感だった。
俺は解決策が見つからずうなっている2人を見ながら言った。
「でもさ、Jewelsってもっと簡単なゲームだからさ、なんかやり方あると思うんだよな。そもそも、もっとシンプルに考えていいと思ってて・・・。」
俺は文化祭で使ったJewelsをG-engine上で起動して2人に実行画面を見せながら続けた。
「まずアプリなんだけど、これよく見るとほとんど言葉でてこないんだよね。」
俺はアプリ起動から宝箱を探すための探索画面までをG-engine上の実行画面をマウスでクリックしながら話した。そこにはドラゴンボールにでてくるドラゴンレーダーのようなUIとシンプルなゲーム起動画面しかない。もちろん他にも設定画面などはあったが、ゲームに必要なメインの画面はこれだけだ。
「もしかして私、考えすぎ・・・なのかな?」
植村が首をかしげながら言った。
「いやいや、水原ちゃん、そりゃそうなんだけどさ・・・。ゲームのルール説明とかどうすんだよ。それはさすがにローカライズいるだろ?」
「もちろん、そこはいるよ。だけどアプリに限って言えばもうそれだけなんじゃないか、って思ってて。だから植村に頑張ってもらって今日本語になっている箇所をアイコンに変えていくとか誰がみてもわかりやすいUIに変更していくっていうのをすればアプリの方は終わりかなってこと。」
「ユニバーサルデザインってことだよね。」
何度か頷きならが納得した、という植村。だが杉本はまだ納得していないようで腕を組み、考え込んでいる。
「杉本。あれだよ、アプリはプレイヤーが使うだけだからそれでいいんだ。俺が言ってるのはそこなんだよ。」
「あ・・・。そっか。」
杉本は少し気づいた様子だった。
「そっかそっか、だめだ俺ちょっと勘違いしてたわ。アプリにすべて入れ込まないと、って思い込んでた。そうすると確かに水原ちゃんのいう通りかもしれない。」
「ああ。だから次はゲームマスター向けっていうのかな、運営者向けの資料を作るようにした方がいいかなって。それはしっかり英語でかかないとな。」
「そうだね。英語はなんか適当に翻訳しながらするとして、話変わるんだけど、ストーリーさ、元に戻さない?宝探しってことにした方が受け入れられると思うんだよね、勾玉とか神社ってさ確かにそれでもいいんだけどピンとこないかもしれない気がしない?」
「うーん・・・。まあそうかもな。」
「一番はじめの宝探しゲームにコンセプトを戻す、ていうことだよな?」
「うん、そう。その方がわかりやすいでしょ。宝探しってさ、例えば映画とかでもよくあるよね、だから世界共通で通じるものなんじゃないかな、て思うんだ。」
植村の言うことも一理ある。Jewelsを今のまますべて英語にしてもいいがそのときに神社やら勾玉やらをそのまま世界観、ストーリーとして含めていって果たしてそれが受け入れてもらえるのか正直よくわからない。普通なら、普通ならというか企業としてサービスをリリースするときはこういうときにマーケティング調査をしていろいろ調べるんだろうが俺たちの場合はそのあたりは出たとこ勝負だ。勘でいくしかない。
「そうだな。そうしようか。はじめの設定に戻そう。」
「いいのか?水原ちゃん。」
「ん?」
「いや、責めてるとかではなくてさ、念のためもう一度聞いてるだけだよ。リリースしちゃったらさすがにそこは変えれないだろうしさ。」
「ああ。正直言うと根拠もないし、自信はないけど、宝探しっていう設定が万国共通でわかりやすい、てのはあると思う。少なくとも神社だとかそういった設定をつらつら伝えるよりはどんなゲームか真っ直ぐに伝えられるのは確かだと思うんだ。」
「そうだな、オッケー、じゃあそうしよ。」
「うん、じゃあその方向でちょっとデザイン修正が必要そうなところ洗い出してみるよ。」
「ああ。頼むよ。」
方向性は決まった。あとは作業を粛々と進めるだけ。リリースしてどんな反応があるか楽しみだが、星の数ほどあるサービスの中でJewelsがプロモーションもなく突然リリースされても埋もれていくのが現実。それは理解している。が、もしかしたら、なんてことを期待してしまう。もしかしたらどうなんだ、という話だが別に何を期待しているわけでもなく「Jewels面白いじゃん。」、て誰かに言われればそれでいい。次のゲームをつくるちょっとした励みになれば、そう思っていた。
「水原くん、倦怠期は終わったみたいだね。」
帰り際に植村が言った。
「なになに、倦怠期ってなんの話?」
「なんでもないよ、じゃあまたな。」
杉本の言葉を無視して俺は2人に言った。「ふふ、じゃあねー。」と植村は言って帰っていった。
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