Jewels 第18話
水原ショック。あの朝礼での出来事を一部ではそう呼んでいるらしい。俺としてはそんなに大それたことをしたつもりはなかったんだが。
俺としては、というのがまず間違っているんだろう。
アインシュタインの言葉でこんなのがある。
常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う。
そういうことだろう。
もちろんまだ俺は18歳ではない。でも今まで生きてきた中でもうけっこうなコレクションを作っているということ。偏ったコレクション。そういうつもりはないがそうかもしれない。
つまり。
俺の偏見のコレクションに従うと、あの朝礼でのことは大したことではないのだ。アインシュタインの言葉でいうなら俺は俺が今まで作ってきた偏見のコレクションに従ったまで、ということ。ただ、その偏見のコレクションはこの学校にいる生徒、教師陣とかなり異なっているようで、それがもとに水原ショック、なんてことになっているのだろう。そう俺は理解していた。
「水原くん、急に有名人になったよね。」
「そうみたいだな。最近よく声かけられるよ。」
「いいじゃん、友達増えたでしょ。」
「友達っていうか顔知ってるやつが増えただけかな。」
冷やかしをいうやつもいるし。いろいろだった。
「さてさて。で、どうしようね。」
「ん?」
「ん?じゃなくてさ、公開するんだからどうしようね、ていう話。」
「ああ。そうだったな。」
「あれ?」
植村が俺の顔を覗き込む。
「なんだよ。」
「いや、珍しくあんまり勢いを感じないな、って思って。もしかして実はあんまり乗り気じゃない感じ?」
「あ、いや別に・・・。」
顔に書いてあるのか、そう思うくらい図星だった。
「ふーん。あれかな、ちょっとスランプ的な?」
「スランプとかじゃないよ、別に。ただ・・・。」
「ただ?」
「イマイチやる気になれてないだけ、かな。」
植村の方を見ては言えなかった。見るでもなく教室の前方、教壇のある方を見ながら言った。
「ほら、スランプじゃん。」
「いや、スランプっていうか・・・。」
「ふふ。」
植村が微笑みながら俺を見ている。
「え、なに?」
「いいんじゃない、別に。ちょっと休みながらやったら。多分あれだね、燃え尽きたんだよ文化祭で。」
「そういうことかな。」
「そうじゃない?だってあんなに追い込まれてやっててさ、突然日常に戻ると力抜けすぎて調子狂わない?多分そうだよ。」
「まあ・・・。そうかな。」
「うん、そうだよ、多分。私もね、けっこうあるんだー、そういうこと。」
植村は手に持っているペンをくるくる回しながら言った。
「私、絵描くの好きなんだけどね、すごくたまに、ほんとたまになんだけど、描きたくない時があるんだ。なんでかわかんないけどね。それでね、それはほんと突然やってきて、気づくとどっかいっちゃうんだ。」
「気づくとどっか行っちゃう?それまでどうしてんの?」
「え、なんにもしないよ。」
「なんにも?」
「うん、なんにも。まあ、なんにもっていうか絵は描かない、ていう方が正しいかな。」
「ふーん。」
「前はそういうときも描いてたんだけどね、今はそういうときがきたら積極的には描かないようにしてる。だってそういうときに絵描くのって全然面白くないんだもん。ちょっと前まであんなに楽しかったのが嘘みたいにね。ほんと不思議。」
ペン回しを止め植村はノートにJewelsという文字のレタリングをはじめていた。
「そういうときって不安にならない?」
「不安?絵を描いてないことに対して?」
「ああ。俺は絵を描かないからよくわからないけど、描いてなかったらさすがに下手にはなってくんだろ?」
「うーん。まあ確かに勘は鈍るのかなー。そう確かに、前は水原くんの言うようにそういうときに無理やり描いてたんだよね。不安だったからなのかな。でもね、やっぱりどうしてもそういうときってやればやるほど辛いし、楽しくないし、すごい悪循環するんだよね。それでね、まあ、私の場合はたまたまだったんだけど、たまたまテスト期間になってね、絵を描くことからしばらく離れたんだ。離れたっていうか離れざるを得なかった、てだけなんだけど。それでテスト勉強に必死になって、テストが終わって、終わった終わったー、て思ってたらふと絵が描きたくなったんだよね。」
「なんだよそれ。」
「そう、そう思うじゃん。でもほんとなのこれ。だからね、私そのときになるほど、て気づいたんだ。描きたくないときは描かないほうがいいんだ、ってね。それから私は描きたくないときにはかかないようにしてる。」
「ふーん。なるほどね。」
「参考になった?」
「まあ・・・。ありがとう。スランプがなんなのかはよくわからないけど、そういうのをスランプっていうのかもな。」
「私は"倦怠期"っていってる。」
それはちょっと違う気がするが、ここのところJewelsの公開、というやるべきことがあるはずなのにやる気がでないという状況なのは確かだった。植村のいう倦怠期なのかもしれない。
俺はひとまず植村のいう通り気長に焦らずやる気になるのを待つことにした。
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