Jewels 第10話

翌日。

前日に引き続き俺たちは補習後にトレジャークルーズの話をしていた。

今日の焦点は世界観。

前日のお試し版トレジャークルーズをやって思ったこと。それはゲームの世界に入りきれない、入るのに時間がかかる、という問題点だった。これは解決したい、というか解決すべき問題だった。それを解決することでやり方次第ではゲームを何倍も面白くすることだってできる。そう思っていた。

「例えば、宝箱を探す理由、そのストーリーをつくるとかしたほうがいいと思うんだ。昨日の植村のゲーム開始の合図、植村は、"いってらっしゃい"、て言っただろ?それでも伝わるけど言い方を工夫するだけでゲームの世界観を伝えることにつながるはずなんだ。」

「いってらっしゃいませ、ご主人様、がいいってこと?」

メイドカフェっぽく植村が言った。変にうまかったから逆にこっちが照れる。

「いや・・・、まあそういうノリでもあるかな。つまり、"いってらっしゃいませ、ご主人様"て植村が言うだけでメイドの役を演じているんだ、て見てる人は想像できるだろ?その一言でゲームの世界を伝えられていると思うんだ。」

「ああ、なるほど。言われてみればそうだね。格好もメイドっぽくしてたら尚更だよね。」

「ああ、そういうこと。」

「あれだな、遊園地とかの感じだよな。すげーくさい芝居だけどそれやってくれてるだけで世界観が伝わって来る、ていう。」

そう、そういうことだ。くさくてもいい、下手でもいい、でもゲームの世界を伝えることをしたほうがこのゲームは盛り上がるはずだった。杉本が続けた。

「だとするとさ、やっぱ学校でやってるからそれをある程度活かす、ってのがいいと思うんだよなー、素直に考えるとさ。」

「ああ、そうだな。俺もそうしたほうが参加してくれる人にそこまで無理な想像させないから世界に入りやすいはず。」

「だよねー、つまり、学校っぽい宝探し、てなるけど・・・。いやいやいや、全然思いつかねー。」

「まあそうだよな。」

「ねえねえねえ、例えばさ、宝探しとはちょっとずれるんだけどさ。」

植村が話し始めた。

「うちの学校のあった場所には昔、大きな神社があって神様が祀られていた、とするじゃん。でね、ある生徒がほんの出来心でその神様を怒らせてしまう何かをしてしまった、と。そしてそれに怒った神様は学校に呪いをかけ始めた、でそれを鎮めるために昔の神社に祀られていた勾玉的ななにかをあつめてきて神様を鎮めよう、学校を救おう、ていうストーリーはどうかな?ベタだけどさ、でもだからこそわかりやすいんじゃないかな?」

ぷっ、と俺も杉本も笑ってしまった。

「あ、ちょっと、なんで笑うのよ。けっこう真剣だよー私。」

「いや、わるいわるい。いいと思う、その話。確かにわかりやすいし。」

「うんうん、俺もいいと思う。ちょっと怖い感じもするしさ、神社とか勾玉ってだけでちょっとだけ不気味でマジで神社あったの?て思う人もいるかもね。俺ちょっと信じちゃいそうだし。」

「たぶん神様を怒らせた生徒は杉本くんみたいな子なんだよ。」

「そうだな、俺もそんな気がする。」

「ちょっとちょっと、2人ともひどいなー。」

杉本が不服そうな顔をした。

「オッケー、じゃあ世界観はそんな感じでいこうか。」

「細かいストーリーはどうする、水原くん。」

「ああ、そうだな、今回はちゃんと作ったほうがいいだろうな、ランサーの時と違って。」

ランサーには世界観はあったがストーリー(あるといえばあるが、たいしたものではなかった)というものはなかったが、世界観はある程度設定していた。俺たちのいう世界観とはつまりはゲームの世界のバックグラウンドのことだった。いつの時代の話なのか、どういう生物が生きていてその中で主人公たちはどういった生活をしているのか、など具体的にドラマ、ストーリーが展開していくための舞台、設定、そういったもの全般のことだ。もちろん、それらはすべてゲーム内で説明されるわけではない。説明されるわけではないが、世界観がはっきりしていないとストーリーがちぐはぐになったり、深みがないストーリーになる。キャラクターが魅力的だったら大丈夫だろう、という人もいるかもしれないが、そもそもキャラクターはその世界で生きているわけだから世界観があやふやな中でそのキャラクターがいかに魅力的でもその世界でそのキャラクターは死んでしまうだろう。まあ、そもそも世界観がなくてキャラクターが生まれる、というのがあるのか俺にはよくわからないが、物語の作り方にルールなんてないだろうからそういう物語の作り方もあるのかもしれない。

つまるところ、だ。

つまりは世界観というのは非常に大事なファクターだということ。

そしてストーリーはその世界観の中での物語なわけだ。

ランサーにはキャラクターが数人キャラクターが登場する。登場するが彼らが話をするシーンというのは特にない。さらわれたお姫様を助けにいく、というのが主人公キャラクターの役割なのだからそれもストーリーといえばストーリーだが、それで終わり、だ。お姫様がさらわれた、主人公が助けに行くと決心する、冒険をしながら助けに行く、ボスと戦ってお姫様を助けた、ハッピーエンド。これがランサーのストーリー。ストーリーというにはあまりにも寂しい。だから特にどこかに書き起こしているわけでもなく、ユーザにもそれを伝えているわけでもない。

ただ、今回のこの宝探しゲームに関してはストーリーを作ったほうがゲーム全体にまとまりもでるはずだ。そう考えていた。

「そうだな、植村、一回ストーリー書いてみてくれる?さっきので大丈夫だからさ。」

「え、私!?」

うそでしょ、と言わんばかりの表情をする植村。

「ああ、さっきので大丈夫なんだ。でもそこにもう少し具体的に、例えば神社の名前とか事件を起こした生徒の名前とか、その生徒がなぜそんなことをしたのか、ていうのを付け加えて欲しいんだ。短くていい。」

「うーん・・・。わかった、とりあえずやってみるね、でも不安だから水原くんあとで見てよね。」

「ああ、もちろん。」

「うん、お願いします。で、ごめん、えっと、作らないといけないストーリーは、ある生徒が起こした事件の日のストーリーと、神社そのもののストーリー、てこと?」

「ああ、そんなところだな。それと、その生徒のストーリーみたいなのも欲しいな。なんでそれをすることになったのか、ていう。」

「例えば罰ゲームで、とかそういうことのこと?」

「そうだな、そういうこと。そのあたりまで掘り下げてストーリーがあればいいな。」

「うんうん、わかった、やってみる。ほんとに好きに書くからあとでちゃんとみてね、水原くん。」

「大丈夫、大丈夫、ちゃんとみるから。よろしく頼むよ。」

「はーい。」

「あとはさ、やっぱ衣装とかでしょ。」

杉本が言った。

「そうだな、衣装と・・・、教室をどうするか、だな。」

「衣装はさ、やっぱ巫女さんでしょーそれ以外ないし。」

「まあ、そうだな。ただ用意できるかが問題だな。」

「巫女さんの格好したいしたい!」

植村が嬉しそうに言った。うちのクラスの植村ファンには堪らないだろう。

「それじゃあ衣装は巫女さんかな、杉本、調べといてくれよ。ただ、あんまり高いのはダメだからな。」

「とはいえけっこう値段しそうだよ、水原ちゃん。」

「まあ、な。」

「あ、弓道部に借りたら?あの、弓道着っていうのかな、あれあれ、ちょっと黒いけどさ。」

植村が言った。確かに雰囲気は似ている。

「そうだな。最悪それでなんとかするか。色は違うとはいえ学生服でやるよりはだいぶマシだからな。」

「よし、んじゃとりあえず探しとくよ巫女さんの衣装。」

「ああ、頼むよ。」

俺はノートにメモをした。ストーリーは植村、衣装は杉本、と。

「じゃあ、そうだな、俺は教室の方なんか考えとくよ。おそらく教室でゲームの案内とかなにかしらをすることになると思うし。世界観を壊さないような雰囲気になるようにする。」

「そうだねー、教室しか展示場所ないからね、ここをなんとかいい感じにしないとね。」

植村はくるりと教室を見回しながら言った。

「けっこう大変だと思うし何かあったら手伝うからいつでも相談してね。」

「ああ、ありがとう。」

それぞれの宿題を決め打ち合わせは終わりにした。


帰り道。

植村と一緒に帰っていた。

「楽しみだねー。」

「え?なにが?」

「もう、なにがって文化祭に決まってるでしょ。」

「ああ、文化祭ね。そうだな、俺も楽しみになってきた。はじめはどうなるかと思ったけどな。」

「うん、私も思い切ってホームルームで提案してよかった。」

植村が微笑みながら言った。

「けっこう迷ったんだよ、水原くん怒るかなーとか、ね。」

てっきり思いつきで言ったものだと思っていた。

「ああ、あれね。まあ、たしかに驚いたけど。」

「でも、言ってよかったよ。水原くんならなんとかしてくれる気がしてたんだ、私の勘、当たったね。イエイ。」

植村が俺に向かってピースサインをした。

「そう思ってくれてるんなら嬉しい。正直、うまくやれてるかあまり自信ないしな。」

「そうなの?ばっちりだよ。」

「ありがとう。でもさ、もっとうまくやれるんじゃないか、てよく思うんだよね。今だって結局植村と杉本と俺のいつもの3人だけでやってるようなもんだろ?文化祭なんだからもっとクラスのみんなとうまくやっていかないとダメなんじゃないか、て思うんだ。」

「そういうことか・・・。でもさ、でもだよ、私は水原くんはうまくやれてると思うよ。これはほんとに、ね。」

俺の目を見て植村が言った。

「ああ、ありがとう、それはありがたい。」

「でも一方で、ね、たしかにそれはそれでそうだな、とも思うな。もっとうまくみんなでやれないか、てことだよね。一体感がない、とかそういうことだよね。」

「ああ、そうだな、そういうことだと思う。だから・・・、それはつまり俺がもっとリーダーらしく、引っ張らなきゃダメなんじゃないか、とか思うんだよね。俺さ、よく考えるとそういうのやったことないな、て。もちろん中学のときとかにはなんとか委員長とかやったりはしたけど、所詮そんなのは学校の先生が決めた役割をこなすだけのもんだろ?だからさ、そういうんじゃなくて、なんかこう、チームを引っ張る、みたいなことって経験してないだよな。中学のときも水泳部だし、どっちかというと水泳も個人スポーツだったから。」

「ふーん・・・。」

植村が急に黙った。

「え、なに。なんかまずいこと言った、俺。」

「ううん、違うよ。水原くん、けっこういろいろ考えてるんだな、って思って。ちょっとビックリした。普段そんなこと話さないからさ。」

たしかにそうだった。最近考えていたことをつい話してしまった。

「あ、いや、別にいつも考えてるわけじゃないよ、最近いろいろ考えてんだよ、俺なりに。」

ふふ、と植村が笑った。

「なんだよ。」

「ちがうちがう、笑ったんじゃないよ。頼りになるなーて思っただけ。」

「なんだよそれ。」

「水原くんさ、トレジャークルーズの話を一番初めにしたとき覚えてる?ホームルームでしたやつ。」

「ああ、覚えてるよ。それが?」

「あのときの水原くん、ほんとすごかったんだよ、知ってる?あれ見て密かに水原くんのこと好きになった子とかけっこういるんだよ。」

初耳だ、やってるこっちは緊張を隠すのに必死だったんだが。

「そうなんだ。」

「それだけ?もう冷たいなー。あれだね、彼女とか作ったらその冷たいところもちょっとは治るんじゃないかな?」

「うるせーな。ほっとけよ。」

「照れちゃってー。でもほんとにかっこよかったんだからね、あれ。だから大丈夫だと思うんだ、私。あれ見て、クラスのみんなは水原くんについていこう、て思ったと思うよ。水原くんが本気でやろうとしてることが伝わったから。だから、そんなに考えないでいいからね、今のままで大丈夫だから。まあ、もしやばそうだったら私と杉本くんもいるしさ、なんとかなるよ。安心して。」

「ああ。悪い、ありがとう。」

「うん。」


それから。

何度かの打ち合わせを経て俺たちはさらにゲームの詳細を詰めていった。

そして、トレジャークルーズはJewelsジュエルズ、という名称に変わった。

勾玉を英語でいうとJewels。

リリース前にゲームの名前が変わることはよくあることだ。

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