ランサー 第7話

夏休みがはじまって1週間が過ぎた。

俺たちはG-engineの勉強をしつつ連日ゲームの詳細な仕様決めをしていた。

「画面遷移についてなんだけど・・・」

俺は昨夜ノートにまとめておいたページを開き机の上においた。

「だいたいこんなところだと思うんだ。」

杉本は俺の書いた画面遷移図をみる。ゲームスタートの開始画面、ステージ時選択画面、メインとなるゲーム画面、ゲーム結果画面、オプション画面とそれぞれのつながりを示したイメージ図をまとめていた。

「なるほどなるほど、まずプレイヤーはステージを選んで、それで画面タッチで進行方向を選んで進んでいくと。で・・・。」

杉本が話すのを止めた。

「どうかしたか?」

「んー・・・、水原ちゃん。ここなんだけどさ、ステージはどうやって選択してもらう?」

杉本はノートに書かれたステージ選択画面のイメージ図を指差しながら言った。

「どうっていうのは?」

「あー、つまり、ステージ選択画面ももちろんあっていいし、その方が楽しいのもわかるんだけど、逆にステージ選択画面なしってのもありかもなー、ていう。」

「ああ、なるほど。まあ、それもそうだな・・・。」

杉本の言うことも一理ある。それはそれでコンパクトにまとまったゲームになって悪くない気がした。

「てか、そもそもの話なんだけどさー・・・」

杉本はがしがしと頭を掻いた。

「ステージの絵っていっぱい用意できるんかな?」

「それは俺も心配してた。」

「だよねー・・・。あー、くっそ。わかってたけどやっぱり簡単じゃねーなゲーム作るの。」

俺と杉本は絵を描けない。描いてもいいがそこに時間を使うのはもったいない、というのと多分お互い要求するだろうクオリティの絵を仕上げることはできないことが予想された。

イラスト、デザイン、その他ゲーム内で使用するボタンなどの画像関係の素材。これらをどう用意してくるか。

「ネットから探せばいくつかは見つかるはず。でもイメージに合うものがちゃんと見つけられるかもわからないしな。そうすると・・・。できるだけ絵は少なくても大丈夫なように設計したほうがいいかもな。」

俺は独り言のように言った。じゃあ具体的にどうするのか、俺は考え始めた。手に持っているペンをくるくると回しながら考えをめぐらす。

「例えば・・・。」

回しているペンを止めて俺はノートの端にステージの画面イメージを描きながら続けた。

「ステージの絵は一つで使い回すけど、タイトル画面で難易度だけ違うステージを選択できる。絵は同じだけど難易度は違う、ていう。」

俺がノートの端に描いた画面イメージを見ながら杉本は、

「それ・・・いいね、水原ちゃん。」

何度か頷きながら続ける。

「うん、それありだ、悪くない。つまり、難易度は敵の強さとかを調整すればいいってことだよね。」

「ああ、そうなるな。」

「いいよいいよ。オッケー、じゃあステージ選択画面はそんな感じで決まりっと。」

杉本は俺の描いた下手くそな画面イメージ図に印をつけた。またあとでまとめるために一応印をつけたのだろう。

「それで・・・、うん、画面遷移は俺もこんなんでいいと思うな。他になんかいる?」

「いや、こんなところだろう。」

「うんうん、じゃ、これで画面遷移は終わりっと。そうすっと、次は詳細な画面の話をするわけだよね、といっても・・・」

杉本は新しいページを開いた。

「タイトル、結果画面、オプション画面なんてだいたいイメージこんなんだよね。」

杉本はさらさらと画面イメージを書き出した。

タイトル画面にはゲームタイトルと開始ボタン、難易度選択ボタンを配置し、結果画面にはスコア情報、そしてゲームのコンティニューボタン、オプション画面は設定可能な情報を羅列する。各画面での伝えたい情報は俺とほぼ同じだった。

「ああ。そんな感じだな。細かいところはまあメインゲーム次第、ってとこか。」

「そうそう、そうなるよね。それでさ、メインゲームの話なんだけど。」

杉本は自分のスマートフォンを取り出し、"ウィンドダッシュ"を起動した。

「水原ちゃん、これやった?ウィンドダッシュ。」

ウィンドダッシュ。スマートフォン向けの横スクロール型のアクションゲームだ。ゲーム自体はリテラシーの低いユーザでも楽しめるように非常に単純になっていて、よくわからずゲームを開始してもとりあえず楽しめるような作りになっている。一方でリテラシーの高いユーザにとってもやり込み要素は提供しており、タイムアタックやキャラの育成要素、友人間でのランキングなど様々ある。

「これさ、ゲーム自体は正直簡単なんだよね、ほんと楽勝。ぽちぽちやってたら、いつの間にか俺つえー、って感じ。でもやっぱよくできてんだよね、隙間時間をねらってやらせるところとかね。」

スマートフォン向けのゲームはウィンドダッシュのように全体的に隙間時間を狙っているものが多い。通勤時間、お昼休み、就寝前、なんらかの待ち時間などそういうったちょっとした手持ち無沙汰な時間に手軽にサクッと楽しめる時間を提供するようゲーム設計がされている。ウィンドダッシュもそうだった。

「それでさ、俺はいま作ってるゲームもウィンドダッシュ参考にしたほうがいいと思うんだよね。目指してるゲーム性は似てるよね、てか多分だいたい同じになっちゃうと思う。」

「まあな。」

「だからさ、ウィンドダッシュを分析して俺たちなりのウィンドダッシュをつくろうよ。」

「パクる、てことだろ。」

「水原ちゃん言い方きついよー、オマージュだってオマージュ。ウィンドダッシュは素直にすごいゲームだって俺リスペクトしてるよ。」

「まあ、そうだな。お前の言うことは一理ある。じゃあどうする、俺たちなりに、ていうのをどう表現するか、だな。」

「そう、それでなんだけどさ。もっとシンプルにしたらどうかな。」

「もっと?」

ウィンドダッシュは十分シンプルなゲーム、そう理解していた俺は思わず杉本をみる。

「そうそう、もっとシンプルに。ウィンドダッシュってさやっぱり大手が作ったゲームじゃん。だから売り上げも出さなきゃいけないし、色んな人に面白いって思ってもらわないといけない。でも俺たちはいいんだよ別に。」

「一部の人に楽しんでもらえさえすれば、てことか?」

「そう!さすが水原ちゃん!理解早いねー。」

「・・・。」

「ウィンドダッシュってさ、もう2年近くやってるゲームてのもあって、機能追加とかアイテム追加とか色々あってけっこう中身むちゃくちゃなんだよね。まあ2年もやれば仕方ないんだけどさー。」

ウィンドダッシュはスマートフォンのゲーム市場が盛り上がり始めた頃からあったゲームだ。コンシューマーゲームのように買い切りタイプのものではなく、継続的に新規アイテム、機能追加にともなうアプリのバージョンアップがある。もちろん過去のバージョンよりも洗練されてグレードアップしている機能もあるが、機能が増えればどうしてもゲーム自体は複雑になり、そしてゲームバランスは崩壊しやすくなる。そのあたりをどうコントロールしてユーザにゲームプレイ環境を継続して提供していくかがゲームを提供する会社、つまりは運営の腕の見せ所というわけだ。

「ああ。正直、うまくやってる方だと思うけどな俺は。」

「うん、そうだね俺もそう思う。でもわかりにくくなってきてるのは事実かな。」

「まあそうだな。」

俺は自分のスマートフォンで起動したウィンドダッシュを見ながら言った。俺はゲームをやる方だからいいが、確かにゲームに慣れていないユーザだったらこれをどう思うのか。よくわからない、といわれても仕方ないか。

「わかりにくくなってる原因ってなんだろな。」

「うーん・・・。まあ色々あるとは思うけど、俺はキャラだと思うんだよね。」

「キャラ?プレイヤーが操作するやつか?」

「そうそう、ウィンドダッシュ自体ははじめは初期キャラでゲームプレイしてればいいんだけどそれだと段々ステージクリアするのが難しくなるんだよね。」

「そりゃそうだろ、そういうゲーム性なんだから。」

「そう、そこなんだって。俺は勝手にそういうゲーム性を期待してるけど、そうじゃない人もいるって。だからそういうのなしでさ、キャラは一体にして、やればやるほどキャラがレベルアップしていくていうのにしない?」

「・・・。大手はそういうの作らない、というよりは作っても売れないから作らないか。まあ確かに俺らしかそんなの作らないよな。」

「そうそう、どうせやるならさ、そうしようよ。てかまあそれしかできないとも思ってるけどね。」

ははは、と杉本は笑った。

大手にはできないから俺たちがやろう、と体のいいことを言っているが単に大手と同じことは俺たちにはできないのも事実。とはいえやるからにはいいものを作りたい。

「そうだな。わかったそれでいこうか。」

そしてその日はゲームに必要だろうパラメーターの洗い出しまで完了したのだった。

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