第2話 脱出
王族の世継ぎとして生まれ、侍女の尻尾を追いかけたり、異世界の豪華な食事が口に合わないでちょっと
それで、王城にある図書室のようなところに
あとは、腕の良い剣士から剣術を学ぶ。
なにせ王家だ。正当継承者だ。指導力のある師匠には事欠かないだろう。
で、順調に成長を重ねていく。
ある程度力を付けたところで本来の目的のための行動を起こす。
七つ目の鍵を探す、俺と同じくこの世界に転生したはずの
そのために、適当な理由を付けて旅に出る。大勢の部下を引き連れて。
少数精鋭の気の許せる同年代の仲間を連れていくのもいいかもしれない。
なんて未来予想を描いていたのだが……。
よちよち歩きができるようになった頃だった。
このころになると食事もミルクではなくパン粥のようなものがメーンになっていた。
個人的にはほんのり甘くてまあある程度は好みの味だったパン粥。
それが、富めるものに与えられた特別なものだったことを知るのは後の話だ。
ある日の夜中。
妙な空気に俺は目を覚ました。何者かにそっと抱き上げられる。
暗くて誰だかわからないが、その匂いや感触から女性ではないと想像する。
「トール殿下、失礼いたします」
そう告げる声に聞き覚えはあった。
ゴダードという名の老騎士。
暇なのか、よく遊びに来てくれて退屈しのぎの相手にちょうど良かったおじいちゃんだ。
ゴダードは着ぐるみごと俺を
これって……? こんな夜中に? えっ? ……誘拐?
まさか?
城の警備どうなってんの?
ゴダードは俺を抱いたまま、物音を立てないように静かに、それだけど急ぎ足で城内を走る。
途中で何人かとすれ違ったが、誰も見とがめることはなかった。
そればかりか、すれ違う兵士たちはゴダードになにか小難しい言葉を掛けてくる。
いくつかは聞き取れた。
『幸運を』とか『どうか御無事で』みたいな意味だ。剣呑な雰囲気に支配されている。
遠くのほうで怒号や金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。
争いの余波なのか。
ゴダードが誰かに尋ねる。
「馬車の手配は!?」
「はっ、整っております!」
結局俺は、城の外まで連れ出され、馬車に乗せられた。
「出してくれ!」
乗り込むなりゴダードが小さく叫ぶ。
その声に応えて馬車が走り出す。
「トール殿下を……」
と、ゴダードに声がかかる。
暗くて顔は確認できないが声の主はおそらく、シンシュア。
メイドというか侍女というか、世話係と言うか。
日頃から俺が大変お世話になっている若い女性。
一応、俺の面倒を見る責任者はモラ―とかいうおばさんのようだった。
それで、その配下にいる5~6人が入れ代わり立ち代わりで24時間体制で俺を見守る。
手厚い保護。過保護なのは当たり前。なにせ王子なのだから。
モラ―さんが来るのはほとんど昼間だけ。
夜はその5人くらいの侍女たちが交代で俺の世話を焼く。
その侍女の中で実は一番綺麗で、俺の取り扱いに長けていたのがシンシュア。
ぶっちゃけ言うと好みのタイプ。
派手ではないが目が大きくて瞳に力がある。
他のパーツも整った柔らかい顔立ち。
年齢は二十歳前ぐらいだろうか。
多分子供を産んだ経験なんてなさそうな清楚で
長い金髪やスマートな体型は貴族と間違えるほどだ。
服装はいつも地味だったが、どこか気品にあふれていた。
それでいてその優しい笑みには日々癒された。
別の侍女にあやされているときにわざと泣いて、シンシュアが抱いてくれた瞬間に泣き止む、みたいないたずらを何度も繰り返したりした。
そのうちに、徐々にシンシュアも立場が上がってきてモラ―からの信頼も大きかった。
今では事実上の俺の世話係筆頭。
接する機会も一番と言っていいくらいに多い。
そのシンシュアが何故?
こんな誘拐まがいの行動に加担しているのか?
いや、それを言えばゴダードだって。モラ―とも仲が良く、俺の父親――つまりは王様からの信頼も厚いようだった。今は隠棲しているようだし、政治とかには興味無さそうだが、若い頃は凄腕の騎士として名を馳せていたのだろう。
馬車はそれほど速度を出していない……と思う。実は馬車に乗ったのは、というより城から出ること自体が初めての経験だけど。
それでも、揺れないというわけではない。おそらく道は舗装されているわけではないのだろう。
小石か何かを踏みつけた衝撃が車輪から車体に伝わる。
シンシュアがそれを相殺するように優しく抱いてくれる。
眠気が襲ってきて、あくびが漏れる。
「さすがは殿下と言うことか。気丈なことじゃ。
この事態にも怯え一つ見せておらぬ」
ゴダードが俺を覗き込みながら言う。
「ええ、芯のしっかりした聡明なお方ですわ」
とシンシュアが返す。
「それだけに残念じゃ……。
世が世なら、立派に成長し、この国を変えてくださる方じゃったろうに……。
それを、あやつらは、何故待てんのじゃ!」
ゴダードの語尾が大きくなる。それをシンシュアがそっと窘(たしな)める。
「ゴダード様……」
「いや、すまん。つい……な。
それで、殿下に必要な物品の手配は?」
「しばらく暮らせる分は揃えて馬車に積んであります。
腐敗が早いミルクなどはその都度融通して貰うことになるでしょうけど」
「その辺りのことなら、検討ずみじゃ。なに、大した量じゃない。なんとでもなるじゃろう。
お主が居てくれて助かった。改めて礼を言わせてもらう」
「お礼は無事に逃げのびてから……。それにトール殿下を想えばこそです。
殿下を想うお気持ちは皆一緒です。
殿下のお手回り品も……、実はモラ―様が整えてくださったのです」
「なんと! モラ―が!?」
「ええ、今回の事態。モラ―様もどちらかから聞き及んでいたようです。
勝手なことをして申し訳ありませんが、ゴダード様の計画についてお話してしまいました。それとなく尋ねられたものですから、つい……」
シンシュアが申し訳なさそうに告げる。
「モラ―が知っておったのなら構わぬよ。じゃが……。
無事に乗り切ってくれればよいが……。
儂らに加担したと思われたならば……。処刑されてしまうやもしれん」
「ですから、一度はお断りしたのです。また、一緒に来るようにお誘いもしました。
しかし、モラ―様はお受けしてはくださりませんでしたわ」
「あれはあれで頑固な女じゃからのう。
まあ、やつら……ギルドの追及をうまく逃れてくれることを祈るばかりじゃ」
そこで会話は途切れた。
断片的な二人のやりとりから読み取れたことは多くない。
なんとなく、なんとなくだが、俺は王子ではなくなってしまったような気がする。
無難――と言ってよいのかどうか疑問だが――に、王族として成長するルートから大きく外れてしまった気配。
もちろん、俺――王族の正統継承者、王子――が誘拐されて、放置する王族は居ないだろう。普通であれば、その権力を全て使って探し当てて奪還する。そのはずだ。
だが、そうはならない雰囲気が漂っている。
おそらくは、反乱? 革命のようなことが起こったのか?
ギルドによる王族への反旗。そんなシナリオか。
どうやら俺の親父は、民衆に愛されていなかったようだ。それともギルドとやらが力をつけすぎたのか。
どちらにせよ、俺の命はゴダードとシンシュアに託されてしまったのかもしれない。
ゴダードが立ち上がった。馬車の外を覗いているようだ。
「そろそろ街を出るな。
スピードを上げてくれ。奴らもそろそろ気づいて追跡を始める頃じゃろう」
と御者に告げる。
「はっ」
と鋭い返答の後、鞭の音が響く。
とたんに馬車の揺れが大きくなる。道も悪くなったようだ。
胃の中のミルク粥が逆流しそうな感覚に耐えながら思った。
ギルドによる王族排斥というのが予想通りなら、俺はもし捕まってしまえば……。
良くて、幽閉。悪くて処刑。あるいは島流し。
無難な人生とは程遠い。
であれば、命運はこの馬車に託されている。どうにか無事に過ごせますように。
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