エピソード3 わりと日常

 とある休日。

 一言どうでもいい補足を付け加えるならば、異世界は週休一日制。それが普通みたい。

 で、一週間は7日。一ヵ月は約30日。一年は360日前後。

 物質の構成要素は違えど、太陽系とか、水金地火木土天海がそっくりそのままあっちゃったりする、馴染みやすい世界です。


 閑話休題。


 俺は、アリシアに誘われて買い物に出かけていた。

 より正確に言うと、アリシアの買い物に付き合わされていた。わりとよくあるイベントだ。


 幼くして母を亡くしたアリシアは、早くから自分の服やアクセサリーなんかは自分で選ぶという方針を貫いている。


 マリシアなんかはその辺は一切に気にしない――だけどスカートだけは絶対にはこうとしない――から、メイドとかが買い与える服をそのまま来ているしアクセサリーなんかは身に付けない主義だし極端な双子ちゃんだ。


 少し前までは、アリシアが外出する時には必ず御伴おともが付いていた。

 俺達が出会ったあの日のアリシア。それにその前に何度も訪れていたマリシア。

 店の前までは来ていなかったから気づかなかったけど、やっぱりお嬢様。すぐそばには、おつきの女性やら護衛の冒険者やらが、ひかえていたらしい。


 ひょっとしたら、今も誰かに尾行ぐらいはされているかもしれない。

 平和な街だけど、万一ということもないとは言えないから伯爵令嬢ならそれくらいされて当然だろう。


 とはいえ、名目上は俺とアリシアのふたりのデート。いやデートじゃないよ。単なる買い物だよ。

 お互い色恋沙汰にはまだまだ早いお年頃だから。


 というわけで、買い物もひと段落した。

 あの、わりとよくある、両手に紙袋の山、前が見えないぐらいに積み重なった帽子やら靴やらが入った箱を抱えてという光景ではないのでご期待にそえず申し訳ない。

 服も2~3着、小さなアクセサリーが幾つか。

 アリシアでも持てる量だから俺から申し出て持たせていただいているくらいだ。一応護衛兼荷物持ちだから。


 昼食は外でということになった。

 10歳児のデート――いやデートじゃないってば――にしたら、ずいぶんとおませさんだけど、俺も実は外での飯のほうが性に合ってて、休日とかはたまに一人で食事に出かけたり、ゴーダを誘って食事に出たりしてる。お金には不自由していないし。


 伯爵家の食事は豪華で美味しいけど、その分上品で味気ないというか、たまにカップラーメンとかカレーとか玉将の天津飯とかが恋しくなる気分っていうの?

 あえての炒飯はずしの天津飯アゲだけどそこはスルーしてください。

 

 今日のメニューは、アリシアと珍しく意見が一致した。


 いつもは、


「あたしは、がっつりと食べたいの!」


「いや、俺そんなに腹減ってないし……」


「じゃあ、量の少ないメニューを頼めばいいでしょ!」


「あそこにそんな料理ある?」


「勝手にしなさい! あたしはサーシャ食堂に行くからね!」


「だって、一応俺は護衛も兼ねてるからさ。

 別行動とか無理なんだけど?」


「じゃあ、あたしが食べ終わるまで外で待っててよ!」


「その後、俺の飯も待ってくれるの?」


「そんなわけないでしょ!」


 とかなんとかひと悶着あることが多いんだけど。


 今日は俺もがっつり食べたい気分だったし、いつものサーシャ食堂へ。

 目当ては日替わりランチだ。


 食事も終わろうとしていた頃、アリシアが唐突に切り出した。


「ねえ? ルート? そういえばなんで冒険者になりたいって聞いてなかったわね」


 そういえばそういう話をしたことが無かったな。

 お互いなりたいってことは公言しているし、アリシアの理由についてはポーラさんから聞いて知ってるけど。


 アリシアは母や祖父母を魔物に殺された。その時にもちゃんと冒険者は護衛に付いていた。だが、運が悪かったのか、相手が悪かったのか。目撃者が居ないため、真相は定かではないが、とにかく護衛は役に立たなかった。結果としては。

 相当数の魔物の死骸もみつかったため、それ以上の数の魔物に襲われたということだけはぼんやりわかっている。


 それでみずからそういった不幸な人々が増えることの無いように、旅の護衛を主とする冒険者になりたいと願っている。

 その目的のためには剣術より魔術。

 近接戦闘より、遠距離からの複数攻撃。そのための魔術。多数の魔物と渡り合う力。


 一見すると、どこにでも居そうなわがままお嬢様だが、中身は違う。

 俺なんかが霞むぐらいの努力の人だ。アリシアは。


 その努力もようやく実りつつあった。体も大きくなり、魔力量が増えた。

 これまで魔術が成功しなかったのはやはり魔力不足という原因が多かった。

 そのために、必要以上に緊張もしてしまっていたのだろう。

 あと基礎練習の不足。

 最近のアリシアは、魔術の練習よりも魔法の基礎訓練に時間を使っていることが多い。ポーラさんの教えに従っていればいずれ結果が出るということを実感したのだろう。やっぱり人の成長には成功体験が必要だ。


 俺は、アリシアの問いに、答えられる範囲で応えた。


 ほんとうの目的はただ一つ。『鍵』を探すための力を得ること。

 そのためには世界を旅することが必要だ。俺が日本中を駆け回ったように。

 あの時は、たまたま運よく日本国内で話が終わったが――龍脈と言うのだろうか? 火山列島である日本には様々な力が集中している――、この世界ではどこに行けばいいのかすらわからない。


 なにがしかの情報を得ても、その情報を活かせるだけの力がなければ話にならない。

 それに、日々の生活の糧も稼がなければならない。

 あとは、ギルドの情報網。高ランクの冒険者になれば、いろんな情報を入手しやすくなる。

 

 そんなことを無難にまとめると、


「いろんな世界を見てまわりたいから……かな……」


 と思っていたよりも簡潔にまとまった。


「なにそれ?」


 うん、俺もそう思う。


 俺は、アリシアにも同じ質問を振る。


「アリシアは?」


「それは……、折角これだけ魔術の才能に恵まれてるんだから、人の役に立たないって手はないでしょ?」


 ポーラさんいわく、アリシアの魔術の才能的には凡人レベル。もしくはちょっと下。

 つまりは凡人以下ということになるのだが、それを努力で補っているアリシアは、自意識過剰なお嬢様をあえて演じているようにも思える。

 そういうやつだ。


 だから俺もあえて、


「そうか、えらいなアリシアは……」


 と、なんでもないように返す。


 しばし沈黙が流れたので、アリシアが立ち上がる。食事も終わっている。


「さあ、いきましょうか?」


 と二人でそれぞれに会計を支払う。これはなんとなくのルール。奢ったり奢られたりはしない。食事に関しては。

 お互いに子供ではありえないほどの小遣いをもらいながら――俺の場合は日常の生活用品とかの生活費にも使わないといけないし、アリシアは服とかアクセサリーもその小遣いから捻出しているから小遣いという感覚でもなく生活費、雑費に近いのだが――、それを使い切ることもしない結構庶民派だったりする。




「ねえ、フローズン食べに行きましょ?」


「フローズン? 暑くもないのに?」


「だって、お日様出てるじゃない? いいお天気よ。

 もうすぐ夏も終わりなんだから。

 食べ納めよ!」


 ここ、マーソンフィールにはちゃんと四季がある。

 そう、そろそろ秋の兆しが見え始めていた。

 だからこそ、フローズンなんて……と思うのだが、


「そのセリフ前にも言ってなかった?」


「そんなことないわよ。前は、シェイブアイスでしょ?」


「確かに。その前はシャーベットだった……」


「ほら行くわよ!」

 

 食後のデザートは食事の会計とはうって変わって俺のおごり。それも二人の間でなんとなく決まったルール。


 恋人でもない、家族でもない。しいていうならお友達。

 それと、将来は冒険者へという同じ志を持った同士。ともに魔術を習う生徒仲間。


 貴族と平民――(元は王子だけど)。

 身分の差なんて子供には関係ない。

 異性として意識するにはまだほんのちょっとだけ早い。


 そんな二人のなんでもない一日だった。

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