エピソード2 わりと魔術
「あのね、ルートさん」
とある日のこと。俺は朝の分の勉強を終えていつも通りポーラさんに魔術を習いに行った。
「はい?」
ポーラさんは何時になく真剣な表情で、
「一度ね、ルートくんの魔術の本気を見せて貰おうと思うの……」
「本気……ですか? いつも真面目にやってるつもりですけど?」
「違う、違う。全力よ。全力少年なところが見たいのです!」
「はあ……」
「知ってるか知らないか知らないけど、魔術ってね、威力を高めるよりも威力を弱めるほうが数倍も難しいのよ。
ルートさんは、いっつも加減して使ってるでしょ?」
「やっぱりわかります?」
まあポーラさんに誤魔化しても無駄だろうと俺は正直に答えた。
「そりゃあわかるわよ。だって魔力がしぼんでいくんだもん。不自然に。
ねえ、正直に答えて?
例えば……だけど、火の初級呪文。
唱えているときの初めの頭のイメージの中での火球ってどれくらいの大きさ?」
うーん。誤魔化してもしようがないかも。
俺は正直に答えることにした。
「これくらいですかね……」
俺は両手を広げて見せた。大体1メートルいくかいかないかだ。
「はあっ……」
と、ポーラさんはため息をついた。
「わたしでもこれくらいよ」
と、50cmぐらいに手を広げる。
さらに、
「叔父……あの大魔道師のパルシだって、これより一回り大きいぐらいだっていうのに……。
それをいっつもあんな豆粒みたいな大きさにしてるということですね?」
「まあ……そういうことです……」
豆粒は言い過ぎだが、いつもはアリシアからの嫉妬を避けるためにピンポン玉ぐらいの大きさでセーブしている。
「というわけで、ついてきて」
俺は黙って従った。
ポーラさんは屋敷の裏手の森に入って行く。
俺がいつも剣術の修行をしているところ。そのさらに奥へと。
「ここです。ここなのですよ!」
とポーラさんが指す。地面には大きな魔法陣が描かれていた。
いつも魔術の練習をしている部屋にある魔法陣と似たような文様。
魔術の拡散を抑えて、安全に魔術練習するための魔法陣。
あれの拡大版ということか。
「これなら、たとえ、上級魔術を使っても外へ影響はありませんから。
思う存分に力を見せてください」
「えっ? 上級魔術は習って……」
「唱えるのは中級ですよ。それを最大限の威力でぶっぱなしちゃってください。
一度本気を見ておかないと、今後の魔術のお勉強の方針に差しさわりがでちゃいますので。
それに、おそらくですが、ルートさんの力なら中級の詠唱で上級クラスの威力がでちゃうでしょう。
大変だったんですよ。この魔法陣を準備するの。
ひさびさに徹夜しちゃいましたよ。
ああ、お肌が荒れてきちゃったらどうしましょうか……」
とりあえず、徹夜で準備されたんだったら、断りにくいなあ。
もう、目の前まで来ちゃったし。
ポーラさんは口が堅い……はずだ。それに今の俺の魔術の師匠でもある。
パルシの血縁だし。
隠し立てしてもしょうがない。
俺は覚悟を決めて魔法陣の中に入った。
直後に違和感。
体が……いや、心か? 重く感じる。
魔力が抑圧されてしまう感じ。
「気づきましたか?
いやねえ、他に方法考えたんですけどね。
ちょうどいいのが無くって。
普段と違って、魔術のイメージも描きづらいでしょうけど我慢してください。
そうじゃないと、ルートさんの全力の魔術でこの辺一帯えらいことになっちゃいますから」
なるほど。魔術の威力を相殺するだけではなく、術者自身の魔力も制限する魔法陣か。たしかにこれなら、本来の威力は出ないような気がする。
俺は尋ねた。
「で、属性はなんにしますか?
ひとつだけでいいですよね?」
「はい。ひとつで十分です。
ルートさんは何が得意ですか?」
言われてみれば、得意属性というのが思い当らなかった。
アリシアなんかは、属性によって得手不得手が顕著だけど。
「う~ん……」
と考えていると、ポーラさんが、
「じゃあ、とりあえず火でいいですよ。
さっきのお話もありますし。
思いっきりぶっぱなしちゃってくださいな」
というわけでいざ実践である。
俺は精神を集中する。
「じゃあ、いきますね。
エーク・エーク・コイォ……」
魔力の高まりを感じる。いつもほどではないけれど。
大きな火の玉のイメージ。
「そうです! そこからですっ! いつもと逆です!
それを限りなく大きく! 増幅させるイメージを!」
ポーラさんに従って俺は、意識を火球の拡大に向けた。魔力を注ぐ。
どんどん大きくなる。直径にしてポーラさんの背丈を超える大きな炎。
「ルートさん! 上です、上ですからね。
お空に向って放ってください!!
それだけの威力だと、多分上に向けないと魔法陣の中が炎に包まれちゃいます!!」
だからそういうことはなんで先に言っておかないかなあ。
まあ、出来るからいいけど。
「トシャーナ!」
想像以上の火炎――もはやそれは火球というレベルを超えていた――が、上空へと尾を引きながら飛んでいく。
「は、ははは……」
なんか、呆けたような顔で笑っている? ポーラさん。
「どうでしょう?」
俺の問いにポーラさんは顔を2~3度ぶるぶると横に振って正気を取り戻した。
「おもったより……、もっともっと……上……………………でした……。
で、やらせておいてなんですけど、これは……、もう封印レベルですね。
桁が違いすぎます。
はっきりいって。
パルシの上級火炎呪文を見たことがありますけど、それと遜色ないレベルといってもおかしくないような……、でもパルシの魔術には想い出補正がかかってるから実際は超えているような……。でもあれって見たのは子供の頃だから…………。
とにかく!
ルートさん。わたしからの提案です。
今後は中級の攻撃魔術は封印しましょう。魔術はべつに練習すれば威力があがっていくってもんでもないです。
不器用な人は反復練習が重要ですが、ここまでの威力が出せるのなら、初級の威力を高める練習をしていれば、おのずと中級、今後覚えることになる上級魔術の威力も比例してあがっていきます。
それに、ルートさんはできるだけ詠唱を人に聞かれないようにしたほうがいいですね。
初級で中級レベルの威力が出せちゃいますから。
変に注目集めたくはないのでしょ?
これからは、呪文を唱えるときはできるだけ口を動かさずに、もにょもにょと、誰も聞こえない小さな声で言うように」
「それが……無難に過ごすコツですか?」
「そうです。それが無難に生きていく秘訣なのです!」
こうして、サイレント魔術師ルートが誕生した。
まあ、アリシアの前だったら、それなりに声は出すけど、それ以外の人の前では何を唱えているかわからなくする。
それもひとつの目立たぬ生活の処方箋だ。
ちなみに、その日俺が放った炎は多くの人に目撃され、怪現象として語られることになったのだが、ポーラさんが自ら悪役を買って出てくれた。
「すみません……、森でお散歩してたら、お菓子を落としちゃって。
あまりにもショックで腹が立ったので、腹いせにすっごい魔術を使っちゃいました」
とかなんとか。
それで納得させられるキャラってどうなの?
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