わりとテンプレな少年の日常

エピソード1 わりと剣術

 いつものように、俺は屋敷の裏手にある森の中で、剣術の稽古をしていた。

 日々これ成長。たゆまぬ努力が何よりも重要だというのはわかるが、いかんせんゴーダから与えられる課題の量が半端ない。


 俺が習っているのはジャルツザッハ剣術。今までの感想としては型ばっかりでつまらない。

 だけど、亜流剣術でずっとやってきた俺にとって基本は大事だと割り切って練習に励んでいる。

 あっちの世界では魔力で形成した刃、魔力刀を主に使ってたから、実体を持った剣を振るというのも剣との一体感を感じてそれはそれで心地いい。


 地道にほぼ毎日稽古していると、ちょくちょくクラサスティス家の護衛にあたっている冒険者が休憩がてら様子を見に来るようになった。

 手合せなんかもしてもらったりする。


 ああ、誤解の無いように言っておくと、冒険者とはギルドに登録して職を斡旋してもらっているものの中で剣技や魔術などの戦闘力に特化した人たちのことを指す。

 元々は冒険が主だったギルドの任務も今では様変わりして、護衛や警護といった任務の方が主流だ。もちろん、お使いクエストなどの冒険もないわけじゃないけど。


 冒険してなくても冒険者。それは慣習的な呼びならわしだが、みんなそれに慣れてしまって違和感は感じていないらしい。


 さて、とある日のこと。

 今日も森で剣術修行にいそしんでいるといつものとおり、見学者が現れた。

 一番頻繁に訪れてくれるガルバンさんだ。ここしばらくは来てなかったけど。


 ガルバンさんは足が悪く、冒険には向いていない。だけどそれでも接近戦での技量はすごいらしく、また人徳もあるので警備員たちのとりまとめとして雇われている。


「よお坊主! やってるか?」


「あ、はいこんにちは。ガルバンさん。休憩ですか?」


「まあ、休憩っちゃ休憩なんだがな。

 今日はお別れを言いに来た」


「えっ? それってどういう……」


「いやな、ちょっとここの所、足の調子が悪くてな。

 満足に歩くのも辛いぐらいだ。

 それでな、俺なんかじゃ警護の役には立たないって……」


「ロンバルト様が? まさか!?」


「いや、あの人は引きとめてくれたさ。

 兵士たちのまとめ役だけでも十分な額をくれるってな。

 これまでどおりに務めてくれと言ってくださった。

 だが、それじゃあ俺の心が収まらねえ。

 俺から申し出たんだよ」


「じゃあ、これからはどうするんですか?」


「なに、気軽な一人身生活だ。なにをしてだって生きていけるさ。

 これまで、十分な報酬を貰ってきたから蓄えも充分だしな。

 そういうわけで、ルート。

 今日でお別れなんだ。

 突然ですまんがそういうことだ」


 言いながら、ガルバンさんは地面に二つの円を描いた。持っていた木刀で。


「なんですか? それ?」


 と聞くと、


「ああ、餞別がわりだ。

 ルートが稽古しているのは、ジャルツザッハだったよな?」


「ええ」


「今では田舎剣法とか揶揄されて、まともに取り組む奴は少ない。

 というかほとんどいねえが、あの英雄ハルバリデュスのパーティーメンバーの一人。

 大剣士ジャルツザッハが考案したいわば生ける伝説ともいっていい剣術だ。

 基本の5行ごぎょう、切り下ろし、横払い、切り上げ、巻き打ち、突貫。それも一振りだけではない。角度や出所を変えた太刀筋すべてを含めて5行と称す。

 さらにそこから派生する数多くのバリエーション。

 昔は無敵を誇っていた時期もあった。

 まあ、使い手に恵まれなかったのと、初歩の段階では実戦向きではないからすたれていってしまってるがな」


「?」


 話が見えてこない。ジャルツザッハという人の事は知っている。確かに、英雄として数えられるうちの一人。その人が考案したのがジャルツザッハ剣術。

 ゴーダはそれの使い手で俺に教えてくれている。そこまでは事実。


「お前さん、ジャルツザッハのどこまで行っている?」


「え?」


ぎょうだよ。まさか15行ってことはないだろ?」


 俺はしばし逡巡してから多少の謙遜を含めつつ、また実力を隠すために、


「今は、225行の途中ですけど」


 と答えた。本当は、225行はひととおり終えて、その先の『千種の行』に差し掛かったところだけど。


「まあ、そうだろうな。素振りを見ていればわかる」


「わかるんですか?」


「俺も昔、225行まではかじったからな。

 だがな、ルート。

 そこまで出来ていて、どうして手合せの時には使わない?

 俺の時もそうだ。俺以外の奴の時もそうなんだろ?

 どうして力を抜く? 己の実力を隠すんだ?」


「…………」


 答えられない。俺が転生者であることも、元王族であることも。

 ゴーダが王族騎士の団長だったことも。すべては秘中の秘。口外すべきことではない。

 ゴーダ曰く、『千種の行』をまともに使えるのは、既にハルバリデュス王国の中でもゴーダを含めた数人だけだったそうだ。それほどまでに廃れた剣法。

 その使い手が再び現れて、しかも驚異的な強さを誇るとなれば噂が広がりかねない。

 誰かが騎士ゴダードと結びつけるかも知れない。


「まあ、いいさ。

 225行の途中だというのも信じてやる。

 表面上はな。

 そのかわりだ」


 とガルバンさんは地面に描いた円のひとつに入った。


「ひとつ手合せしてくれないか?

 あいにくと足が悪いんでな。

 古来の決闘法をアレンジしてみた。

 お互いこの円の中から出ることはできない。ほんとは出たら負けだが固いことはいわない。極力出ないように、ぐらいで考えてくれ。

 間合いは、悪いが俺の間合いで取らせてもらった。

 だが、お前の剣だって届く距離だ。

 足運びに制限を加えた、ちょいと風変わりな地稽古だ」


「ガルバンさん?」


「明日には居なくなる俺のためだと思って、全力でやってくれ。

 どうにもな、剣を置くには俺はまだ若すぎる。

 だが、体がついてこないのも事実だ。

 その辺のな、葛藤をな、お前なら解消してくれるんじゃないかっていう勝手な思い付きだ。

 なに、心配はするな。お前の実力は誰にも話さねえよ。

 最後の頼みだと思って受けてくれ」


 そうまで言われて断われるはずはない。

 俺は木刀を携えて、もう一方の円へと足を踏み入れた。


「しばらくろくに運動してねえ。

 初めは軽くで頼むぜ!」


 言いながら、ガルバンさんは俺に斬りかかってくる。

 もちろん実力者同士。まともに当てることはしない。寸止めがルール。

 だが、それ以上の気迫を感じる。


 木刀と木刀が打ち合わされる音がこだまする。


 序盤で攻勢に立つのはガルバンさんだ。

 俺は防御に徹する。

 ガルバンさんの振るう剣を払い、弾き返す。

 ガルバンさんの準備運動代わりに、守勢に回る。


 小さな円の中とはいえ、俺のほうは両足を半歩、いや軽く一歩ずつぐらいなら動かせる。

 だが、ガルバンさんの軸足はほとんど動かないようだ。

 右足は、棒のように地面に固定。

 左足のステップだけで器用に間合いを調整している。

 それに、上半身の動き。確かに、足が悪くてもそこらの剣士とは比べ物にならない強さだ。


 なのに、自ら剣を置くなんて。

 ふいに寂しさがこみ上げる。だが、俺は邪念を捨てようと努力した。

 ガルバンさんがわざわざ指名してくれたんだ。

 俺も出来る限りの力で応えなければ。


 しばらく打ち合って気づいた。ガルバンさんもまだまだ本気じゃない。

 俺の力を試している。

 初めはジャルツザッハの5行を俺に使わせる。そのための剣筋。

 5行から15行へ。

 そして、225行……。


 嘘だ、この人……。少しかじっただけなんて。

 それだけでこうも綺麗に俺の返しを予測して、225の行それぞれの動きへと誘導する剣閃を続けざまに繰り出せるわけがない。


「気づいたか? さすがだな。

 じゃあ、準備運動は終わりだ!」


 ガルバンさんの剣筋が加速する。太刀筋が変わる。

 これは? 225行でもない。千種の行でもない。

 亜流? 基本はジャルツザッハだ。そのバリエーションをつむいでいるに過ぎない。

 だが、多彩にして多様。気を抜けばやられる。


 ふと、攻撃が止まる。誘っているのか?

 俺から打ち込めと?


 ガルバンさんの期待に応えるには……。

 考えて俺は、剣を振るう。

 といっても、初太刀は5行だ。基本。

 5行でだめなら、15行。

 だが、ガルバンさんに防がれる。それを見込んで225行。

 初太刀で駄目なら、追いの太刀。

 予測されているのだろう。通じない。

 さっきのガルバンさんのコンビネーションを思い出す。


 ジャルツザッハ同士が戦うのなら、基本通りのコンビネーションでは通用しない。

 相手に手の内が知られているようなものだからだ。

 そこに、インスピレーションで新たなバリエーションを加えていく。


 15行から、フェイントを挟んでの15行。

 フェイントではなく、角度や矛先を変える。時に最短で、時に威力を犠牲にした捨てともいえる攻撃。

 225、あるいはその先の千種だけだと思っていたバリエーションが無限に広がっていくのを感じた。

 俺は、千種の向こう側をかいま見た…………。




 いつしか俺は無心で剣を振るっていた。


 やがて……。


 俺の放った正面からの上段斬りがガルバンさんの頭頂を捉えた。

 もちろん寸止めではあるが、防御しようとしして掲げられたガルバンさんの剣は、俺の上段斬りに届くことは敵わず、わずかに俺の剣の上で制止していた。


 最後に放ったのは下段に意識を集中させて、中段をフェイントに使ったオーソドックスな攻撃だった。


「ふう……思った通りだな……」


 ガルバンさんが息を漏らす。


「あ、はい、すいません」


 俺は思わず謝ってしまった。


「それだけの努力、才能。

 恐れ入ったよ。

 あとは実戦だけだと思っていたが……。

 どうやらその心配も杞憂だった」


「ガルバンさん?」


「ジャルツザッハの神髄は、そのシンプルな太刀筋。

 そこから生まれるコンビネーションだ。

 基本技が素朴すぎて実戦で使いづらいから、それに気づく前に辞めてしまうやつが多いがな。

 退屈だろう? 毎日剣を振っていて?」


「あ、いやそんなことは……、ちょっとだけ……」


「だがな、そこに実戦経験が加われば、ジャルツザッハは、型稽古が主流の固っ苦しい剣術から、格段に進歩する。

 それを知って置いて欲しいと思ったんだが、お前さんの才能を見くびっていたよ。

 俺なんかがわざわざ教えなくてもいずれは自分で体得しただろう」


「そんなことないです! とても……、十分に勉強になりました」


「お前の師匠、ゴーダさんにも謝って置いてくれ。差し出がましいことをしたとな」


「いえ、じいちゃんなら……、逆に感謝してくれると思います。

 じいちゃんも……剣を置いた身だから……」


「そういってくれるとありがたいな。

 お前はいずれは、大剣士だ。英雄の流派を復活させたというおまけつきのな。

 たまには思いだしてくれ。

 こんな辺境にも、ジャルツザッハの灯を残そうとして、才能も無いのに努力していた一人の剣士が居たということをな。

 じゃあな、ルート。元気でな。立派な冒険者になるんだぞ。

 ああ、それから、アリシア御嬢さんと、マリシア御嬢さん。

 お前はどっちが好みなんだ?」


 突然の話題転換に俺は顔を赤面させてしまった。


 それこそ何も答えられない。沈黙を保つ。


「はは、そういうところは子供らしくって俺は好きだぜ。

 まあ、お前はまだまだ若いんだ。無理に選ぶ必要はねえ。

 お二人の御嬢さんをこれからも見守ってやってくれ」


 そういうと、ガルバンさんは背を向けて歩き出した。背中越しに片手をあげ、俺への別れを体現する。


「ガルバンさん! ありがとうございました!」


 俺は、その一人の偉大な剣士の背中に精一杯の礼を投げかけた。

 ガルバンさんの志を受け継ぐという大きな覚悟を胸に刻み込んだ。


 

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