第14話 巣立時
魔術の家庭教師(見習い)を引き受けた、もとい無理やり任命された。
同時にお嬢様のお友達としての役割も密かに与えらてれた。ただそれだけのつもりだったのだけれど。
気が付いたら、クラサスティス家に住み込みでの勤務になり、衣食住の面倒までも見て貰えることになっていた。
そのかわり薄給だけど。
それから、なんだかんだでアリシアの勉強も俺が見るということになってしまった。
生活が激変した。
それは俺が7歳を迎えてしばらくたった頃のこと。
それというのもクラサスティス伯爵の思いつき。
まあゴーダがそれを了承したというのもあるのだけど。
なんと、クラサスティス伯爵が、わざわざゴーダに会いに行って話をしてくれたらしい。
後から聞いた話では、俺が居るとアリシアもマリシアも楽しそうだという。
アリシアはともかくマリシアまで? と疑問に思うが、親が言ってるんだから真実だろう。
それなら、一緒に住まわしたらより一層ハッピー? という軽いノリ。
フットワークの軽い伯爵様だ。
それに、俺とゴーダの生活状況を心配してくれてのこと。
たしかに、収入も安定してないし、家事やなんかで忙しい俺は自分では不幸だと考えたことはないが、人様、それも貴族とかから見たら恵まれない子なんだろう。
人徳あるクラサスティス伯は、そんな俺達を保護する意味でも、生活の面倒を見てくれることを提案した。
ムルさんの時もそうだったが、俺は完全に子供扱いされているから大事な話は勝手に大人たちだけで決めて進めてしまう。完全に事後承諾という形。
ある日突然ゴーダから言い渡された。
「ルート。今日な、クラサスティス伯爵がお見えになった。
お前が毎日通うのも大変だろうということと、頼れるもののない我が家の事情を鑑みてくれてな。
儂も一緒に屋敷に来ないかと言うことじゃった。
生活の面倒を見てくれるらしい。お前が御令嬢のお世話を承る代わりにな。
一度は辞退したんじゃがな。どうしてもと願われて。
そういうことだから、近いうちに引っ越しじゃ」
とあっさり報告された。
また、俺を一緒に住まわそうというのはポーラさんからの口利きもあったみたいだ。
ポーラさんはポーラさんでアリシアの教育にそこはかとなく手を焼いている。
そこに俺を挟むと何故か無難にうまく進む。それを売り込んでくれた。
そんなわけで、今では俺とゴーダはクラサスティス家の居候。
たくさんの使用人たちに囲まれて貴族もどきな毎日。ポーラさんがここを離れたがらない理由がわかった。
ゴーダは悠々自適な隠居生活。病気も治ったけど、やっぱり歳が歳なのか再び剣を手に取ることは無かった。
読書とか、俺の真似して今さら魔術とかを練習したりしている。五十の手習いってやつだね。
アリシアの良い競争相手になっている。
ポーラさんの教え方はやっぱり上手で、行き詰まったらポーラさんの助言を聞くという方法で、ゴーダもちょっとずつ魔術が使えるようになっていった。
あと、庭木や花壇の手入れとかも手伝ったり。農業再び。
クラサスティス伯とも気が合うのか、しょっちゅう呼ばれて相談に乗ったりしている。誠実で謙虚で堅実がモットーな人柄が頼りになるという印象を与えているのだろう。
まあ、元々王城でもそれなりの地位に居た人だしね。ゴーダは。
そんなわけで、クラサスティス家の一員となった俺のごくありきたりな一日のスケジュール。
早朝に起きて勉強。予習の意味合いを兼ねて。
これをしないとアリシアに教えられない。
異世界でも算数とかは、元の世界と同じ10進法だから簡単なんだけど、文学(国語みたいなの)とか、歴史とかはきつい。得意気味だった理科的なものがカリキュラムに入っていない。
で、午前中の早いうちに勉強を終わらせて、その後ポーラさんから魔術を習う。
その日の午後にはアリシアにまず勉強を教える。先に勉強を教えるというのがお約束。
そうでもしないとアリシアはちゃんと授業を聞いてくれない。
魔法や魔術でも勉強でも万一俺が詰まったりわからないことがあったら、ポーラさんがフォローしてくれる。
元々はポーラさんが勉強も教えていたから。昔はアリシアは魔法と魔術以外には興味を示さないから大変だったみたいだけど。
午後の空いた時間はマリシアから頼まれた薬草を採りに行ったりもするけど基本的には剣術の練習に充てている。
練習場所には事欠かない。庭も広いし、裏には小さな森まである屋敷だから。
俺の練習場所は主にその森の中。
剣術は、ゴーダが唯一の師匠。いろんな知識を口伝してくれる。時には身振りも交えて。
相変わらず素振りの毎日だけど、その素振りのバリエーションがすさまじく多い。
基本の五行というのがあって、それの変化形がそれぞれ3通り。これだけでも15パターン。
さらに、それらを組み合わせて連続で行うと、15×15で225通り。
その225の組み合わせの間にアクセントを挟み込むというバリエーションなんかもあって覚えるだけで大変だ。
ということで、素振りだけで精いっぱいという感じだった。
ゴーダに言わせると、まだまだ奥は深いという。恐ろしい。
たまに、クラサスティス伯爵家に雇われている見張りとか警備の人が、遊び半分に手合せしてくれることもたびたび。
みんな平和だから運動不足を感じているようで、休憩時間になると誰かがふらっと様子を見に来てくれたりする。
俺と木刀で打ち合うのはそういう人達にとっても気分転換としてちょうどいいようだ。
俺としても自分のレベルや成長度合いもわかるし、貴重な体験だからとても感謝している。
で、肝心のレベルといえば、そこらの警護兵じゃ俺の相手は務まらないということがわかってしまった。
実力差がありすぎて、手加減しているのもほとんどばれていない。ただ一人を除いては。
向こうは子供をあしらっているつもりでも、俺は自分に制限を付けたり課題を課しながら、うまく立ち回って力を隠している。
可愛げの無い子供だと自分でも思う。
平日はそんな感じで過ごし、休日も特にやることがないので結局剣術の稽古をしてしまったり、たまに街をぶらぶらしたり。
時間はあっという間に過ぎていく。
魔術に関しては現時点で到達可能なレベルというか知識的には早くも第一段階の行き止まりを迎えた。
実はとっくにポーラさんから教われる範囲を修了してしまっている。
本来は、魔法の基礎練習から始まって、何年も反復練習しながらコツコツ魔術へとシフトしていくのだそうだ。
だが、俺はポーラさんから教わった基礎練習を初回で無難にこなしてしまう。なぜならそのほとんどが1歳の時にパルシから教わったことの応用だったから。あのときに基礎は身に付いてしまっていたらしい。
パルシに魔法を習ったことは今でも秘密にしているから、表面上は俺は魔法の基礎はポーラさんから教えてもらうのが初めてだということで通していた。
簡単にできそうなことも、たまには失敗するふりをしたりして、基礎が既に出来上がっていることを隠そうともしてみたが、ポーラさんには通じなかった。
さすがは、パルシの姪っ子のポーラさんだ。人を見る目はある。
「あのですねえ、ルートさん。そういうお芝居はやめましょう。
折角だからひととおりは基礎から教えていますけど。
現にルートさんも知らない練習とかもあると思いますけど。
わざと失敗するのはしらじらしいですよ。
わたしとしても時間の無駄になっちゃいますし。
わかってますから。ルートさんが魔法のセンスの塊だっていうことは。
伊達に長年魔術師やってないですから」
とやんわり言われたのでそれから先は、ポーラさんには正直に魔法と魔術の実力を見せることにした。もちろんアリシアには内緒だ。
あいつに、俺の実力が知られたらやっかみが半端ない。
アリシアに対しては俺は中級魔術の入り口で足ふみしていることにしている。
それでも、初級魔術がやっとできたりできなかったりするアリシアからすれば雲の上の存在に近しい。
それは、アリシアに魔術を教える際のよい材料になっている。
そういうわけで、ポーラさんが教えられることは一通り習い終えた。
魔法の使い方と魔術使用のための基礎的な練習法。
地水火風光闇、六属性の初級と中級の魔術まで。
それ以上はいろいろ魔術師社会のしがらみとかがあるらしく、そうは簡単に教えられないらしい。
子供に教えるべきものでもないし。
それでその後は、魔術の実用を離れて、歴史や成り立ちなんかを習っている。
マリシアは相変わらず。無口。魔法薬の研究に余念がない。
少しはコミュニケーション取れるようになったかな。長い時間ではないけど毎日顔を合わしているから。日頃の生活の積み重ねだ。
そんなこんなで1年が経ち、二年が経ち。
平和で無難で平凡な少年時代があっという間に過ぎていく。
年齢的にはまだまだ少年と言ってもおかしくない歳だけど、大人への階段。13歳へさしかかろうとしていた。
この世界では16歳ぐらいからは立派な大人として扱われる。
その直前の数年間。
子供として遊んで暮らす者もいれば、なんらかの仕事を手伝って手に職をつけようと修行に励む者もいる。
冒険者を志すなら、13歳から15歳の期間は養成学園で過ごすのがいわゆるエリートコース。
アリシアと俺は、日頃から公言している。
冒険者になると。そのためになんとしても養成学園に入学すると。
やがて、冒険者養成学園の入学試験の時期が近づいてきた。
12歳の冬。俺達は長年親しんだクラサスティス家を旅立つ日を迎えた。
「それでは行ってきます。お父様」
そう言って馬車に向うショートカットの可憐な少女。
「ああ、くれぐれも気を付けてな。結果だけを求めないことだ。
冒険者はお前の夢のひとつかもしれんが、その道だけが人生の全てというわけでもあるまい」
クラサスティス伯の言葉にアリシアは快活に答える。
「はい。わかっております。
今は、この数年間の努力の成果を試す。自分の実力しっかりと発揮してくる。
それだけを胸に刻んで試験に臨む覚悟でおります」
この数年で、アリシアは体だけでなく精神的にも大きく成長した。
もちろん魔術の技術も。魔力量も。
正直、冒険者の養成学園の入学試験に合格できるレベルかどうかは微妙だけど、心構えややる気ならかなりの上位に入ると思う。
その決意の表れの一つが、短くバッサリと切った髪。
元々魔術師を目指しているんだから、髪は長くてもそう邪魔にはならないと誰も彼もから説得されていたが、トレードマークのドリルヘアを自ら望んで切り落とした。
「ルートをよろしく頼みます」
ゴーダがアリシアに言う。もちろん社交辞令というか儀礼的なものが多分に含まれているんだろうけど。
旅の費用からなにから全て面倒を見て貰ってるから、今後はアリシアが俺のパトロン代理という立場でもある。試験に合格して入学が決まった暁には、学費も生活費もすべてクラサスティス家が負担を見てくれるのだ。
これならムルさんとベルさんから頂戴した推薦状を出すまでも無い。一応は持っていくけど。
「はい、ゴーダさん。
ルートが怠けないようにしっかり見張っておきますわ。
買い食いなんかもしすぎないように。
それでは、マリシアも元気でね」
アリシアはそそくさと馬車に乗り込んだ。こういうところもしっかりしている。
あえての行動。あまり別れを惜しむと寂しさを感じてしまうというのもあるのだろうけど、おそらくは、クラサスティス伯が俺に気兼ねなく話をできる環境を作り上げたのだろう。
「ルートくん。君には感謝しているよ。
これからも、よろしく頼む」
頭を下げるクラサスティス伯に俺は、
「いえ、そんな。こっちこそお世話になりっぱなしで」
「君が居たからこそ、アリシアはここまで大きくなった。
親の欲目だとも思うがね。
ああ、ポーラにも感謝はしているよ。もちろん。
二人を頼む」
クラサスティス伯は、ポーラにも一礼する。
「お任せください!」
ポーラが答えた。
ポーラは俺達の引率として、一緒に旅をしてくれることになっている。
精神的な支柱として。親代わりとして。一応の保護者だ。
俺も旅立ちの決意を固めた。
最後の挨拶だ。
「ロンバルト様。祖父のことよろしくお願いします。
では、行ってきます」
振り返ろうとした時、何かを訴えかけるような目でこっちを見ているマリシアの視線に気づいた。
俺はそっと歩み寄る。
「これ」
マリシアはそれだけ言うと、分厚い封筒の束を俺に差し出した。
「ああ、ありがとう。着いたら手紙書くよ。
アリシアにも言っとく」
口数少ないマリシアなのだが、長年一緒に暮らしたせいか彼女の考えが少しわかるようになっていた。
なんとなく俺に好意を寄せてくれているようで、つかず離れずという微妙な距離を保ってきたが、しばらく離れて暮らすとなるとマリシアも寂しさを感じているのだろう。
それで、思いついたのが手紙の交換。
『これで手紙を送ってね』そういう意味だと俺は解釈した。
「元気でな」
「しっかりやるのじゃぞ」
「……」
伯爵とゴーダとマリシア、それから主だった使用人のみんなに見送られながら。
俺とアリシアとポーラを乗せた馬車は走りだした。
使用人たちが、「アリシアお嬢様とルートくんの今後の活躍を祈って……」「万歳!」「万歳!」「万歳!!」と大きな声で送り出してくれた。
馬車の中で俺は、ここまでこれた喜びと新たな決意を改めて胸に刻む。
アリシアも同じ想いだろう。
冒険者を志し、努力して、さらには幸運にも恵まれてその入り口に立つことができた。
あとは自分のしてきた努力がこの先にある扉を開け放てるかどうか。
さっそくお菓子の袋を開けて食べ始めたポーラを横目に、俺とアリシアは視線を交わす。
(なんとしても、一緒に合格して、冒険者になろうね。ルート)
そんな声が聞こえてくるようだ。俺もそれに応えて小さく頷く。
生まれて三度目の長旅。
一度目は、王城を脱出する時だった。
あの事件が俺にゴーダという存在を与え、シンチャとの生活を生んでくれた。
二度目のゴーダと二人の逃避行。シンチャとは別れることになってしまったが、アリシアやその父であるクラサスティス伯爵、ポーラさん、マリシア、伯爵家の使用人達。
多くの出会いを導いてくれた。
ムルさんやベルさんとも出会った。冒険者という目標をしっかりと目指すようになったきっかけでもある。
三度目の旅。
これが、俺の本当の目的への足掛かりとなるように。世界中を旅してまわる実力を持った冒険者への第一歩となるように。
新たな環境、新たな出会いに胸をときめかせながら、俺は自身の未来像を思い描くのだった。
冒険者として世界を飛び回る資格と能力を得た自分。
それが、本当の目標への最初の足掛かりなのだから。
わりとテンプレな少年期編・完
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