第13話 晩餐会

 思っていたよりかは質素な食事だった。

 まあ、地方とはいえ領主の食卓だから、質素といっても庶民の日頃の食卓ではありえないような料理なんだけど、中華のフルコース(満漢全席)とかよく聞く高級ホテルでの結婚披露宴の料理みたいなのを想像してた俺はちょっと拍子抜けした。

 まあ、毎日毎日フルコースってわけにもいかないか。


 確かにコース仕立てではあった。1500円ぐらいの昼のイタリアンランチを一度食べたことという経験が過去最高の俺からすれば、充分すぎるほどに豪華ではあった。

 だけど、腹ぱんぱんになるほどの品数も無かったし、肉の味付けもちょっと上品なくらい。いや、いい肉食べさせてもらったのはわかってます。十分美味しかったです。


 だけど、これを毎日食べるのはなあ……という印象でもある。

 シンチャの作ってくれた美味しくて飽きない手料理はもちろんのこと、ここのところめきめきと腕を上げてきている俺自身の手作りのほうが毎日食べる分には、シンプルで飽きが来ずに良いなあ。

 ここの料理人さんも、日替わりで多種多様なレパートリーを見せてくれるんだろうけど、俺には関係ない話だし。


 以上、食事の感想終わり。

 メニューは4~5種盛られた前菜とスープとメインの前のなんだかよくわからない料理。

 それからメインの肉料理と柔らかくて美味しいパンと、柑橘系ジュースとお水とデザートでした。デザートはぐちゃぐちゃしたプリン的な何かでした。高級そうだけどわけわかんない食感と風味だった。


 それを食べる前後の会話。


 一応断わりました。拒否してみました。早く家に帰ろうと努力はしました。

 ポーラさんに、頑張って自己主張しました。


「家に帰るのが遅くなるから……」


「ちゃんと馬車で家まで送り届けますので大丈夫ですよ」


「家族が待っているから……」


「伝言を伝えましょう……」


「あの、その家族のご飯の用意もしないといけなくて……」


「まあ! ルートさんがお料理なさるんですか?

 感心ですね。ではたまには、お休みするのもいいでしょう?

 折角だから、ご家族の方もお呼びしましょうか?」


「いや、それは……一応病人なので……」


「では、言づけするついでにお食事を運んでもらいましょう。

 ご家族は何人ですか?」


「一人……ですけど」


「では、そういうことで」


「あの……、やっぱり帰ろうかと……。

 悪いですし、気を使っちゃいますし……」


「ああ、大丈夫ですよ。

 一緒に食事するのは、わたしとアリシアお嬢様とマリシアお嬢様だけですから」


「えっ? クラサスティス伯爵は?」


「あら? 御存じないですか? ここのところずっとお留守なんですよ」


 と、俺とポーラでごちゃごちゃやってると、しびれを切らしたアリシアが、


「とにかく! ポーラ、なんとしても食事に誘っといてね。

 あたくしは部屋に帰るから。

 あなたも、遠慮してないで言われたとおりにしないな!」


 その剣幕で俺は、


「じゃあ……、お言葉に甘えて……」


 と妥協。軍門に下ることとなった。簡単に言うと押し切られたわけです。

 まあ、ゴーダにも食事を届けてくれるなら事情も軽く説明してもらえるだろうし。


「食事まで、わたしのお部屋で待ってましょうか?」


 と今度はローブの裾に気を付けて慎重に歩きだしたポーラさんについていく。


「そうそう、話の続きですけどね。

 普段から、ロンバルト様……クラサスティス伯爵は、お忙しくて食事をご一緒しないことも多いんです。

 偉い人たちと会食する機会やパーティなどにお呼ばれすることが多いんですよ。

 それに、ほんの少し愛想の少ないマリシアお嬢様とごく少量だけわがままな部分をお持ちのアリシア様は、そういった雰囲気がお嫌いですからロンバルト様も無理には連れて行こうとしないそうなんです。

 あ、ここです。

 散らかってますけど、どうぞ」


 案内されたポーラさんのお部屋は散らかっているとかそういうレベルの問題ではなかった。

 お菓子? の食べかすや空き袋。空き瓶、しかもおそらくアルコールの類がほとんど。

 魔道書から小説かなにかの分厚いからが、ベッド以外の床、机、その他もろもろに散乱しちゃっている。


「おかけになってくださいな」


 とパンくずみたいなのとホコリだらけのソファを勧められた。仕方なくそこに腰を下ろす。


「食べますか?」


 と、ビスケットも差し出されたが辞退した。もうすぐご飯だから。


「ほんとに伯爵様がお出かけになってるの知らないんですか?」


「なにか、有名な話なんですか?」


 と正直に聞くと、


「王都に行ってらっしゃるんですよ。

 お聞きになってませんか?

 女王陛下が妊娠なさっててもうすぐお子様がお生まれになるというお話」


「あ、それなら……」


 そういえば、そんな話は小耳に挟んだことがある。

 一風変わった住人の多いこの街では、それほど話題になってはいないだけで、貴族の人とか、王都とかだと大騒ぎなんだろうな。

 だけどそれと伯爵の不在とどういう関係が……。


「なんでも、もう性別がわかっているとか。

 お姫様らしいですよ。

 この国は代々女系で継承という決まりですから、お世継ぎ様ですね」


 俺は、世継ぎという言葉に懐かしみを覚えた。

 俺も昔はそうだったなあ。ほんの数年前まで王子だったから。短い間だったけど。

 今は単なる平民で、ゴーダから習った剣術ぐらいしか継承できるものがない。落ちぶれたものだ。 


「それで、王族に近しい人、諸侯、力のある貴族なんかは、お祝いの祝典のために呼ばれてるんですよ。

 この街からだと、王都までは何か月もかかりますからね。

 もう、生まれる前から出発しとかないと間に合わないんですよ」


「それは大変ですね……」


「でも、一生のうちに何度も無いことですからね」


 そりゃそうだ。何か月もの道のりを頻繁に呼び出されていたら面倒でたまらないが、世継ぎ誕生ぐらいなら喜んでいくのが筋だし事実喜ばしいことなんだろう。


「話は変わりますが、アリシアお嬢様のお話なんですけど……」


 と、ポーラさんは話題を変える。


「はい」


「何を言いだすおつもりか、はっきりとはわかったわけではないんですが。

 それに初対面の方にこういうことをお願いするのもなんなんですが……。

 できるだけ、アリシアお嬢様の申し出をお受けしていただきたいのです」


「え? 何の話かわかるんですか?」


「大体……まあ、全然違うってこともあるかとも思いますが、おそらくは。

 ああ見えて、寂しがり屋さんなんです。

 同じお年頃のルートさんと出会えて嬉しくって、でも素直には言いだせない。

 そんな感じのお話だと思います」


「はあ」


 はいでもなく、うんでもなく、はあ。正直話が見えてこない俺はそう漏らすので精一杯だった。

 ポーラさんの予測が半分ほど的中してたであろうことは、後程明らかになる。


 そうこうしているうちに、食事の準備が整ったからと、召使い的な人が呼びに来たので食堂へ。

 なんだかんだ、魔術の家庭教師といいながら、屋敷内を自由にうろうろしてるみたいだし、散らかり放題にしても誰からも咎められない自室も与えられているし。

 使用人たちは敬意を表しているみたいだし、ポーラさんはここが居心地よさそうだ。

 まあ、実際名のある魔術師だからってのもあるんだろうけど。

 追い出されなくてよかったと思う。そうなってたら俺にも少し責任があることになるから。


 食堂は狭くもなく、質素でもなく、一言で言えば豪華な何十人も座れるような大きな部屋と机だった。

 四人分だけのテーブルセットがぽつんと置かれている。

 

 少しして、マリシアがやってきて無言で着席する。視線を合わせようともしない。

 ぶつぶつと独り言を言ったりしないから、そこまでおかしな人間ではないだろうけど、やっぱり無愛想だ。

 アリシアが入ってきて、ドレスの裾を持ち上げて一礼。こういった作法とか振る舞いはお嬢様チックなんだけどな。


「さっきの話なんだけどね!」


 と座るや否や、実際に給仕が引いた椅子にお尻が付く直前ぐらいでアリシアが切り出そうとするが、


「アリシアお嬢様、そのお話は食事のあとでよろしいんじゃないですか?」


 とポーラにたしなめられた。この人は、マナーとかの面でも教師なのかな? それもあっての高待遇なのかな? と少し思う。

 魔術師としては実戦で使い物にならなくって、あの部屋の散らかりようを知ってしまうとだらしないし人間的にはどうなんだろうとも思ってしまうけど。


「ポーラが言うならそうするけど……」


 とアリシアも承認して静かな食事が始まった。

 いつも通りの無口なのだろうマリシアは、会話のためにはまったく口を開かない。

 なにか尋ねられても首を縦か横に振るだけ。

 さっさと食べ終えて話がしたいアリシアは、マナーもそこそこにがつがつと食べ進む。

 マイペースなポーラさんは、それに気づきながらも食事を中断しては俺のことをいろいろ尋ねてくる。

 俺は、アリシアから向けられるさっさと食えという視線にさらされながら、答えられることは適当に答えつつも、わりと急いで食べた。一応は味わって。


 で、コースを食べ終えてのティータイム。


 ときは満ちた。

 ようやくアリシアが、切り出した。


「ルートだったっけ? あなた、あたくしの魔術の教師になりなさい!」


 依頼ではなく強制。しかも魔術教師。


「えっ? あの……、アリシアお嬢様!? わたしは……」


 突然のことに狼狽するポーラさんを尻目に、マリシアは食堂を出て行った。

 ほんとにマイペースな子だ。姉妹でこんなに違うものなのか。


 で、針が上に振りきれているほう、姉のアリシアは、


「降格よ! 降格! ポーラは家庭教師の家庭教師!」


「え? どういうこと?

 僕、魔術なんて教えれないですよ!」


 と俺は言う。聞き届けられないことを承知の上で。

 ポーラさんの立場だってあるんだし。


「だから、ルートはポーラに魔術を習う!

 そしたら、習った魔術をあたくしに教えなさい!

 初めてであれだけできたんだから、他にもいろいろ覚えられるでしょ?

 あたくし、思ったのよ。

 何がいけないって、やっぱりポーラの教え方なのよ!

 経験がありすぎるから、初心者向きじゃないのよ。

 じゃないと、あたくしが上手にならない意味がわからないわ!」


 初心者である俺がすぐに習得できているという論理はどこかへ行っていた。


「いえ、ですからお嬢様、それは基礎からみっちりとやればいずれは……」


「いいの! もう決めたの!

 あたくしはルートから魔術を教えて貰います!

 初心者同士、同じレべルなんだから、コツとかいろいろわかると思うのよ。

 お父様が帰ってきたらちゃんと話すし、ポーラのお給料はそんなに減らさないようにお願いするから!」


「えっ! え、えええっ~~~~!

 減額……なのですか!?」


「それはそうでしょ? あたくしを直接教えるわけじゃないんだから!

 降格なんだから。

 というわけで、ルートは明日から、10時にここに来て頂戴な」


「ま、待って……ください」


 勝手に話を進められても困る。


「あの、朝は狩りとか、薬草狩りで忙しいし。

 それがないと暮らしていけないし……」


「だから、お給料は払うわよ。

 お店の分のお給料と、朝の狩りの分ね。

 おいくらぐらいかしら?」


 即座に応えるのは難しい。

 兎3羽で……、1500。薬草は売れたり売れなかったり。そもそも、買ってくれてるのってマリシアだけだし。

 ポーションもそうだ。作っても売れない。だけど、ここんとこ買ってくれてたからな。ピンクポーションが売り切れるまでは。

 ええい、勢いで返しちゃえ。


「大体……7……じゃなくて8000……G……ぐらい? ですか?」


「わかったわ。日当で8000Gね。月末払いになるけどいいかしら?」


「それは……」


 貯金もあると思うし大丈夫かな?


 黙って頷く。というか、相手のペースに付き合わされてるなあ。俺の自由意思どこ行った?

 まあ、こんな荒唐無稽で金の無駄遣いというアリシアの独断。伯爵が帰ってきたら止めてくれるだろう。それまでは、ポーラさんから魔術を習えるというメリットもあるし、流されてしまってもいいかも知れない。ちょっとした稼ぎにもなるし。


「じゃあ、よろしくね。ルート。ああ、あたくしのことは普通にアリシアって呼んでいいわよ。それから変な敬語も止めて頂戴。

 あたくしもルートのことは先生なんて呼ばないから。

 お互い変な気遣いはしないようにしましょう」

 

 なんとなく、さっきのポーラの話が半分当たってて半分外れていたという気がしたところ。

 寂しさ余ってなんとやら。

 お友達と魔術の練習相手と、半人前教師の一挙獲得とはさすがお嬢様。がめつい。


 というわけで、またもや路線変更です。

 ごく普通の田舎少年からの、ハンターからの、魔法薬屋さんからの、魔術の家庭教師見習いです。

 ゴーダになんて言おう……。

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