第12話 大旋風
風のイメージを作りかえる。一旦リセットだ。
一度変換してしまった魔術のエネルギーをまた一から再構成させるのは困難だ。初挑戦。
だがやるしかない。
まずは無風をイメージ。空気の流れを穏やかに……。
それから改めて空気の圧縮……どうしても複数個できてしまう。中級魔術だからか?
一つに纏めたいのに、出来る気がしない。無理そうだ。
仕方がない。三つほどできた風刃の
放出する方向もコントロール。
一直線ではなく、魔方陣の中を俺の体に触れない範囲を周回させるイメージ。どこまで思い通りに動いてくれるかわからないが。
これくらいなら……。仮に魔方陣の外に漏れだしても大事にはならないだろう。
せいぜい、数百? 数千の蔵書がずたずたになって壁やら天井やらに傷が入るぐらい。
高そうなシャンデリアが天井からぶら下がっているが、運悪くぶち当ててしまったら、請求はポーラさんに回してもらおう。
元はと言えば、間違えて中級魔術の呪文を教えたポーラさんのミスなんだから。俺はしがない被害者だ。
おびえるアリシアの前にポーラさんが仁王立ちしている。杖を構えている。
もしもの時は防御魔法でも唱えてくれるのかな? それならアリシアを怪我させてしまう心配もしなくてよさそうだ。
これ以上は魔術を留めておくことはできない。
そう感じた俺は思いきって、最小限の出力を心掛けながら、魔術を発動した。
「いっちゃいますっ!」
無難な結果を求める。
思っていたよりも威力を抑えることに成功したようだ。
みっつの風の刃がそれぞれに俺の周りを10周ほど周回する。徐々に勢いを弱めながら、最後にはプシュっと消える。
その間わずか、2~3秒程度。
被害損額0G。消費した魔力も……さほどでもない。
「…………」
その様子を見てあっけにとられるアリシア。
「あれ? 大丈夫でした……ね……」
とポーラさん。杖を下ろした。
「なによ! あたくしを脅かせておいて! その程度なの?
中級の魔術の威力ってもっとすごいんじゃないの?
そんなの初級レべルじゃない。
せっかく気構えしてたのに損しちゃったじゃないの!」
先ほどの怯えとは裏腹に、アリシアが怒鳴り散らす。
気構えって、ポーラさんの後ろで震えてたことを指すのか。勉強になった。
「まあまあ、アリシアお嬢様。何事も無くってよかったじゃないですか。
多分始めて使うものですから、それほどの威力を持たなかったのでしょう」
危うく大惨事を引き起こしかけた当事者のポーラがまるで他人事のように言う。
「とにかく、手違いはあったとはいえ、ルートさんに魔術を教えるのには成功しました。
というわけでお約束どおり、今後はわたしの指導に従って貰いますからね」
とポーラさんは勝ち誇りと、クビにならずに済んだ安心感を
だが、それで引き下がらないのがお嬢様。
「まだよ! 風属性はたまたま相性が良かったのかもしれないわ
そうよ! きっとそうなのよ!
他の属性も試してみないとわからないわ!
水風土以外、そうね、火属性はどうかしら?」
俺達はアリシアに押し切られる形で、火の初級魔術の練習を始める。
今度は、ポーラさんも呪文を間違えなかった。ちゃんと火属性の初級魔法。
呪文も簡単だった。アリシアがさっき習ってたやつだ。
で、それはあっけなく成功する。
俺の指から申し訳程度の小さな火球が飛び出してぼとっと落ちた。
もちろん俺が威力を最小限度に絞ったからそうなったのだが。
普通に使ったら、直径1mぐらいの炎になりそうだった。
アリシアはまだ引き下がらない。
「じゃあ光はどうなのよ!」
と、光魔法。これも成功する。ちなみに言うと呪文は『シュー・ダ・ショゥ』。
俺の指から伸びたレーザービームが魔法陣の淵まで伸びて、プシュっと消える。
「まだまだ! 今度は闇よ! 闇属性は!?」
とその段になって、ポーラが、
「お嬢様。闇魔術は、生ける相手に唱えてこそ成立する魔術です。
ここで練習することはできないです」
とお嬢様を
「うっ、ぐ……」
と唇を噛んで悔しがるアリシア。
納得がいかないのか、結局水と土でも同じことをやらされたが、ここまできてわざと失敗するなんてことはできないな。
せいぜい、威力を最小限に抑えて放出するのが関の山だ。
もはや、それは単なる消化イベントだった。
「お気はすみましたか?」
ポーラは優しく言った。やっぱり大人。子供の扱い方を良く知っている。
頼りないドジっこのようでいて。
「ルートさんもお疲れ様でした。初めての魔術で疲れたでしょう?
大分と魔力を消費してしまったはずです。
アリシアお嬢様、こちらのブルーポーションですけど、ルートさんに二本ばかり差し上げてもよろしいですか?」
「勝手にしてちょうだい!」
とアリシアは部屋を飛び出した。
う~ん。集金はまだなんですが……。
部屋に残されたのは魔法薬宅配人と魔術家庭教師の二人。
「やる気は人一倍ある方なんです……。
それに、ああ見えて素直で明るい優しいお方なのですよ。ほんとうは。
それは勘違いしないでいただきたいです」
とポーラさんが語り始めた。
「はい」
と言うと、
「わたしの前で敬語は結構ですよ。子供はもっと子供らしくしなくっちゃ。ね?」
俺は「うん」と言いなおす。ポーラさんも敬語だけど地なんだろうなと。
俺も、他人の前では自然と敬語が身に付いてしまっているから、無理に子供らしく振る舞うことはしないでおこうと思った。そっちのほうが逆に不自然になるかもしれない。
ゴーダの前だと年相応に振る舞うのは慣れてるから楽なんだけど。
「お嬢様たちは幼くして、お母様を失くされたそうです。
なんでも旅の途中で魔物に襲われたとか。
おじいさま、おばあさまたちとお出かけになられていたそうなのですが、みなさんご一緒に……。
ちゃんと護衛を雇っていたのですが、運が悪かったのでしょうね。
護衛もろともです。無残な姿で発見されたと言います。
それ以来、魔物を倒す力を求めて魔術の練習を始めたそうです。
ロンバルト様……お父上のクラサスティス伯爵もアリシアお嬢様が決めたことだからと、それを見守っておられます。
極力アリシアお嬢様の望む環境を整えてあげようという優しい思いなんでしょうね、わたしが家庭教師として雇われたんですよ。
魔術の練習は魔力が続く限りという条件は付けられているんですが……。
だけど……、ねえ、こんなにブルーポーションを買って来てしまって」
とポーラは部屋の隅に置いてあった瓶を取って俺に手渡した。
「お疲れになった……とは思わないですけど、一応飲んで置いてあげてください。
あれだけの魔術を使って魔力がそれほど減っていないとなるとそれはそれでアリシアお嬢様のやっかみの対象になりますから。
アリシアお嬢様は魔術の才能が無いわけではないんですよ。
現に双子の妹のマリシアお嬢様の魔法薬作りは順調なようですし……」
俺は魔法薬を飲みながら聞いた。なんだろう。愚痴に付き合わされてるのかな?
とりあえず、ポーラさんは話のわかるまともな人間だというのがわかった。
ドジで実戦に弱いというのを知らなかったら、それなりに立派な魔術師だというのも自然にうなずける。
「あの方たちの才能の本質は、多分補助魔法。回復とか、変化形とか……。そっちの系統なんだと思います。
なのに、アリシアお嬢様はちっとも聞いてくれないのです。
攻撃魔法ばっかり習いたがるんですよ。
それでいて、緊張ばっかりして全然うまくならない。
得意で相性のいい火属性の魔術でも、ごくたまに成功する程度です。
他はからっきしで。
それに生まれ持った魔力の量もそれほど多くないんです。
これから成長とともに少しずつ増えていくとは思いますが、今はまだ魔術を使うだけの魔力があるかどうか……。ぎりぎりのラインで。
だからすぐに魔力を使い果たしちゃうんです。簡単な魔法の練習だけでです。
前に、こっそり魔法薬を買って飲んでたのはロンバルト様に見つかって禁止されました。
それ以来、この街のお店では魔法薬は買えないように、それぞれのお店には連絡済みだったはずだったんですけど。
あなたのお店はどこでやっているんですか?」
「えっと、市場の裏の路地で……」
「ああ、露店ですか?
なるほど。それならば、アリシアお嬢様の出入り禁止の情報もまわってないかも知れないですね。
それにしてもよく見つけましたね。マリシアお嬢様はそういう掘り出し物を探すのはお好きですけど。
ピンクポーションはもう扱ってないのですか?」
「ええ、売り切れちゃいました」
「それは良かった。
……、いえ残念というべきですかねえ。
あれなら、高くてお嬢様のお小遣いでは幾つも買えないと思ってたんです。
そもそも、お嬢様の魔力量だとあんな高価な魔法薬はいらないんですよ。
そもそもホットポーションはいらないくらいです。
お嬢様の魔力量だと、ブルーポーションでも新鮮なものであれば一本飲めばほぼ全快まで回復しそうですからね。
だけど、これはわたしが引き取りますね。
ロンバルト様に見つかったら怒られちゃいますから」
「あっ、なんだったら返品も受け付けますけど……」
俺は、商売っ気も出さずに言った。魔物とも戦わないし、魔力が十分にありそうなポーラさんにブルーポーションは何の役にも立たないだろうから気の毒に思えたのだ。
「ここまで運んでもらってそれは悪いですよ。
気にしないでください。お給料はいいんですから。
それに、これは体力魔力の回復だけじゃなくって精神のリフレッシュ効果もありますからね。
こう見えて、結構ストレスのたまるお仕事です」
精神的疲労については深く同意。あのアリシア相手というのは疲れるだろう。
あと、ブルーポーションはアリシアの部屋にも沢山あるんだけどな……。
あと10本ぐらい。
それはどうしようかな……。バラすとアリシアに怒られそうだし。
でも言わないとお金もらえないし。またこっそり買いに来たりしてくれるかな?
でも今後は売らないでくれという雰囲気だな。
まあ、こっちの分だけでも元は取れてるからいいか……。
ポーラさんはなんだかんだ性格のよさそうな女性だった。
アリシア相手だとあわあわおろおろおよよって感じだけど、普通にしているとごく普通の大人の女性。年齢不詳だけどやっぱりそれなりに人生経験豊富なようだし。
語り方、話の内容からそれが伝わってくる。
パルシと俺が知り合いだっていうことを話せないがのが残念だ。
最近の様子とか聞いてみたいのに。
三歳ぐらいから会ってないし、ゴーダからも話は出ない。というよりはゴーダもパルシとは連絡が取れていないみたいだ。
元気にしてくれているといいけど。
「というわけで、済みませんが、今後アリシアお嬢様はもちろん、マリシアお嬢様にも魔力回復用のアイテムは売らないでおいて欲しいのです」
やっぱりそうきたか。まあ、仕方ない。
「わかりました。
あ、でもそのマリシア様に、薬草を売るのは?」
「それは大丈夫です。マリシアお嬢様はまだ魔力回復の魔法薬を作れる技術は持ってませんから」
「ひょっとしてあの子が薬草を買いに来るのって?」
マリシアはアリシアのために魔力を回復するアイテムを作ろうとしているんじゃないかなと思って聞いた。
「ああ、あれはですね、未来の大きな夢ですよ。
まあ、その途中で魔力の回復薬もつくるおつもりでしょうけどね。
一時的に魔力量を増やす魔法薬。そんなものを作ろうとしているみたいなのです。
姉のアリシア様のためにね。
もっともそんな便利なものが発明できたらすごいことですからまだまだ遠い将来のことでしょうけど。
このまま地道な努力を続けていればいつかは叶うかもしれませんね。
長々と引きとめてしまってすみませんでした。
暗くならないうちに外まで送りましょう」
そう言って背を向けてドアに向かうポーラ。
ご丁寧に、自分のローブの裾を踏んづけて盛大に躓いて転んで鼻の頭をドアにぶつけるというお約束を消化したあと、ドアを開いた。
さあ、お見送られてようやく帰宅……とはいかない。
開け放たれたドアの外にはアリシアが仁王立ちしていた。
「ふっふっふ……。
あたくし、とってもいいことを思いつきましたの。
あなたにとっても悪い提案ではなくてよ?」
にやりとした笑みを浮かべながらアリシアが言った。あなたというのはどうやら俺のことを指すらしい。
正直、悪い予感しかしてこない。
「長くなりそうなんで、ルートさん。ご一緒にご夕食でもどうでしょう?
帰りは誰かに遅らせますし、なんだったらおうちの方へもご連絡さしあげますから。
ねっ? そうしましょう。
で、お話はお食事の時に。
それでいいですよね? アリシアお嬢様」
と、どうでもいい気遣いを見せてくれるポーラ。それより、アリシアの悪だくみを止めて欲しい……。が、この人では無理なんだろうなあ。
貴族の食事なんて、王城から脱出した時以来だな。
あの時は離乳食だったから、大人向け異世界メニュー(貴族仕様)を見るのは始めてだ。
だけど、それよりもアリシアの考えていることの中身を想像するのが怖すぎて、食事への期待どころではないのだった。
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