第11話 美魔女

「では、魔法の基礎練習から……」


 と、ポーラさんは授業? を始めようするが、アリシアは、


「そんなの魔力がもったいないわ!

 魔術よ魔術。魔術を教えなさいっ!」


 とまともに取り合わない。


「ですが……、魔法の基礎があってこその魔術ですから……。

 基礎は重要なんですよ。いつも言ってることと思いますが」


「いいのっ! 魔術の技術があがれば自然と魔法なんて使いこなせるようになるんだから!

 それに、冒険者になったら魔法なんてほとんど無用よ。

 あんな威力の無いものは、平民の日常生活でしか役に立たないんだから!」


 酷い言いようだけど、伯爵令嬢としてはもっともな意見なんだろうな。

 料理もしないし、風呂も沸かさないんだったら火魔法なんて使い道が無いのは確かだ。威力が弱すぎて。

 それにしても、この子、どうして冒険者になりたいんだろう?

 同じ道を志す仲間だけど、できたら別の学校に入りたいと願う。

 まあ、俺はともかくアリシアが入学できるだけの実力が身に付くかどうかは知らないけど、貴族令嬢だから親の力、コネとか使ってねじ込みそうで怖い。


「わかりました。

 では、アリシアお嬢様の苦手な土属性を……」


 とポーラさんが譲歩するが、それでも納得しないアリシア。


「いやよ! そんな気分じゃないわ!

 あたくしの得意な火属性から始めて頂戴!」


 どこまでもわがままお嬢さんだ。

 

「ですけど、苦手を克服してバランスよく……」


 ポーラさんは言いかけてそこで止めた。アリシアがキッと睨んでいるのだ。


「……わかりました。火ですね。

 では、火の初級魔術。小さな火球を生み出す魔法にしましょう。

 詠唱は覚えてますよね?」


「馬鹿にしないで!」


 吐き捨てるように言うと、アリシアは部屋の中央に描かれた魔法陣に入っていった。


「………………。

 ………………………………」


「……」


「………………………………」


 あれ、沈黙が訪れた。もしかして覚えてないってやつか?

 ポーラさんがそっとフォローする。


「念のために、申し上げておくと火球の魔術の詠唱は、

『トーツ・ガーダ』ですから……。

『トーツ』でそれから『ガーダ』ですよ」


「わかってるわよ! それくらい! もう何回もやってるんだから!

 じゃあ行くわよ」


 と、アリシアが気合を入れる。


「と……、とつ……ぎゃー、ちゃ!」


 なにこれ? 全然呂律が回ってない。

 一歳の時の俺以下だぞ?

 当然火球なんてこれっぽっちも生まれない。得意なんじゃないの? 火属性。


「アリシアお嬢様、気を取り直して、もう一回!」


「言われなくてもやるわよ!

 ちょっつ……じゃー!」


 悪くなってるじゃん!


「アリシアお嬢様。どうかそれほど緊張なさらずに。

 お気を楽にして」


 ポーラさんが励ます。


「ちょーるぱー!」


 もうだめだ。物覚えと発声に大きな難ありだ。いや、なんだかそれ以上の問題を抱えていそうな気がする。


「お嬢様。そうやって、いざ魔術を唱えるとなったら、必要以上に体を固くしてしまうのは悪い癖です。

 もっと軽い気持ちで、自然に。体のお力をお抜きになってください」


 ポーラさんの指摘はもっともだ。アリシアはわなわなと震えだしそうなぐらい体を固くしてしまっている。

 素直に聞き入れればいいものの、そうはいかないお嬢様。


「なによ! ポーラに言われたくないわよ!

 ポーラだって、魔術の技術はすごいのに、いざ魔物の前とかになったら緊張してぜんっぜん魔術が使えなくなるんでしょ?

 だから、こんなとこで家庭教師ぐらいしか仕事ないんじゃないの!」


「ううっ、それは言わない約束です……お嬢様……」


 アリシアの指摘は事実なのか、ポーラさんはがっくりと肩を落とす。うっすらと目に涙を浮かべながら。

 そうなのか……。だめだ。この二人。ポンコツ師弟だ。


「ほんとに、大魔道師パルシの姪っ子が聞いて呆れるわ!」


 罵りモードに入ったアリシアはエンジン全開の模様。

 いや、でも今なんて言った? パルシの姪? そうなの?

 俺は思わず口にする。


「パルシ?」


「ええ、そうよ。聞いたことぐらいあるでしょう?

 ハルバリデュス王国の大魔道師。

 今は国が無くなったから、隠棲してるらしいけど。

 あの大魔道師からも認められるほどの魔術の使い手なのよ、ポーラは。

 なのに実戦では全然役に立たないって」


「いやあ、それほどでも……」


 ポーラさんは頭を掻いて照れるが、


「褒めてない!」


 と一蹴される。


「とにかく、すごい知識を持ってるし、人に教えるぐらいなら緊張もしないからって。

 そういうふれこみでわざわざ呼んでもらったのに。

 全然役に立たないじゃない! ちっともあたくしの魔術は上手くならないんだから!」


 いやあ、アリシアにその責任の大部分がありそうなとは思っても口に出さない。


 が、勇気あるポーラさんは果敢にも反論する。


「あの、わたし、人に教えるのが下手だって言われたことないです。

 アリシアお嬢さんの前にも、何人かに教えてましたし。

 教え上手だと評判で……」


「なによ! あたくしのせいだって言うの?」


 とヒートアップしそうなところで扉がいきなりバタンと開いた。

 いつもお店に来てくれるアリシアの兄弟だと言う子だ。


「あ、いつもどうも。お邪魔してます……」


 と一応挨拶するも視線を向けてきただけで、特に何も口にしない。

 そのまま部屋の壁際にある大きな本棚のところに行き、数冊の本を手に取るとまた黙って出て行った。


 一瞬訪れた沈黙に、なんとなく気まずい感じでいると、


「マリシアお嬢様はいつもああなんです。

 お気になさらずに」


 ポーラさんが言う。結構気の付くいい人だ。俺なんかにちゃんと接してくれる。

 そんなことより……。

 うん、うすうす気づいてたけど男の子じゃなくって女の子だったんだね。

 びっくりはしない。うすうすだけどそんな気がしてたから。名前も女の子っぽかったし。

 それからポーラさんは聞いてもいないのに、


「マリシアお嬢様は魔法薬の研究が趣味で、わたしの持って来た魔術書を片手に独学でお勉強なされてるんですよ。

 わたしがお教えしてあげたいんですが、自分のペースでやるのがお好きだと言って……」


 すかさず、アリシアが突っ込む。


「なによ! お給料は十分払ってるでしょ? 二人分の授業料を貰いたいの?

 ポーラはあたくしの専属でなにか文句があるわけ?」


「いえ、滅相も無い……」


 ポーラさんがぶんぶんと首を振る。


「でも、このぶんじゃ近いうちにお役御免かもね」


「そんな、ご無体な……」


 本気で言っているようでもあり、人をおちょくって遊んでいるようでもあるアリシア。 少し考えこむと意地悪そうに切りだした。


「そうだわ! ちょうどいいじゃない!

 ポーラが人に魔術を教えられるのかどうか、やってみたらいいじゃないの!?

 あたくし以外で……」


 とアリシアの視線が俺に向く。ほら、面倒に巻き込まれた。


「魔法薬! あなたお名前は?」


 人を魔法薬呼ばわり。まあ、すぐに名前を聞いてくれたからいいけど。


「ルート……だ……ですけど」


「ルートね。いいわ。

 あなた、魔法薬が作れるぐらいなんだから、魔術だって少しは使えるんでしょ?

 得意属性は何?」


 得意? 得意と言われても、今まで使ったことがあるのは魔法薬精製用の水と土属性。 他は試そうにも呪文とかがわからない。

 あと、使い損ねている闇魔術ぐらい。たったそれだけだ。

 俺は少し考えて、


「水と……土……かな。あとは使ったことないからわからない……です」


 と答える。


「じゃあ、こうしましょうよ!

 ポーラが、ルートに水と土以外……そうね、風でいいんじゃない?

 風の魔術を教える。

 元々魔術使えるんだから、初級の魔術ぐらいはすぐに使えるようになるはずよね?

 教えるのが得意なんだったら簡単でしょ?

 だけど、もし出来なかったら……」


 ごくりとポーラさんが唾を飲みこむ音。


「ポーラはクビ! 別の家庭教師に入れ替えよ!」


「そんなあ、わたし、ここが気に入ってるんです!

 お給料だっていいし、お食事もおいしいし、いつだってお風呂に入れますし。

 お庭も広くて、お散歩にちょうどいいし。

 それに、無理を言われてきたんですよ。前の家の荷物は全部整理して……。

 いきなりお払い箱にされたら、すぐに次のお仕事見つかるかどうか……、貯金だってないですし……」


「知らないわよ! そんなこと。それくらい自分でどうにかなさい!

 立派な大人なんだから。

 それが嫌なら、ちゃんとこの子に魔術を教えたらいいでしょう」


 そう言われてポーラさんは俺を見つめる。そして、涙を拭きながら、


「わかりました……。言われたとおりにします。

 ですけど、ルートさんが、ちゃんと風の魔術を使えるように教えれたら、これからはわたしの言うとおりにきちんと基礎から練習なさってくださいね。

 それをお約束くださいませ」


「ほんとにできたらね!」


 俺は人の人生を左右する賭けの対象にダイスなりました。

 魔術を使える自信はあるが、本音から言うと失敗して無難に切り抜けたい。

 そっちのほうが目立たないから。

 だけどそうするとポーラさんが困ったことになってしまうらしい。

 こういう時って、当たり障りない程度に成功させるほうがいいんだろうな。

 アリシアの言うことは冗談と言うか、勢いで言ってて本気だとは思えないけど、ほんとにポーラさんが職を失って、浮浪者にでもなったら寝覚めが悪い。

 パルシの親戚だっていうし。


 いざ実践。ここまで俺に拒否の意思を表明するタイミングはありませんでした。


 俺は部屋の真ん中の魔法陣へ案内された。この魔法陣はいわば小さな結界。

 なんでも魔術を中和する結界のようなものらしい。この中でなら、ある程度威力のある魔術を使っても、魔法陣の外へは漏れ出さないから安全だという。

 もっともそんな威力の高い魔術を使うことはないだろうけど、確かに初歩の火球とかでも部屋の中で練習するのは危険だ。何かに燃え移ったらすぐに延焼していくだろう。

 さすが、大魔術師パルシの血縁で、実戦以外での魔術評価の高いポーラさんである。

 こういった練習環境を整える実力には長けているようだ。


「では、ルートさん。始めますね。

 風の刃ですから。風で刃を作ります。空気で鋭く斬りつける感じです。

 まずは落ち着いて、それから力を抜いて……。

 自分の周辺の空気を圧縮しながら研ぎ澄ますイメージです。それが出来たら解き放つ。

 たった2ステップですね。

 ここまではいいでしょうか?」


「はい」


 なんだかデジャブ。5年以上も前になるのかな? パルシに魔術を教わった時を思い出した。


「大した威力はありませんし、魔法陣の外に出ちゃうことはありませんので、お好きな方向に繰り出してくださいね。

 では、呪文ですが、

『トュービ・ダーカル・ヌメナ・イゼー』ですから……」


 長い……。覚えきれない。


「大丈夫です。ゆっくり唱えましょう。

 わたしが言うので同じように繰り返してください。

『トュービ・ダーカル』」


 ほんとにパルシの時と似ている。ポーラさんもパルシから魔術を習ったことがあるのかな? その影響なのかな?


「トュービ・ダーカル」


 あの時――パルシに教えてもらった初魔術――とは違ってさすがに、後を追うだけならすらすら言える。


「『ヌメナ』」


 わかる。自然と魔力が収束する。あとはイメージだ。

 風の刃。空気の圧縮。それを風刃と化す。

 うん、できそうだ。これなら、ポーラさんがクビになることは免れる。


 俺は、できるという確信を得て詠唱を続ける。


「ヌメナ」


「『イゼー』」


「イゼー」


 ただ一つ問題が……。大きな問題が……。

 パルシに教わった闇の魔術の時もそうだったけど……。

 俺の中の風の刃のイメージが半端なく広がっていく。攻撃力が初級並みですまなさそう。

 初級の風魔術って、小さなかまいたちぐらいだよね?

 無数の刃が渦を巻いて荒れ狂う竜巻ぐらいのが飛び出しそうなんですけど?

 このままだと小さな小屋ぐらいは吹き飛ばせそうなぐらいの威力になっちゃいそうなんですけど?

 この魔法陣の結界は持ちますか? 耐えてくれます? 信じていいんでしょうか?

 結界が働いたとしても中に居る俺の体って、風刃の竜巻に巻き込まれてずたずたに引き裂かれるんじゃあ……。


 俺は魔術の放出を一旦抑えた。ムルさんに習った魔術を保留する業が役に立つ。

 今にも飛び出しそうな奔流をイメージで抑え込む。

 せめて、せめて、つむじ風ぐらいに。

 出来るか? いややらねば……。やらねば目立ってしまう。無難が遠ざかる……。


 そんな苦悩をしているときに、ポーラさんがぽつりとつぶやく。


「あっ、間違えちゃいました……。

 それって、初級じゃなくって中級呪文でした。

 ちゃんと発動しちゃったら、その魔法陣じゃ抑えきれないかも……です……。

 お部屋……壊れちゃいます……。

 できたら……でいいんで、ちょっと威力は抑え目にお願いしますぅ……」


 今さら言うなよ!

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