第10話 大邸宅

 これであきらめて帰ってくれると思っていたが全然思い通りにはならなかった。そうは問屋とかが卸さなかった。


「なにか、なにか他に魔力を回復するアイテムは無いの?

 薬草でもなんでも、いいから! 正直に答えなさいよ?」


 いや、商売だし買ってくれるんだったら、ちゃんと受け答えはしますけどね。

 貴重な常連さんの血縁者けつえんしゃだろうと思うし。


「えっと、魔力の回復なら、こっちの葉っぱだとほんのちょっとだけ回復します。

 今うちにある中で一番効果が高いのは、ブルーポーションです」


「ブルーポーションって体力回復薬じゃないの?」


「まあ、そうなんだけど、これはまだ作ってそんなに経ってないから多少の効果は……」


「あなた魔法薬作れるの!?」


 あっ、どうしよう。あんまり目立つなってゴーダの言いつけ。

 まあ、簡単なポーションが作れるぐらいばらしてもいいか……。

 ほんの初歩的な魔術しか使わないし。


「種類は限られているけど……」


「まあ、どっちでもいいわ。そのブルーポーション。あるだけ頂戴!」


「えっ? 全部?」


「そうよ全部よ!」


「5本しかないですけど……」


「これの魔力の回復量ってどのくらい?

 5本も飲めば、ピンクポーション一本分ぐらいにはなるの?」


「いや、そんなには……」


「じゃあもっと必要だわっ! ねえ、ほんとに5本だけ? それしかない?」


「家に帰ったらあと40本ぐらいは……」


 言ってしまってから後悔した。


「わかった。じゃあそれをあたくしの家に届けてくださる?

 お支払いはその時でいいでしょ?」


 大口顧客の誕生だ。継続的に買ってくれるのかどうかわからないけど、こりゃあ儲かる。儲かる分にはいいのだけれど、貴族的な階層の人と知り合いになると後々でいろいろなトラブルに巻き込まれそうな予感が漂う。

 こういうのって不思議とよく当たる。


「じゃあ、よろしくね」


 と少女は一方的に言い終えて満足したのかそのまま立ち去ろうとする。

 えっと、名前も家も聞いてない。


「あの! どこに届ければ?」


「なに? あなたあたくしを知らないの?」


 ええ、存じ上げておりません。


「クラサスティス家のあたくしを知らないなんて!」


 ああ、クラサスティスさんね。

 確か聞いたことはあるな。諸侯さんだ。

 この街を支配している。この街で一番偉いクラサスティス伯爵。

 マーソンフィール王国では納税とか治安維持とかのお役所的なことはギルドが請け負ってるから、まあ支配といっても形式というか名目だけのものらしいけど。

 へえ~。貴族じゃんか。爵位付。


 えっ? 掛け値なしのお嬢様? そういうこと?

 いつも来てくれてたあの子も、じゃあそうなんだろうな。

 貴族――しかも街一番の――相手のお使いイベント発生。わりとよくある話だ。




 というわけで、俺は店を畳んで家に魔法薬を取に行くことになった。

 よく考えたら、ブルーポーションは材料まだあるし、簡単に作れるんだからこの機会に家にある約100本全部持っていこうかとも思ったが意外に重かった。

 少し挫けて当初の予定プラスアルファの50本だけを箱に詰めた。


 とりあえず、道の確認がてらゴーダに報告しよう。

 ノックして部屋に入るとゴーダはいつものように読書にいそしんでいた。


「じいちゃん、クラサスティスさんの家って前に通ったあの大きい屋敷でいいんだよね?」


「ん? どうしてそんなことを聞く?」


「いや、なんか魔法薬を届けてくれって」


「クラサスティス伯がか? まさか!? ルートの店に?」


「えっと、その娘さんか、孫か知らないけど、僕と同じくらいの年の女の子。

 その、クラサスティスさんのとこの子だって言ってた」


「ああ、たしかに。お前ぐらいの歳の双子の娘さんがおられるらしいな」


「じゃあ、やっぱりそうなんだ。

 確かに双子だと思う。一人は前からお店に来てくれてたんだけど、今日はもう一人の方が来たんだ。

 で、行ってこようと思うんだけど。

 折角のお客さんだし。もう注文受けちゃったし」


「まあ、仕方ないの。お客さんなのじゃったら。

 じゃが、くれぐれも失礼の無いようにするのじゃぞ。

 クラサスティス伯は、皆に優しい人格者ということじゃが、その娘さんや使用人達までそうとは限らんからな」


「うん、わかった。行ってくる」


 と、10kgはありそうな木箱を抱えて俺は家を出た。


 伯爵家は町の中心部にあり、徒歩だと一時間近くかかる。

 同じような距離を毎日往復――お店と家のとの距離もそれぐらい――しているとはいえこんな重い荷物を持って歩くのは久々だ。

 だけど、山奥での暮らしをしていた時に水汲みを手伝っていたのが役に立った。あの頃運んでいた桶ひとつぶんぐらいの重さだから、少し遠くても何とかなりそうだ。


 子供が大きな荷物を運んでいるもんだから、結構注目を集めてしまった。

 すれ違う人とかは別に気にしなくてもいいんだけど、問題はクラサスティス伯爵の家まで来たときだ。

 なんせ、広大な庭のある大豪邸だ。スケールは小さいが宮殿と言ってもいいぐらい。

 何百メートルにも渡って壁が張り巡らされている。

 壁沿いに等間隔で並ぶ兵士たち。おそらくギルドからの派遣なんだろうけど、みんな強そうだし、身元もしっかりしてるであろう真面目そうな人たちだ。

 あのお調子者のムルさんとはまったくベクトル違いの強者たち。

 その誰もが俺に好奇の眼差しを向けてくる。かといって声をかけたりはしてこない。

 皮膚に突き刺さる視線をあえて無視しながら、ようやくたどり着いた正門。


 正門でよかったのかな? 聞いておけばよかった。

 相手が、使用人とかだったら裏口とか通用門とかから入るのが普通なんだろうけど……。

 あの子の話がほんとうなら、お嬢様だしな。

 とりあえず門番の係をしていそうな人に声を掛けよう。


 重い木箱を脇に下ろす。その音でまた見張りの兵士や門番がこっちを睨むような視線を向けてくる。

 平和でのどかな街なのに、やっぱり偉い人の家の警備はそれなりに厳重だ。


「あの~すいません。クラサスティス伯爵様のところで働かれている方ですよね?」


 門番の若い兵士が答えてくれる。


「いかにも。で、何か用か?

 さっきから気になっていたんだが、その木箱の中身はなんだ?

 まさか、怪しいものではないと思うが……、一応はあらためさせてもらってもよいか?」


「ええ、もちろん。ただの魔法薬ですよ。

 あの、こちらの御嬢さんに頼まれたんです。

 僕と同じ歳ぐらいで、亜麻色でぐるぐるってなった髪の……」


 俺はジェスチャーでドリルを表現する。


「ああ、アリシア様か」


「お名前は存じませんけど……」


「いや、小さいのにお使いご苦労。ちょっと確認してくるからそこで待っていてくれ」


 そう言うと兵士は、門の格子越しに中に居る別の兵士に声を掛ける。

 その兵士が、ゆっくりと屋敷のほうへ行くのを見送った。

 結構、遠いな。屋敷まで。


 しばらくすると、アリシアが姿を見せた。ゆっくりと優雅に歩いてくる。


 が、門の傍までたどり着くと、


「遅いじゃない!」


 第一声が、半ば罵倒である。


「だって、家まで取りに帰ってたから……」


 俺の言葉をぶったぎるように、アリシアは、


「まあいいわ。

 とりあえず中まで持ってきて頂戴。

 ああ、この子は大丈夫よ。あたくしが呼んだの。

 それに、その箱の中身もあたくしが保証します。

 通してあげてくださいな」


 と門番に告げる。

 門番はかしこまって指示に従って扉を開けた。俺はふたたび木箱を抱えてくぐった。

 石畳が敷かれた広いくて長い小道をてくてく進む。


 えっと、こういうときってなんのフラグが立つんだっけ?

 無礼を働いて牢屋? それは嫌だなあ。ゴーダにも言われたけど失礼のないように慎重に行動しなければ。




「こっち!」


 無愛想なアリシアに言われるままに付いていく。

 さすが、お嬢様だ。ただ歩くだけで道が拓ける。

 家に入るときには召使いが扉を開け、ご苦労様の一言も無しにそれが当然のように進んでいく。


 左右から広がるカーブを描いた貴族の豪邸にありがちな階段の一方を上がって二階に行く。

 すれ違う使用人たちはみんな、アリシアお嬢様にかしずく。


 ふかふか絨毯の敷かれた長い廊下をしばらく歩き、とある一室でアリシアは足を止めた。自室だろうか?


 アリシアはこの時は自分でドアを開けて、


「そうね、その箱はそっちの端にでもおいておいて」


 と部屋の隅を指しながら俺に言う。

 やっぱり、寝室だった。一言で言うと、広くて豪華な子供部屋。貴族仕様だ。


「ピンクポーションぐらいの魔力回復量って、そのポーション何本分なの?」


 箱を降ろした俺にアリシアが尋ねてくる。


「30本か……それ以上……ですかね?」


 と俺は答えた。


「なによ、それってほとんど全部じゃない!

 そうなの?

 いいわ、持てるだけ持ってついて来て!」


 言われるままに俺は従った。平民だから。元は王子だけど。今は底辺に近い一般市民だから。

 権力にはこびへつらうことを、使命として課せられた下級階層だから。

 相手はおそらくナイフとフォークより重いものを持たない主義のお嬢様だ。


 来るときに通った廊下を戻り、階段をもう一階分上がる。

 上がった先のドアを開けてアリシアは中に入った。


「ただいま、ポーラ。

 さあ、続きをしましょう!

 なに突っ立ってんのよ、早く入りなさい!」


 促されて、俺は素直に従った。

 部屋の中には一人の女性が居た。


「ですが、アリシアお嬢様。今日はもう魔力が……」


 と、ポーラと呼ばれた女性は、言いながら俺の持っている魔法薬に目を止めた。

 そしてアリシアに向って言う。


「……まさかぁ……お嬢様ぁ。いけませんです。

 お父様から言われている……はずです。魔力回復薬を使わずに済む範囲で魔術をお勉強なさるのがお約束……じゃないですかあ。

 その条件でわたしもお教えしているのですから……」


 このポーラさん。真っ黒いローブ。古めかしい杖。

 見て納得の魔術師スタイルだ。もっとも普段はもっと普通の服を着ているのかもしれないけど。

 俺の知る唯一の他の魔術師であるパルシなんかはそうだった。

 昔の家に来たときなんかは、滲み出るなんとなくの威厳以外はごく普通の恰好をしたおじいさんだった。


 魔女らしからぬショートヘア。幼い顔立ち。丸いメガネ。

 幼児体型と言われても文句は言えない、無理に褒め言葉にすると背が低くて可愛らしいスレンダー気味な体型。ただし、ウエストのくびれはごく普通。

 年齢不詳。ぱっと見ると、10代と言ってもおかしくないぐらい若く見えるが、よく見るともっと年齢を重ねてそうにも思える。

 その第一印象どおりになんだか非常に頼りない。

 恰好はそれらしいが、こんな小さいアリシア相手に手足をばたばた。あわあわおろおろしながら応対している。


「いいの! せっかくお父様が留守にしてるんだから!

 やれるときにやっとかないと。

 いつものペースでやってたらいつまで経っても冒険者なんかになれないわ。

 さあ、始めて頂戴な!」


 と、アリシアは俺の手からひと瓶ひったくると、ごくっと一気に飲み干した。


「ほら、これで魔力は回復したわ」


「いえ、でも……やっぱり……」


「お父様に言いつける? わかってるんだから、ポーラにはそんなことできないって。

 これ以上、言うこと聞かないならクビにするわよ!

 魔術の家庭教師なんて、他に幾らでも居るんだから!

 理由なんて何とでもなるんだからっ!」


 なんとも、傲慢な雇用主だ。伯爵令嬢なら仕方ならぬ。


「ううぅ、それだけは……、それだけはご勘弁を……」


 とポーラさんは声に出してよよよと泣くと目に浮かんだ涙を拭いた。

 そしてよろよろと魔術書を取りに行った。


 お嬢様と出会ってお使いを果たし、その家庭教師の魔術師先生(ロリババア風味)と顔見知りになりました。

 魔法薬を届けた俺は、どうしたらいい?

 帰っていいのかな? そしたら無難にイベント消化して終われるんだけど。

 誰かお見送りしてくれないのかな?


 完全に無視され始めた俺は、なし崩し的にアリシアの授業風景を眺めることになるのであった。

 なにせ、まだ代金を貰ってない。


 これが、また新たな展開を迎えるきっかけとなりそうだ。

 既に覚悟の上である。金を惜しむとろくなことがないというのは世の常なのはわかっている。だけど、背に腹はかえられない。

 

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