第9話 御令嬢

 ゴーダとの話し合い。夕食後のこと。

 お互いいろいろと言いだしづらかったのか、食事中はいつにも増して無口な二人だった。


 で、食後の片づけを終えて俺から思い切って切り出す。


「あのさ、じいちゃん?」


「なんじゃ?」


「今日来たムルって人から……」


 一瞬、言葉に詰まるが一気に俺は捲し立てた。


「冒険者になるための推薦状を貰ったんだ。

 養成学校に入るときに使えって。これって……。

 これって、じいちゃんがお願いしてくれたって聞いたけど……」


「ああ、そのことか……。

 確かに儂から頼んだことじゃ。

 お前には苦労を掛けておる。

 この先だってな……。お前が大きくなるまで面倒をみることも難しいかもしれん。

 だからな、今できることを今できるうちにしてやろうと思ったのじゃ。

 お前の可能性を萎めてしまいたくはない。

 たったそれだけの思いじゃ」


「だけど……。

 できれば無難にって。冒険者とかじゃなくってって、思ってるんじゃないの?

 シンチャだって……、多分……そう思ってた……」


「お前の将来についてはな、二人でよく話し合ったもんじゃ。

 それこそまだ歩くこともままならない小さな頃からな。

 育ての親として出来る限りのことはしてやりたいと二人とも思っていた。

 無事に成長してくれることを一番に望み、できれば平穏な暮らしをして欲しい。

 それは今も変わっておらん。

 じゃがな、お前の本来はお前の心が決めること。それが本来のあるべき姿じゃ。

 儂らはお前が望むのなら、たとえ冒険者になることだって止めることはしない。

 シンチャとはそういったことを話していた」


 そうか……シンチャも……。

 俺の希望があれば、その気持ちを汲んでくれる。そう思ってくれていたんだ。


「ここ数日でお前はずいぶんと成長したように思う。

 まあ、儂が不甲斐ないせいで仕方なしという面もあるのじゃが。

 畑を手伝ってくれていた時のお前も、水汲みをした時のお前も、剣術の稽古をしていた時のお前も楽しそうにやってくれていた。

 狩りや薬草狩りの話をする時も、あのムルという男と一緒に森の中に入って行った時の話をするお前も同じじゃ。

 楽しそうじゃ。

 生きるためにはいろいろ学ぶべきことがある。

 楽しみながら身に付けるのが一番。

 お前が楽しんで没入できることがあるのなら、儂は迷わず力を貸すつもりじゃ。

 非力で頼りがいの無い年寄りじゃがな。

 そんな風に考えておる。

 その中で、お前が将来……、あえて万が一という言い方をしておくがの、万一冒険者を志した時にも、背後から支えてやりたい。

 そう思ったまでのことじゃ。まあ、一種の気まぐれでもあるがの……」


「じゃあ、僕がもし冒険者になりたいって思って、剣術とか魔術とか練習しようって思ってたら……」


「好きにするがいい。

 ただし、今は勉強が優先じゃ。

 儂の病が治るまでは、狩りや薬草採りを続けてくれると助かるというのも正直なところじゃ。

 そのうえで、空いた時間は好きに使えばよい。

 じゃが、せめて冒険者学校に入るまではお前のその努力、伸ばした力はできるだけ人目に付かないようにしてほしい。

 いつものことながら、理由を説明できないのがもどかしいがの」


「うん……。それは、その約束は護る」


 俺は、ゴーダの思いに感謝した。

 固い決意だったが、『限定的に護る』という微妙なラインに落ち着いてしまうのはそう遠くは無い話。


 そうだ、忘れてた。お金の件。


「あっ、そうだ。あの……ムルさんから……」


 と言いかけたところで、


「ああ、預かっているものがある。ちょっと待ってなさい」


 とゴーダは何かを取りに行った。


「お前に渡してくれと頼まれたもんじゃ。直接渡してもいいが、判断は儂にゆだねた方がいいということでな」


「えっ? いつ?」


「夕方頃じゃ」


「ムルさん来たの?」


「ああ、そうじゃ」


 とゴーダが渡してくれたのは札束……ではなく、小瓶に詰められたピンクポーションが3本。俺が封印をした奴だと思う。


「売り物にはならん品物だから、一週間ぐらいをめどに売るか自分で飲むかすればいいとのことじゃ。

 お前の事じゃ、渡しても悪いようにはせんじゃろう。

 使い道はしっかり考えるのじゃぞ」


「うん、ありがとう」


 それで話は終わったため、大金の行方は不明。

 そもそもゴーダが山分けのことを知っているかどうかもわからないし。

 ムルさんがほんとにネコババしたんだったら、ムルさんに悪いイメージついちゃうし。

 ゴーダがお金を受け取って、素知らぬ顔をしている可能性も少ないけれどわずかながらにあるし。

 俺はまだ子供だもんな。大金を与えてしまうよりかは保護者が管理するっていうのはとても筋が通っている。

 仕方がない。どうせ降って沸いたような儲け話だったんだから。

 沢山じゃないけど、日頃の売り上げに比べたら何倍にもなる日当は前払いで貰ってるし。

 また、コツコツ地道に稼ぐとしよう。これからは魔法薬ポーションだって作れるんだから。




 それからしばらく経っての話。

 相変わらず3匹ほどの兎を肉屋のガルバーグさんに届けるまではこれまでを変わらぬ一緒のルーチンワーク。

 午後一番で、ムルさんから教わった通りに魔法薬を作ってみた。

 採れた薬草で作ることができたのは、初心者冒険者用の代表的な体力回復薬のブルーポーションだけだった。

 ちゃんと封印したら1年ぐらいは効果は持つという。封印の仕方もレシピに書いてあった。わりと優しいムルさん。字は汚いけど。


 レシピ通りにやると意外と簡単にできた。

 なぜもっと早く作らなかったのかというのは、出来上がった魔法薬を詰める小瓶が手に入らなかったから。

 ムルさんが買い尽くしたからだ。そもそもこの街では、魔法薬の売れ行きが芳しくない。

 だから作り手も本気ではやらない。魔法薬用の小瓶の生産も大きな商売にはなりにくいということなんだろう。


 というわけで出来上がった薬は、病気の回復を助ける働きもあるというから、ゴーダに飲んでもらう分として半分ほどはキープしておくことにした。

 残りの50本ほどを売りに出す。といってもいきなりそんなに売れるわけはない。

 5本だけ店に持って来た。

 ついでに、ピンクポーションも一本だけ置いてみる。破格の5000G。


 ブルーポーションはさっぱり売れなかったというか相変わらず客が来ないのだけど、ピンクポーションは三日連続で1本ずつ売れた。

 買って行ってくれたのは、あの常連の少年。

 時にはピンクポーションだけを買って帰る。何に使ってるんだろ?

 

 


「ピンクポーションは?」


 いつもの常連のお客さんだ。


「えっと、売り切れちゃって……」


「そう……」


 と呟いた少年は、そのまま帰って行った。薬草にも丹精込めて作ったブルーポーションにも見向きもしない。

 今日は売り上げはゼロか……。

 のんびりとした午後の時間が流れる。

 最近近くで店をやっているよしみというやつで編み物屋のおばあちゃんが手作りのクッキーなんかをくれたりする。

 美味しくいただきながら、少し世間話をする。


 俗にいう嵐の前の静けさというやつだ。


「売り切れってどういうことなのよ!」


 いきなり怒鳴り込まれた。

 誰? 初対面なんだけど……。初対面? えっ?


 初めて見るといえば初めて見るし、初めてじゃないといえばそんな気もする。


 フリルでごてごてした臙脂えんじがかった赤いエプロンドレスを着た少女。

 軽いウェーブのかかった亜麻色の髪は長く、わりとこういう系の少女にありがちな左右のドリルヘアが頭の横から伸びて胸にまで差し掛かっている。

 頭には大きなリボンのついたこげ茶色のカチューシャ。

 典型的なお嬢様だ。貴族の御令嬢って感じだ。

 で、その顔なんだけど、どっからどうみても、いつもの常連のお客さん。表情は違うけど。

 背格好も同じぐらい。同い年(6~7歳)ぐらいだろう。

 性別違いのご兄弟? 双子?

 本人の女装? 実は女の子だった?


 同一人物でないのなら、いつも弟(兄)がお世話になっています、ぐらいの挨拶があってもよさそうなものなのだけど、


「次の入荷は何時よ、隠してんじゃないの!?

 あったらさっさと出しなさいよ!

 でないとあなたのためにならないわよ!」


 すごい剣幕で捲し立ててくる。多分同一人物ではないだろうな。キャラが違いすぎる。

 二重人格っていう線も捨てがたいが……。


「いや……あの、ちょっと」


 俺はたじたじになりつつ、心の中で『どうどう』と相手を鎮めながら、


「もしかして、ピンクポーションのこと?」


「そうよ! それよ! あの薬!

 次はいつ手に入るのかって聞いてんの!」


「えっと……」


「明日? 明後日? 明々後日? まさか一週間も待たせるつもりじゃないでしょうね!

 予約するわ。あたくしが全部買うから、他の客には売らないで頂戴!」


「あのー……」


「そうね、定期購入ということにしてもいいくらいね。

 それってあなたにとってもいいことなんじゃない?

 まとめ買いするから、値引けなんてケチなことは言わないわよ!」


「ちょっと話を聞いてくれる!?」


 俺は少し声を荒げた。

 このままじゃ相手のペースだし、本筋からずれて行っている。


「黙れって言うの? このあたくしに!?

 いいわよ、聞いてあげるわよ!

 さあ、お話なさいな!」


 ちゃんと話すからほんとに黙って欲しい……。

 批難の表情を向けると『なに』? というふうにジト目で見られた。

 こっちは全然悪くないのに。

 とにかく、黙ってはくれた。


 俺は事情を説明する。


「いや、だから、あのピンクポーションはたまたま手に入ったから売ってたんだけど、在庫が切れちゃいました。

 それで、もう手に入らないと思います。

 しばらく……というよりもう二度と……ですかね」


 それを聞いた少女は天を仰いだ。


「オーマイガっ!」


 いやいや、神様の助けが必要なのはこっちだ。

 どうしてこんな変な人ばっかり集まってきちゃうかなあ……。


 誰か普通のお客さん相手に無難に商売していく方法を教えてください。

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