第7話 密造業


 翌日の朝。

 そろそろ来る頃かな?

 と思ってたら案の定、ガチャガチャという音がする。


「悪りいな、朝っぱらからお邪魔しちゃって」


「いえ、とりあえずどうぞ」


 とりあえず玄関でムルさんは抱えていた木箱を降ろした。

 かなり重そうだ。

 今日のムルさんは冒険者ルックと違って、街人まちびと的なファッション。

 顔の傷は隠しようがないから、ちょっと違和感を感じるが、それ以外はどこにでも居そうな優男やさおとこ


「小瓶の数がそろわなくってな。昼過ぎに追加で取りに行くことになってんだ。

 で、とりあえず……。

 迷惑じゃなかったら、家の人に挨拶させて貰いたいんだけど?」


 迷惑? いやまあ……大丈夫だろう。


「あっ、はい。どうぞ」


「俺の事話した? なんて言った?」


「えっーっと、冒険者でギルドで依頼をこなしながら旅をしてる人ってぐらいしか……」


「そう、ほんじゃま、頼みますわ」


 俺はムルさんを従えてじいちゃんの部屋に行った。


「じいちゃん、昨日話したムルさん。

 挨拶したいって」


「ああ、すみませんが中までよろしいかな」




「どうも、始めまして。

 ムル・アイスソードと申します。

 このたびは、突然お邪魔して申し訳ありません」


「いやいや、お気になさらずに。

 なんでも、相当お強い冒険者であられるとか?」


「いえいえ、まだほんの駆け出しです」


 なんだろう。大人の会話というか探り合いというか。

 ムルさんも丁寧だし、ゴーダも少し距離をおいている感じ。


「聞きましたよ。ルートから。

 ボォンラビットと渡り合ったとか」


 ムルさんはそれを言われてあっちゃーというジェスチャー。

 で、気を取り直してゴーダに向き合う。


「危険なことに巻き込んでしまってすみませんでした」

 

 素直に頭を下げる。


「いやいや、そんなつもりで言ったのではないのですじゃ。

 …………、ルート。

 儂は少しこの方と話がしたい。

 お前は向こうで待っててくれんか?」


「あっ、うん……」


 なんだろう? やっぱり……、心配かけちゃったかな。

 昨日話をしたときには驚いたり、ちょっと楽しそうに聞いてくれてたんだけど。


 俺は言われたとおり部屋を出る。


「えっと、ムルさん。僕はあっちで待ってますから」


「ああ、お話が終わったらすぐ行くよ」




 数分してムルさんがやってきた。


「なんの話してんですか?」


 と気になったことを直球でぶつけてみるも、


「まあ、いろいろだ。気にすることじゃない」


 とはぐらかされて、俺達はさっそく魔法薬の製造に取り掛かることになった。


 といっても、製造法はムルさんのみが知る秘術。

 別に出て行けとは言われなかったが、準備が終わった段階で俺はムルさんひとりを部屋に残して、掃除やなにかを片づけることにした。


「終わったよ」


 とムルさんに呼ばれて部屋に戻ると、大きなかめに一杯のピンク色の液体。


「もったいねえなあ。これを全部詰め込めりゃあ……」


「え? 余っちゃうんですか?」


「そうなんだよ。昨日手に入った小瓶は二百個ほど。

 今日の昼に30本ほど追加。

 それだけなんだ。

 余った分はこのままじゃどんどん魔力が抜けて効果が薄れてしまって2~3日も持たねえな。

 300本分ぐらいあるんだけどな……」


 うわあ、数十万Gがパアか……。もったいない。


「瓶ごと、封印できたらいいんだけどな。

 あいにくとそんな技量も設備も持ち合わせていないんだわ。

 まあ、嘆いていてもしょうがない。

 小瓶に詰めるの手伝ってくれ」


 と、俺とムルさんで分業体制に入った。


 俺の役目は柄杓ひしゃくですくって、小瓶に入れていく作業。

 蓋をするまでが俺の仕事。

 ムルさんはそれに封印を施す係。


 そう聞くと、ムルさんがだいぶと楽をしているようだけど、実際のところ封印をするというのは高度な魔術を要する面倒な作業だった。


「こいつがな」


 とムルさんは瓶にめるコルク栓を見せてくれた。


「精霊石が練り込まれた特別なコルクなんだ。

 込めた魔力を長い間保持してくれる。

 こいつにこうやって……」


 ムルさんは呪文を唱える。


「封印の魔術を施すと、保存がきくんだ」


 なんでもないようにこなしたムルさんだが、すごいことをやってのけていた。


 ひとつめの呪文で右手の人差し指。水属性の魔術をストックする。

 ふたつめは、土属性。これは左の人差し指へと。

 さらに、みっつめ。なんとベロに光の魔力を集中させた。

 順番に詠唱して、三つの魔術を保留する。


 最後に、瓶に填めたコルクを両手の人差し指とベロでちょんと触れる。

 

「あの……、ベロ使うんですね……」


 恐る恐る尋ねる。どこの魔法薬もこうなのか?

 誰かが舐めたものしか流通していない?


「ああ、これは俺のオリジナルだよ。

 器用な奴は、片手一本でやっちまう。

 親指と人差し指と、中指との先っちょにそれぞれ魔術を溜めるんだ。

 俺はそこまで器用じゃないんでね。

 それに、三属性もの封印が要るのは、値打ちの張る魔法薬だけだ。

 体力回復のありふれた魔法薬ポーションぐらいなら、水と土だけで充分保存が効くからな」


 俺は、ぶつぶつ言いながら、指と舌で器用に封印を施していくムルさんを眺めながら、着々と自分のノルマをこなしていった。

 じっと見ていると笑いがこみあげてくるが、光景だがそこは我慢する。


 ムルさんは魔法を詠唱しないといけないし、封印の際にはベロも使うもんだから、無駄話をしている余裕はない。


 黙々と作業を続ける。小一時間ぐらいで今ある200本の全ての瓶に魔法薬を詰め込み終えた。


 ムルさんは……というと、まだ半分ぐらい。あいかわらず指とベロでちょんちょんしている。


「こっちは終わりましたけど……、後は昼過ぎにもう30本ですよね?」


「おお、ご苦労さん。悪いけど、俺が封印終わったやつを箱に詰めてってくれる?」


 快く引き受けたその作業も、ものの数分で終わる。手持無沙汰だ。


「すいません。僕もお手伝いできたらいいんですけど……」


 と邪魔にならないように控えめに声を掛ける。


「ああ、気にすんな。三属性もの魔術を同時に操るのは、そこらの魔術師にしたって難しい。

 俺だって、昔からできたわけじゃないんだ。

 まあ、こいつでもちびちび飲みながらぼちぼちやるさ。

 昼前には終わるだろう」


 と手を止めて、ムルさんは応じてくれた。少し休憩がてら話に付き合ってくれるようだ。

 言葉通りどうせ余ってしまうピンクポーションを柄杓ひしゃくすくってごくりと飲み干した。

 そりゃそうかもしれない。

 膨大な魔力は必要のなさそうな作業だけど、これだけの数をこなしていると地味に魔力の消費が蓄積する。ぶっとおしでやると疲れるだろう。

 せっかく、魔力の回復薬があるんだから使わない手は無い。


 俺は、興味本位で、


「その、ムルさんが三属性を同時に使えるようになったのって何時頃なんですか?」


 と聞く。


 まあ、子供時代ってことはないだろう。すっごくセンスがあって努力家だったらひょっとしたら養成学校とかの頃から?

 でも、冒険者として仕事の傍らに経験を積んでようやく掴んだってこともありそうだ。

 で、むちゃくちゃな答えが返ってきた。


「いつからか? ついさっき」


「え?」


「いや、今だよ、今。さっきの一本目の時。

 やってみたらできた。

 いや、三属性とかって実戦ではあんまり使わないんだよね。

 パーティってあるだろ? 互いに補うのが冒険者のパーティ。

 つまりはチームプレイだ。

 ひとりでなんでもかんでも出来る奴より、仲間との連携が上手い奴のほうが、わりと成功する」


「いや、そんなことより……。

 もし出来なかったらどうするつもりだったんですか?」


「なあに、保存期間は減るが、水と土だけの封印でもしばらくは持つんだよ。

 だめだったら、そうするつもりだった。

 まあ、売値にしたら2~3000は落ちるけどな。

 さてと、昼飯までにもうひと頑張りだ。

 あ、で、ついでといっちゃなんだけど……。

 昼飯……、俺の分も作ってくれたら嬉しいな~なんて。

 昨日は奢ったでしょ? おかえし」


 なんのついでかわからないけど、俺は快く了承した。


 後から聞いた話だけど、ゴーダから一緒に昼食をと勧められていたようだ。

 そうならそうと言ってくれたらいいのに、あの言い方じゃただの厚かましい人間だ。

 まあ、それでも憎めないってのは、ムルさんの処世術なんだろうな。




 新たに仕入れた小瓶を抱えてムルさんが帰ってきた。


「おう、喜べ。ほうぼうでかき集めてくれたみたいで50本近く手に入ったぞ」


 おお、20本増えたということは20万G。手取りにしても10万以上の上乗せ。


「続きはは昼からでいいですよね。

 ご飯できてます」


「おう、悪いな、なんか催促したみたいで」


 俺はムルさんを、食堂に案内してゴーダを呼びに行った。

 最近は病状も落ち着いてきて、こうして食堂で一緒にご飯を食べられるようになった。老け込んでいるのは相変わらずだけど。

 まあ、まだまだ病み上がりにすら達していない。病気が治ったらまた元気なゴーダに戻ってくれるだろう。


 食事中は、ゴーダのあたりさわりのない質問にムルさんが答えるというすごく平凡な風景。

 冒険話なんかを聞くとやっぱりわくわくしてくるが、ゴーダの手前。

 できるだけ態度にださないようにした。




 それで、昼食後から残りの50本の封入作業。

 すでに200本詰め終えているので、ペース配分もわかっている。

 のんびりとこなしていく。


 やっぱり先に作業が終わって暇になった俺にムルさんが、


「ちょっとやってみないか?」


 と話しかけて来た。


「え?」


「いや、なにも三属性での封印作業を頼むってわけじゃない。

 思ったよりさ、瓶が手に入ったからさ。

 試しにな。

 魔術は使えないんだっけ?」


 俺は、建前上は魔術は使えないことになっているので――多分使おうと思えば使えるんだろうけど、呪文とかを知らない――、


「ええ、やったことありません」


 と答える。


「じゃあ、一番簡単なのからやってみるか。

 魔法は使えるんだったらその延長だな。

 水属性の魔術。水の精霊を穏やかにする術だ。

 呪文はこう。

『ゼーダ・ヤコラ・ナシキミ』

 はい、やってみて」


 いきなり振られて俺は勢いで唱えてしまった。

 最後は疑問形。


 魔術を溜めるなんてことはしたことがないから、指先がプシュっと音を立てて終わる。

「ほらできた」


 ムルさんは驚きもしないしすごいとも言わない。


「できたんですかね?」


「ああ、できてたよ。ただ、霧散しちまったから、次は唱えた後に、魔力を指先に留めるイメージを持ってやってみ」


 言われたとおりにするとできた。


 調子に乗ったムルさんは、


「じゃあ、二属性行ってみよう!」


 と、土の魔術も教えてくれた。


「右手の魔力はそのままに、左手に意識を集中して唱えるんだ」


「『リャー・ヌダ・バチタ』……」


 俺は教えて貰った呪文を唱えた。そしたらできた。


「おー、そのままそのまま」


 とムルさんは、小瓶をひとつ差し出してくる。


「発動は焦らずにな。二つの魔力を混ぜ合わせるイメージだ」


 ムルさんの言葉に従って、俺は両手の指先でコルクをちょんと触る。

 コルクに含まれた精霊石の欠片たちに魔力が流れていくのがわかる。


「大成功だな。もっとも、水と土だけだから長持ちはしないが。

 なんだったら光も混ぜてやってみる?

 意外と簡単かもよ?」


 と調子に乗ったムルさんに進められたが俺は辞退した。

 ベロが嫌だったからではない。片手だけでもできそうな感じだった。

 だけど、ムルさんが出来ないことをやってしまうのはちょっとはばかられた。

 ベロでやるのはほんとのところはちょっと嫌だった。

 後はいくら相手が人のよさそうなムルさんだからと言っても、隠しているつもりの自分の力をさらけ出し過ぎるのは良くないと思ったからだ。


「えっと、今日はこれくらいにしときます。なんだか疲れちゃいましたし……」


「そう? まあね。これが午前中だったら是非とも成功させて封印作業を手伝ってくれってお願いしてたとこだけどな。残り少ないから、あとは俺一人でも大した手間は無い。

 ルートくんもピンクポーション飲んでおくとといいさ。

 甘じょっぱ苦くて美味しいぞ。

 さてと、ラストスパート行きますか」


 と雑談とお遊びはこれくらいにして作業に戻る。




 全部の小瓶に魔法薬がいきわたった。封印もできた。

 午前中に比べたら、あっというまの時間で終わった。


「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。

 持ち逃げはしないから、のんびり待ってな」


 大きな箱をふた箱も抱えてムルさんは歩き出した。

 ひと箱は自分の分。宿屋にでも置いてくるのだろう。

 もうひと箱はあらかじめ話をつけてあるギルドに持ち込んで売りさばく。


 150本もの魔法薬。密造だけど。

 全部売れたらおよそ150万G。小瓶や他で使った薬草なんかの費用がはした金にしか思えない。

 その売り上げの半分。ひと財産だな。


「ああ、そうだ。ムルさん。

 後片付けが終わったら、店の方に行こうと思うんですけど」


「ああ、そうか。そっちの商売もあったな」


「ええ、昨日採った薬草が幾つかありますし」


「なら、俺もそっちに行くよ」


「はい」


「じゃあ、また後でな」


 はてさて。

 お約束というかよくある展開ならば、ムルさんは姿をくらましてしまって俺は悔しい思いをすることになるのだけれど。

 どっちに転ぶかな……。

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